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初恋

2017.06.21 23:58

初恋 島崎 藤村


まだあげ初めし前髪の 

林檎のもとに見えしとき

 前にさしたる花櫛(はなぐし)の 

花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて 

林檎をわれにあたへしは 

薄紅の秋の実に 

人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの

その髪の毛にかゝるとき 

たのしき恋の盃(さかずき)を

君が情(なさけ)に酌(く)みしかな

林檎畠(りんごばたけ)の樹(こ)の下に 

おのづからなる細道は 

誰(た)がふみそめしかたみぞと 

問ひたまふこそこひしけれ



はじめて恋を知ったのは、11歳の春でした。

翌年から通い始める中学校の体育館で、僕はあなたに一目惚れをしたのです。

1年後、僕らは同級生になりました。

「やっと会えたね」と話すあなたは僕より大人に見えたのです。

同じ教室の中にいて、声はめったにかけられず、好きですと、毎日背中に伝えていたことは、きっとあなたは知らぬでしょう。

1年後、僕らは別のクラスなりました。

2年生の夏の日に、全国大会に出場する先輩たちと、坊主になった剣道部員の僕の頭を、あなたは笑って撫でました。

僕らは365日、休むことなく稽古をしてました。

その間、あなたは誰の目にも明らかに、日に日に痩せていきました。

そのうち歯は溶けたように薄くなり、髪は赤毛になりました。

薬と性に対するあなたの悪い噂も聞きました。

それでも毎日好きですと、心で叫んでいたのをきっとあなたは知らぬでしょう。

向上心のない者は馬鹿などと、昼間の僕は求道者を装い生活してました。

同級生につれられて、原動機付自転車で、夜中の闇を走るようになったのはその頃です。

学校の成績も、試合の結果も落ちたけど、あなただけは掬(すく)いたいと思っていたことは誰も知らぬことでしょう。

卒業後、あなたの噂だけは聞きました。

僕は相変わらず迷刀を振り回し、暗闇の中を走っておりました。

「あいつとやった」とあなたのことを同級生から聞く度に、僕は見えない刀を鞘から抜いておりました。

それでもあなたに会いたいと、ただただ祈っていたことは、誰も知らぬことでことでしょう。

高校を卒業後、お酒ばかりを飲んでおりました。

飲んでは吐いて、飲んでは暴れ、時間ばかりが過ぎていきました。

その日は関東平野を寒波が襲いました。

記録的な大雪の降る中を、僕は足取り軽く、成人式の会場に向いました。

やっとこの日が来たのです。

あなたに再び会う日のために、僕はこれまで生きて来たのです。

だけれども、あなたの姿は見つからず、僕は途方に暮れておりました。

夕方から開催された同級生たちとの酒宴の中でも、僕は一人冷めておりました。

そして会が終わる直前に、とうとう僕は聞いたのです。

あなたはとうに亡くなっておりました。

病気か事故かはわからぬが、誰かが知らせた情報で、僕の心も死にました・・


あれから19年、私はまだ、生きています。

私の心にあなたがいることは、きっと誰も知らぬことでしょう。