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哲学じゃない話

2017.06.22 15:37

誠実であろうとすればするほど口数が減り、きっと何かを弁明したいときに人間は雄弁になる。

近頃私はしゃべりすぎたのだろう。

我慢できないようなことを、歯をくいしばって我慢するのが人間である。

耐えられないようなことがあったとき、自分の腕を噛んで耐えるのが人間である。

許せない出来事があったとき、涙を枯らして許すのが人間である。

ときどき思う。私は人間なのかと。

そんなときは鏡を見る。

怪物が映っていないか。

顔はなくなっていないか。

そして、私はまだ人間だと思って安堵する。


幸せの定義はみな違えど、誰かの恨みをかって得た幸せなどはまやかしに過ぎない。

四方丸く納めてこそ男であろう。

それができないようなら幸せを語る資格はない。

万物に祝福される道を示すのが、男の道である。

何かの事情でそれができないのならば、やはり我慢するのが人間である。

そしてひ弱な自分を悔いたなら、いつかそれが糧になる。

本気で大事にしたいと思えばこそ、幸せを祈ることしかできないときもある。



少々乱れた。乱文を詫びる。