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篠山市藤坂 春日神社祭礼2011

2011.10.16 13:36

のぼりが立てられ、祭りの装いが整えられていましたが、誰もおられなかったのでお参りだけしてきました。


また、賽銭箱横のスイッチを押すと本殿の中に電気がつくという心遣い。(^^;


しかし何年か前に大芋(おくも)小学校で行われた大芋まつりで復活したとの噂を聞いたので、今年も復活されるなら行ってみたいと思います。

   

◎「丹波篠山五十三次ガイド」や立て看板からコピペ&加筆

『丹波志』に「明徳3年(1392)庚午3月26日上棟。大檀那太郎九郎尾張守義治。・・・」とあることから、そのころ藤坂に来住した新田義貞の弟脇屋義助の子尾張守義治が社殿を寄進したものと思われる。 初めは梅田大明神と称していた。これは、現・京都府京都府福知山市三和町中出に、文治5年(1189)、古代屈指の豪族紀氏の祖先を祭るため、ご祭神を、梅田神、春日大明神、西宮大明神として、梅田神社は創建されたのに始まる。 その後、権力・人脈・地縁関係などによって、この神社の信仰が広がり、莵原下の梅田神社、高杉の春日神社、友淵の春日神社(以上3社福知山市)、草山の梅田神社(現・本郷の春日神社)、藤坂・小原の梅田神社(以上3社篠山市)と7社になり、梅田七社というようになった。 春日神を祭るので、これらを春日神社と称するところもあるわけである。  

毎年、5月10日のお田植式には、豊作を祈って、地域の奥深い森の、県下一の巨木、大桂の小枝をその成育ぶりにあやかろうと植えてお祈りするのである。

看板には『例祭は10月17日』と記載されていますが、おそらく周囲の祭礼同様、土日に変更になったと思われます。

 

(2014年9月15日追記)   篠山市歴史文化基本構想 資料編より抜粋

◎春日神社の祭礼 かつては宵宮に若い衆によって造山の巡行とシロトシバイ(素人芝居)、若い衆と子供たちによって奉納相撲が行われてにぎやかなものであった。 造山とは若い衆の手によって作られた造り物を載せた山車で、篠山市内では二ノ坪熊野新宮神社 八朔祭りをはじめとして、小原梅田神社、原山日吉神社など、主に多紀地区だけに分布している。

現在、山車の巡行は休止しているが、2004年11月に行われた「おくもまつり」で復活した。

しかし、山車の車輪が木造であり、会場までの道のりを曳くことで山車の損傷が大きくなることなどを理由に1年限りで参加を取りやめている。

〇保管中の山車