「普通」のこと
山田スタジオ一級建築士事務所
山田慎一郎
知人からの紹介で住宅に限らず建築の企画提案をする機会もあるのですが、住宅の大半はハウスメーカーの建てる既製住宅や建売住宅に自分が求めているものがそもそも無かった、一旦はメーカーに相談したのちご要望対応が難しいと言われてしまったが「やっぱりこだわりたい」ということで相談があります。
まずはご要望など簡単にヒアリング(とはいえ真剣に設計します!)してコンセプトや図面、模型やパースなどを製作、提案をします。提案を気に入っていただけたら、本格的な設計に入る、といった流れです。(もちろん設計監理契約もさせていただきます)
今夏、お子さん家族と同居することになるので長く暮らしたのご自宅を増改築するか、取り壊して新築するか悩まれている方から2世帯住宅の相談を受け、提案設計をしました。複数のハウスメーカーから既に提案を受けているとのことだったので他の可能性も模索したい、「こだわりたい」こともあるのだろうと。こんな風に暮らせたらと想像する設計作業はクライアントにとってもワクワクドキドキのはずです。
増改築案スケッチ。既存架構、庭をどう残すかがテーマ。
依頼主へのヒアリング後、 ご自身もまだ気づいていないリクエストを大胆且つ慎重に読み取りながら、その土地の環境も踏まえた増改築案と新築案の2つを提案しました。同時に他の建築家ユニットも同じ2つの提案をしています。結果として建築家の提案はいずれも採用されず、ハウスメーカーの新築提案に決めたそうです。理由は「普通の家」が良かったそうで、その言葉の真意はわかりませんが、メーカーの提案に比べ建築家の提案が普通で無かった事になります。かえって依頼主を混乱させてしまったのではと色々考えさせられたり、反省したりで。
中庭を介して2世帯が暮らす新築提案。
リクエストを正確に掴めなかったこともあるかもしれません。ただ、奇をてらった家を考えたわけでもなく、真面目にその家族の現在と未来を想像し、彼らにとって「普通」こうあるべきだと考えた結果。余計なお節介といえばそれまでですが、そういった「普通」の設計を信じています。
建築家が考える「普通」がすんなり受け入れられるケースもあります。
今はその家を賃貸物件にして別の場所にお住まいですが、ビジネス街の狭小敷地でのプロジェクトで、メンテナンスのため数年ぶりにクライアントご夫妻にお会いしました。彼らの暮らしに合うように立体ワンルームとして組み立てています。都心の別荘・SOHOとしてのニーズもあるようです。
「やっぱり他には無いシンプルな空間」「敷地サイズに比べて広く感じるね」
10数年に建てられ3軒長屋の1軒分の細長い敷地に高さ8メートルの吹抜けと主室、畳ステージ、主寝室を立体的に重ねた構成で、道路側の櫻を愛でるよう大きな窓(というより透明な壁と言った方が良いかも)を備えています。彼らにとって重要なのは、その土地を選ぶきっかけとなった最大の魅力(都心の櫻並木)を活かした結果の「普通」の住まいなのです。独自という意味のユニークという英語がありますが、その家に対しての愛情が今も感じられるのは、そこでの想い出と「変わっている」という意味ではない、個別解としてのユニークさが普通に(自然に)受け入れられたからなのでしょう。
畳ステージ。ブラインドあけると櫻が愉しめる。
天窓、室内窓もある主寝室脇のバスルーム。
ライフスタイルが人や家族によって異なるように、その住まいも他者と異なって当然。先にお話したご家族の「普通」が平均的という意味では無く、その家族にマッチしたユニークな「普通」であることを願っています。
さて過去4回寄稿した「街のはなし」。今も地下新駅の様子は地上からはわかりませんが、公共芸術施設を併設する高層マンションも建設中、来年度中にはいよいよ新駅の開業も予定されているとのこと。綱島街道を跨いで旧駅と新駅を繋ぐ立体横断施設の構想が記載された完成予想図もあるのでどうなったか気になります。新駅隣接地古民家の保全や活用も謳われているので、言葉だけでなくとにかく街の記憶が損なわれないような新しい歴史がスタートしますように願っています。
高層マンションと新駅建設現場。遠くに武蔵小杉。
駅近くの鶴見川。線路の向こうには富士山。