ほんとうはね、
本当は、伝えたいことがたくさんありました。
もしまた出会えたら、迎えに来てくれたら、あなたが僕を必要としてくれたのなら。
悪夢のような現実を見届けた後にそんな夢物語みたいな妄想を、僕はもう何度も何度も繰り返しては気を失うように眠りに就いていたのです。
またあなたと会うことが出来たら、僕は何を言うのだろう。
僕を置いていってしまったあなたが僕を迎えにきてくれたら、僕は泣き崩れてしまうのだろうか。
いいえ、あなたが僕をあの頃のように必要としてくれていることが分かったときこそ、僕は子どもに戻ったように泣いてしまうと思っていたんです。
世界の誰より尊いあなた。
僕の全てである優しいあなた。
たった一人だけ、僕の半身たる大切なあなた。
あなたとともにいられないことは想像以上に僕の心を蝕んでいき、けれどあなたが理想とした世界を保つために尽くす時間は、とても幸せな僕の生き甲斐でした。
僕は最後に見たあなたの顔がどんなものだったのかをよく覚えていません。
どうしてだろう、どうして覚えていないんだろう。
そう絶望したけれど、あなたが僕を見てくれなかったから覚えていないのですね。
あなたはあの日あの夜、僕の顔を見てくれなかった。
見てくれないまま、僕を置いて行ってしまった。
その事実がとても悲しくて、寂しくて、どうしようもない絶望を僕に抱かせました。
けれど、あなたの想いは伝わったから。
器用だと思っていたあなたが実はとても不器用で、言葉足らずで、だからその代わりにたくさんの行動で示してくれていたんですね。
僕を愛してくれてありがとう。
僕の命を諦めないでくれてありがとう。
僕が生きることを望んでくれてありがとう。
あなたの想いにずっと気付かないふりをしていたこと、数多の命を奪ったことよりも後悔しています。
僕は僕の命よりあなたの命が大切でした。
それを許してくれないだろうことは薄々勘付いていたけれど、それしかあなたに与えられるものがないと思っていたのです。
あなたがそれを必要としていないことなど、少し考えればすぐに分かったはずなのに。
もしまたあなたに巡り会えたなら、伝えたいことがたくさんありました。
何度も何度も夢に見たあなたとの再会にはたくさんの可能性があると、その一つ一つの夢物語に対してどんな言葉を紡ごうかずっと考えていました。
あなたが僕を置いていったとき、僕はとても寂しかった。
だからあなたと会えたとき、「どうして僕を置いていったんですか」と怒鳴る可能性もありました。
あなたが理想とする世界がいかに素晴らしいのか、それを僕に語ってくれる時間がだいすきだった。
あなたと作り上げたこの国を美しいまま保ち続けた僕が、「この国はとても美しいでしょう?」とあなたを認めつつ僕の功績を認めてもらう可能性もありました。
あなたは必死に僕の命を望んでいたのに僕がそれを無下にしていたこと、ずっと謝りたいと思っていた。
あなたのために死ぬのではなく、あなたのために生きようと足掻いた僕には、「ちゃんと生きていますよ」と報告する可能性もありました。
あなたはとても優しい人だったのに、僕の命をきっかけに狂気に堕ちてしまったことは悔やんでも悔やみきれない過去。
引き止め諌めることもせず、追い討ちをかけるように真っ赤な理想に同意してしまった僕には、「止められなくてごめんなさい」と謝る可能性もありました。
あなたは昔も今も、この先の未来においても僕の最愛の人でしょう。
最愛のあなたにまた出会えた僕は、何を言葉にすることも出来ずに泣き崩れてしまう可能性もありました。
僕はあなたとの再会に色々な可能性を考えていました。
怒るのか、誇るのか、感謝するのか、謝るのか、泣いてしまうのか。
どの可能性にも、言葉に出来ないほどの嬉しさが混ざっているんだろうなと確信していました。
嬉しいからこそ怒り、誇り、感謝し、謝罪し、泣いてしまう僕がいるのでしょう。
本当にたくさんの可能性を想定していたはずなのに、いざ焦がれたあなたと再会すると、そんな可能性は妄想に過ぎなかったんだなと実感してしまいます。
長く離れていたあなたは、僕の顔を真っ先には見てくれませんでしたね。
僕に対し、後ろめたい気持ちがあるのでしょう。
居た堪れない懺悔の言葉があるのでしょう。
もしかすると心の奥底では、僕と会いたくない気持ちがあったのかもしれません。
それなのに、あなたは僕の元へ帰ってきてくれた。
たった一つ揺るぎないその事実が、どれほど僕の励みになったのかあなたには分からないでしょうね。
あなたが何を考えているのか、僕にはほとんど分からないように。
僕の顔を見てくれないあなたの様子を見て、生きるという選択肢はあなたにとって大きな負担だったのだとようやく思い知りました。
僕はあなたに生きていてほしかった。
かつての僕はあなたこそ生きるべき人だと確信していて、あなたが見限った命がどうなろうと興味がなかったから、ただただあなたに生きていてほしかったのです。
それを伝えたことは一度もありません。
それはあなたの負担になると、本能的に薄々勘付いていたからでしょう。
けれどあなたは、死ではなく生きることを選んでくれた。
その理由がどこにあるのか何にあるのか、僕には分かりません。
どんな理由にしろ、あなたが生きていることが僕には何より嬉しいのです。
生きてあなたとまた出会うことが出来て、僕はとても嬉しかった。
だから、真っ先にあなたへ伝える言葉は自然と僕の口から溢れていました。
「生きる事を選んで頂き、ありがとうございます」
たくさん伝えたいことがありました。
けれどそのどれもが、僕を見てくれないあなたに伝える言葉ではないと気付いてしまいました。
あなたが生きることは間違ってはいないのだと、あなたが生きることで僕はとても嬉しいのだと、そう伝えなければまるで消えてしまいそうなほどあなたが追い詰められたような顔をしていたから。
覚悟を決めて帰ってきてくれたはずのあなたがこうも煮え切らない様子を見せる理由は、きっと僕にあるのでしょう。
僕という存在が、あなたの自信を無くしてしまった。
僕はあなたに伝えたいことがたくさんあったんですよ。
怒りたかったし、褒めてほしかったし、感謝したかったし、謝りたかったし、泣いて喚いてあなたに慰めてほしかった。
でも今はそのどれもが相応しくないのだと、あなたの顔を見て思い知りました。
僕がまず伝えるべきは、つらい思いをしても生きることを選んでくれたあなたの命を喜ぶこと。
そして、僕の元へ帰ってきてくれた今を労うこと。
「おかえりなさい」
おかえりなさい、ウィリアム兄さん。
ずっとあなたを待っていました。
あなたを信じ、今日この日まで懸命に生きてきました。
伝えたいことがたくさんあります。
そのたくさんの言葉は、あなたと生きる中で少しずつ伝えていきたいと思います。
だから、あなたの気持ちも一つずつ教えてください。
今度こそ"いつも一緒" にいられるよう、たくさん言葉を交わしましょう。
後ろめたく感じているその気持ちごと、僕はあなたを受け止めます。
仮面を被ったあなたではなく、ありのままのあなたを支えていけるくらいに僕は強くなりました。
どうか安心してください。
僕に罪悪感など抱く必要はないのですから。
あなたは僕を置いていき、その生存を知らせなかった。
僕はあなたを狂気に至らせ、その悪行を咎めることをしなかった。
あなたと僕は同罪です。
共犯同士、これから先の人生を償うことで満たしていきましょう。
(本当は、生きるも死ぬもどうでも良くて、僕はただ兄さんのそばにいたかった)
本当は、もう二度と会ってはいけない人だと分かっていた。
誰かのために誰かを殺すことはとても姑息で恥ずべき行為だと理解していたから、君のためという名目の元たくさんの命をこの手に乗せた僕は、他の何より最低だと知っている。
人を殺す理由に君を使ってしまったこと、僕は一番に後悔しているよ。
君がそれを望んでいないことを知っていながら、僕は僕のために君に相応しい世界を作り上げたかったんだ。
君の意思なんて一切関係がない、君の存在を使った僕のためでしかないエゴイズム。
そのためにたくさんの命を奪い、たくさんの人生を狂わせ、たくさんの人を恐怖の底に叩き落とした。
僕は君のことが何より大切だったから、他の何を犠牲にしても構わないと信じ込んでいたんだ。
けれど実際の僕は、その罪の重さをあまり理解していなかったようなんだ。
君のためならどれほど手を穢しても構わないと己に酔いしれていたくせに、いざ奪った命の重みを知れば知るほど、どれほど自分が浅はかで愚かだったのかを思い知らされた。
君に生きてほしかったのは僕の希望だ。
君に安全な世界を与えたかったのは僕の理想だ。
僕にとっての君の命は他の何より尊くて、そしてとても美しかった。
けれど僕の希望を保ち、僕の理想を叶えるためには何も犠牲にしてはいけなかったのだと、重たく沈んだ気持ちの原因に気付いた瞬間にようやく悟った。
君のために何かを犠牲にするなら、僕だけでなければいけなかったのに。
僕がこの国を変えようとしたきっかけは間違いなく君なんだよ。
僕に愛を教えてくれた君が不平等な社会のせいで死んでしまうことがなければ、きっとこの国は愛で満たされると思っていた。
君のために変える世界は別の誰かの役にも立つ必要な変革であることは間違いない。
けれどその方法を間違えてしまったことは、視野の狭い僕の落ち度だった。
僕は君に、悪魔のいない世界は美しいのだと教えてきたね。
悪魔のいない世界を作るためには悪魔を消すしかないのだと、そう教えてきたね。
悪魔を改心させることなんて一度も教えたことがなかった。
法で裁けない悪ならば裁くための法を作り上げれば良かったのに、時間がかかりすぎるという理由で目を逸らしてしまった。
今の君は僕が目を逸らしてしまった方法を駆使してこの国を守っていると僕が知ったとき、あまりの罪悪感で胸が押し潰されそうになったことを、君が知ることはないだろう。
君が僕の意思を継いで行動していると知ったとき。
僕はそんなに立派な人間じゃないと、君が憧れるような素晴らしい人じゃないのだと声をあげて叫びたくなってしまった。
僕は僕のエゴを果たすために犯した罪の重さに負けてしまっただけの、最低な人間なんだよ。
大切にしていた自分の信念ひとつ貫けない、愚かで哀れな情けない犯罪者なんだよ。
前に進むことも出来ずに過去に囚われ、生きることを選んでおきながら他国で過ごしろくに罪と向き合うこともしなかった。
僕が望んでいたのはただ公平で平等な社会ではなく、君が笑って暮らせる安全な社会でしかなかったから。
君が理想とする僕はあまりに立派で、素晴らしくて、誇るべき兄の姿をしているんだろう。
そんな僕を理想に懸命に生きる君の姿はとても立派で、素晴らしくて、誇るべき弟の姿だった。
それに比べて僕はどうだろう。
うじうじと過去に囚われておきながらどう償うのかも分からないまま長い時間を潰してしまった。
後悔する暇があったら君のように一歩でも前に進まなければいけなかったのに、それすら出来ないまま他国で自業自得の罪に苛まれ苦しんでいた。
情けない、情けない、情けない…!
僕のせいで人生が狂ってしまった人の筆頭は間違いなく君だった。
僕のせいで無垢だったはずの君は悪に染まり、けれど染まりきれなかったからこそまた無垢なまま、背負う必要のなかった罪を背負い償うために生きている。
僕がいなければそんなことをしなくても良かったのに。
僕がいなければ君は穏やかに死んでいて、こうも苦しむことなく安らかに眠っていたのに。
僕がいなければ、こんなにも立派で素晴らしくて格好良い、けれどそれ以上に悲しい君の姿はどこにもいなかったのに。
全て僕のせいなんだよ。
僕が君に生きてほしいと願ってしまったから、君が僕に依存するよう教え込んでしまったから、多くの仲間を引き入れ僕達は正しく間違っているのだと洗脳してしまったから。
だから僕は、君にもう二度と会ってはいけないのだと分かっていた。
ねぇルイス。
僕がどうして君の元へ帰ってきたと思う?
君の人生を大きく狂わせ、しなくても良い生き方を選ばせてしまったこの僕が、どうして君に会いに来たと思う?
僕は昔と何も変わっていない。
君のためではなく僕のためだけに生きている。
会ってはいけない人だと分かっていたのに、君が僕に会いたいと願っていようとまた出会ってはいけないと分かっていたのに、出会うことでまた君の人生を惑わせてしまうかもしれないと分かっていたのに。
僕はただ、君に会いたかった。
「生きている事もずっと報告出来ずに… …ごめん……」
本当はね、帰ってくるつもりなんてなかったんだよ。
だから生きていることを教えなかったし、誰にも知らせないまま一人で償い死んでいくつもりだった。
僕が君のところに帰ってしまったら、それは僕が自分の欲に負けた証になる。
ねぇルイス。
僕は君に会いたいという欲に負けて帰ってきてしまったんだよ。
僕にとって唯一の希望であり理想である君に会いたくて、犯した罪を少しも償えていない現状なのに、君の人生をまた狂わせてしまうことを承知で、帰ってきてしまったんだ。
「ーーただいま、ルイス」
情けない兄でごめん。
愚かで哀れな兄のままでごめん。
君の顔をまともに見ることさえ出来ない後ろめたさを抱えたまま帰ってくるなんて、君が理想としていた僕の姿ではないのだろうね。
でも、それでも僕は僕の居場所に帰ってきたかった。
どうしても君と一緒にいたかった。
これから君に負けないよう立派で素晴らしくて格好良い兄になってみせるから、どうかまた、僕と一緒にいてほしいんだ。
もう二度と君の人生を狂わせないよう、罪だけじゃなく君にも必死で報いていくから。
(本当は、美しい世界で生きるルイスを誰より近くで見ていたかった)