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のらくらり。

うららかデイズ

2021.12.11 12:56

ウィルイスとアルバート兄様による日常いちゃ甘。

ウィルイスはどうでも良いことで喧嘩してるだろうし、兄様はそれを窘める兄だと思う。


外の暖かな気候が感じられるほどに澄んだ空気漂う部屋の中。

麗かな日和を心地良く思いながら、アルバートは風味豊かな紅茶を味わっていた。

美しい飴色の紅茶からはすっきりとした爽やかな風味が感じられており、乾いた喉を優しく潤してくれている。

渋みを出さない抽出は淹れた人間による丁寧な所作ゆえなのだろう。

それも当然かと、アルバートは紅茶を用意してくれた末の弟の顔を思い浮かべる。

ルイスが淹れる紅茶は文句の言いようが無いほどの絶品で、今ではこの紅茶以外は色の付いたお湯に思えるほどだ。

真面目で繊細な仕事をするルイスを思い浮かべつつ、アルバートは突如隣に寄ってきたそこそこ大きい塊にそっと目を向けた。


「さて。一体どうしたというんだい、ルイス」

「……」


カップを手に取るアルバートの右手とは逆側の腕にルイスはその頭を押し付けていた。

つい数十分前にアルバートへ紅茶を届けてすぐに部屋を出て行ったはずの弟。

その行く先は書斎にこもって論文を執筆しているであろうウィリアムの元だということは分かっていた。

三人揃ってのティータイムではなく各々休息を取る日はそう珍しくない。

だからアルバートも紅茶を置いてすぐに部屋を出て行ったルイスを引き止めることなく、一人きりのティータイムを楽しんでいたのだ。

そうだというのに、今日はカップの紅茶が半分も減らないうちにルイスが帰ってきてしまった。

ウィリアムとのティータイムを楽しむのか、それともウィリアムの邪魔をしないようすぐに帰ってアルバートとのティータイムを楽しむのか、ルイスの行動はその日ごとに違っている。

けれど今日のルイスはアルバートとのティータイムを過ごすのではなく、ただ必死にアルバートの左腕に両手をしがみつかせてムッとしたように顔を歪ませているだけだ。

彼の琴線に触れる何かがあったことは間違いない。


「ルイス」

「…アルバート兄様」

「何があったんだい?せっかくの綺麗な顔が台無しになっているじゃないか」

「……」


元々血色の良くないルイスの顔は昂った感情ゆえなのかうっすら赤く染まっている。

その感情があまり良くない方向にあることは一目瞭然で、引き結ばれた唇と眉間に少しだけ寄った皺がルイスの機嫌を表しているようだった。

今のルイスはなんとも珍しいことに、とても分かりやすく機嫌が悪い。

機嫌が悪いというほどの迫力はないけれど、まるで幼子が癇癪を起こしているような微笑ましさがあった。

弟達を溺愛しているアルバートにしてみればそんなルイスも愛でる対象でしかないのだが、せっかくの綺麗な顔に皺が寄るというのは頂けない。

整った容姿に間違った表情を乗せるのはアルバートの信条に反するのだ。

ゆえにカップを置いた右手でその眉間に指を置き、表情を緩めるよう言葉に出さず命令する。

途端にふわりと緩むルイスの表情はやはりとても美しかった。


「ウィリアムに紅茶を届けてきたんだろう?休憩を取らせるのに失敗でもしたのかな」

「…いえ、一緒に休憩を取ろうとしていました。でも、ウィリアム兄さんは僕の紅茶を飲んでくれませんでした」

「……それは…」

「…飲んでくれないどころか、怒らせてしまったようです」

「……」


ウィリアムの元に行った後に機嫌が悪いのだから、原因はウィリアムにあるのだろう。

難解でもない問いの答えを出しつつ、返ってきたその言葉にアルバートは口を噤んでしまった。

ウィリアムはアルバート以上にルイスの紅茶を気に入っている。

それどころか、常日頃からルイスが作るもの以外は口にしようとすらしないのだ。

そんなウィリアムがルイスの小言を聞き流して休憩を取らずに作業に没頭してしまうことはよくあることで、その度にルイスがぷりぷりと怒っているのはモリアーティ家の日常である。

大方今回もそんな理由だろうと、だがそれにしてはルイスの様子がおかしいとは思っていた。

まさかウィリアムがルイスの紅茶を飲まず、あろうことかルイスのせいで怒るようなことがあるとは意外も意外だ。


「…ルイス、本当にウィリアムは怒っていたのかい?」

「僕が用意した紅茶を前に、飲みたくないとはっきり言っていました」

「ウィリアムが…」

「…どうしてなのかと聞いたら要らない気遣いだと言われてしまいました。せっかく、兄さんのために用意したのに…」

「それでここに来たんだね」


こくり、と小さく頷くルイスの顔は先ほどとは打って変わって悲しそうに瞳が揺らいでいた。

ウィリアムの言葉が確かなら、ルイスが機嫌を損ねて怒るのも無理はないだろう。

それでもウィリアムの全ては正しいのだと信じ込んでいるルイスだから、何か自分に落ち度があったのかもしれないと怒りと悲しみが一緒になってしまっているのだ。

アルバートは落ち込むルイスの髪を撫でつつ、どうにも違和感しかないウィリアムの様子に思いを馳せた。


「アルバート兄さん、失礼します」

「ウィリアム。丁度良かった、聞きたいことがあったんだ」

「お一人なんですね、兄さん。それは都合が良い」

「…!」

「…ウィル」

「隣、失礼しますね」


アルバートの左隣にいるルイスに気付いているはずだろうにその存在を無視しているウィリアムは、兄の右隣に座って膝の上に置いた両手指を組んだ。

ショックを受けたように目を見開いているルイスを見つつアルバートが窘めるようにウィリアムの名前を呼ぶと、その顔が想像していた以上に無表情かつ不貞腐れていることに気が付いた。

なるほど、これは珍しくも相当に苛立っている。


「アルバート兄さん、僕の愚痴を聞いてくれますか?」

「…あぁ、良いだろう」

「実は、ルイスのことなんですが」


ピクリ、と肩が反応したルイスはアルバートの影に隠れるよう体を動かした。

そうしてアルバート越しにウィリアムを見てみればその横顔は変わらず整っていて、長いまつ毛に覆われた緋色が真っ直ぐ前を見据えている。

凛としたその様子と愚痴という単語が組み合わさって、ルイスはやはり自分が何か悪いことをしたのだろうかと思わず唇を噛み締めた。

けれど思い当たることはないし、あったとしてもそんなに怒ることはないのではないだろうか。

ルイスはいつも通り、紅茶を持って行っただけなのだから。

アルバートという心強い緩衝材を間に挟んでいるせいか気持ちに余裕が出来たルイスは、落ち込むのもそこそこにムッとしたままウィリアムを睨みつける。

そんなルイスに苦笑しながら、けれどウィリアムの態度は褒められたものではないとアルバートは考える。

それでもひとまずウィリアムの出方を伺おうと、アルバートは会話の先を促した。


「先程、ルイスが紅茶の用意を持ってきてくれたんです」

「それ自体はいつものことだろう?珍しいことでもない」

「えぇそうですね。ですが、いつもと決定的に違うところがあったんですよ」

「違うところ、とは?」

「いつもならポットから注がれたストレートの紅茶を味わっているはずなのに、今日のルイスはカップに注いだ紅茶へ蜂蜜をふた匙入れてきたんです。どう思いますか?」

「どう、とは…」

「せっかくルイスが淹れてくれた紅茶なのにそのまま味わうことも出来ず、余計なものを入れられた紅茶を飲まなければならない僕の心境、兄さんなら分かるでしょう?」

「…ふむ」


アルバートはそっと左に目を向けてルイスを見るが、ルイスはルイスで怪訝な顔をしている。

言葉の真意が分からない、と言ったところだろうか。

だがアルバートにはウィリアムの言いたいことがおよそ分かってしまうのだ。

伊達に長く二人の兄をやってはいない。


「論文の執筆で疲れた僕にとって、ルイスの紅茶はまさに癒しです。そのまま味わうだけで疲れが取れるのに、ルイスはその貴重な紅茶にいきなり蜂蜜を入れてきたんですよ。酷いと思いませんか?」

「そ、それは疲れた脳には糖分補給が大切だと思ったから入れただけです!兄さんの疲れが取れると思って…!」

「何か声が聞こえますね、何の音でしょうか」


あくまでもルイスがいない体で話すウィリアムを見れば、彼の中の苛立ちが相当なものだったことがよく分かる。

けれど、その怒りの内容は結局ルイスへの愛が根底にあるのだ。

ウィリアムにとっては衝撃的で許せないことだったのだろう。

たかがそんなことで、と言ってしまえるほど、アルバートはウィリアムが抱くルイスへの愛を軽んじてはいなかった。


「兄様、僕の言葉を兄さんに伝えてください!僕は兄さんのためを思って蜂蜜を入れましたって!」

「…ウィル、ルイスは君の疲れを取ろうと親切心で入れたんだろう。君への思いやりの結果だよ」

「たとえそうだとしても、僕にそんな気遣いは必要ありません。僕はルイスが淹れた、不純なものの混ざっていない紅茶が飲みたかったのに」

「でも兄さん、いつも紅茶には蜂蜜を入れているじゃありませんか!僕が入れたからって何も変わらないのに!」

「ウィル、普段の君は蜂蜜を入れることもあるだろう?どうして今日に限ってそう気にしているんだい?」

「僕が蜂蜜を入れるのは二杯目からです。一杯目は必ずルイスが淹れたままのストレートを楽しんでいる。蜂蜜もミルクもレモンも、余計なものを入れた紅茶を楽しむのは一杯目を楽しんだその後です」

「…言われてみれば確かに…!」


ルイスは過去のウィリアムを振り返り、確かに彼は一杯目の紅茶には何も入れず味わっていることを思い出す。

その理由を深く考えてはいなかったけれど、ウィリアムにとっては大切な行動だったらしい。


「つまり、重要な一杯目の紅茶にいきなり蜂蜜を入れられたことが悔しいというわけか」

「えぇそうです。アルバート兄さんならこの気持ち、分かるでしょう?兄さんも必ず一口目には何も入れないそのままの味を楽しんでいるのだから」


ようやくウィリアムはルイスのことを認識することにしたらしく、じろりと横目でアルバート越しの弟を見る。

ハッとしたように顔色を変えるルイスを見て小さく息を吐いた後、返事を聞くまでもなく同意を返すだろうアルバートの顔を視界に収めた。


「アルバート兄さん、ルイスってば酷いとは思いませんか?」

「…私には何とも言えないな。それだけウィリアムがルイスの紅茶に思い入れがあるということは分かったが、ルイスの言い分も理解出来るから」

「ルイスの言い分というと、僕の疲れを取るための糖分補給、ですか?」

「あぁ。ルイスなりの思いやりだろう?それは認めてあげるべきだよ」

「……」


そうだそうだと、アルバートの言葉が正しいとばかりにルイスは何度も頷いている。

形の良い眉を少しだけ釣り上げて、兄さんのためだったのに、と考えているルイスのことは愛おしいと思う。

己のことを慮ってくれたルイスの気持ちはとても嬉しいが、その方法は間違っているとしか言いようがないのだ。

ウィリアムはジト目でルイスのことを見やり、そうして今度は先程よりも大きく息を吐いた。

呆れている、という様子をそのまま表現したようなそれは本心からのため息だ。


「僕の疲れを取るための糖分補給なんて、ルイスがいれば十分です。ルイス以上の糖分なんて存在しない」


ウィリアムは元々疲れを感じにくい。

徐々に疲労を感じるタイプではなく、許容量を超えたら一気に落ちて眠ってしまうタイプである。

0か10かの疲労自覚なのだから、脳を休めるという糖分補給も所詮は気休めに過ぎないのだ。

それでも形式上は休息が必要で、ルイス本人とルイスが淹れた紅茶さえあればその後のやる気は段違いである。

大学で過ごす時間にはルイスがおらず、午後になるとそこそこ気が抜けてしまうのはそういう理由があるとウィリアムは勘付いていた。

だからせめて集中が必要な論文作成ではルイスとルイスが淹れた紅茶が必要だというのに、それをルイス自身に台無しにされてしまったのだ。

ウィリアムはとてもショックだったし、後のやる気が大幅に削がれてしまった。

蜂蜜なんかよりルイスの方がよほど甘いし、ウィリアムを癒す抜群の効果がある。

彼が言う本心からの言葉にルイスは目を見開いては頬を染め、アルバートは微笑ましくも呆れたように笑っていた。


「だそうだよ、ルイス。何か言い返したいことはあるかい?」

「なっ…ない、です…」


ここに来たときとは違う理由で嬉しそうに頬を染めるルイスは、惚けたようにウィリアムを見つめている。

その視線を受け止めたウィリアムは流石に大人気なかったかと、気まずそうに視線を逸らせては眉を下げていた。

どうやら束の間の仲違いは終わり、元の二人に戻れるらしい。

全く些細ながらも人騒がせで実に可愛い弟達だと、アルバートは長兄らしく二人に言い諭していく。


「では、これで仲直りかな。ルイスもウィルも互いに謝ろうか。ルイスはウィルの紅茶を台無しにしてしまったこと、ウィルは理由も言わずにルイスに当たってしまったことと無視をしたこと。ほら」

「…すみませんでした、兄さん。悪気はなかったにしろ、まさかそんな理由があるとは知らず…」

「いや、僕の方こそごめんね。君との休憩を楽しみにしていたから、つい意地の悪いことをしてしまって。おいで、ルイス」

「兄さん」


アルバートを挟んで仲を取り戻した弟達は、元通り理想的な仲の良さを体現している。

ルイスは席を立ってはウィリアムの隣に座り込み、ウィリアムはそんなルイスの体を強く抱きしめていた。

ウィリアムとルイスは仲睦まじくあることが一番美しい。

こうした些細なことで微笑ましい喧嘩をするのも兄弟としてあるべき姿なのだろう。

何より、聡明な二人がこうして気の緩んだ姿を見せてくれるというのは兄冥利に尽きるというものだ。

楽しい日常の彩りだと、アルバートは満足げに冷めた紅茶を手に取りもう一度喉を潤した。


「ん、っ…にいさ、ぁ」

「ルイス」

「ふ、…ぅ、んん」

「ん…」

「……」


美味しい紅茶を楽しむ横で何やら不穏な気配がする。

それ自体はよくあることで特に気にする必要もないし、アルバートは可愛い弟達が懸命に愛を紡ぐ様子を気に入っている。

いつどんなときでも二人一緒にいれば良いと、そうすることが正しいのだという確信を持っている。

だがそれはそれ、これはこれだ。

麗かな日和の心地よい今日という日に、あまりに生々しい愛情表現は似つかわしくない。


「ウィリアム、まだ昼間だよ。ルイスに触れるのは夜まで待とうか」


今の時間に相応しくない行為を始めようとする弟達に対し、アルバートは長兄として暴走しそうになる二人の行動を窘めた。




(ですが兄さん、今のルイスは今この瞬間にしかいません。夜まで待ってしまうとそれはもはや別のルイスです。僕はどちらも味わいたい)

(随分な理論だね、ウィル。ではせめてベッドに移動するのはどうだろう。ルイスとてソファで致すのは抵抗があるだろう?)

(ぅぇ?、あ、っ…はぃ)

(二人が言うなら仕方ないですね。行こうか、ルイス)