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〜写真・遺品が語る平和への願い〜沖縄・浦添戦(いくさ)展〜浦添市役所〜プレミアムな日に愛と平和について考えてみる〜

2017.06.30 11:11



はいたい🌺(こんにちは)

ピースフルしてますか?🌈


早いもので、もう6月も終わりますね


1年の半年が過ぎようとしています


毎年思いますが、あっという間ですね



先日

浦添市役所にて行われていた

沖縄・浦添戦(いくさ)展へ行ってきました




初めて赤紙を目にしました。。


死亡告知書は涙がとまらなくて

字が見えなくなりました。。

▶︎以下説明文引用

▶︎1947(昭和22)年9月25日付大阪府赤間文三知事名において遺家族に送付された死亡告知書。

遺骨もなく、この一通をもらった家族の悲痛はどれほどのものであっただろうか。一枚の紙やはがきで召集された命は、また、一枚の死亡告知書の紙で完結した。



伝単はいろいろと考えさせられました。

それと同時に私は、勉強不足だなと痛感。


伝単▶︎住民はこの戦争に対してどんな義務がありますか

1945(昭和20)年5月下旬に摩文仁へ避難する途中に、玉城の富名腰で拾われたもの。米軍ビラの特徴として、本土と沖縄の人との間にある心理的亀裂を利用したことがあげられる。このビラからも日本軍と沖縄県民の分離を狙う意図が伺える。



少年兵の写真には虫がたかっていて。。

▶︎急造爆雷を肩に、戦車に肉迫攻撃しようとして射殺された少年兵。



女性はたくさんの荷物を抱えていました。

▶︎医療班員らとともに国吉台地方面を駆け抜けていたところを射殺された女性。

カバンの中には自決用の手投げ弾、

小銃弾、包帯などの衛生材料が入っていた。



写真は現在の浦添市前田小学校付近。


▶︎戦争体験者の言葉

【戦争で失うものはたくさんあるが

平和から無くなるものはない】



本当にそうですね。



私が小学校の頃、戦争を学ぶ授業の一環で

ひめゆり部隊のアニメーションを観たことがあります。


沖縄県民はほとんどの方が経験していると思いますが、

戦争の映画や勉強をした日は

必ずと言っていいほど

戦争の夢を見て眠れなかった経験があります。


経験者でなくても

恐ろしさを感じる戦争。

NO WAR


LOVE 平和


*

*

*

祈りに近いようなところもありますが、

先輩方が築き上げてきた平和に

改めて感謝をし、

これからも

静かに沖縄から平和を願い続けます

*

*

*

「平和都市」浦添市✨




私も浦添市民として


自分なりのLOVE&PEACEを表現していこうと思います。

私の前世はジョンレノンだったのかな?

(うそです。調子に乗りました。笑)


本日も読んで下さって心から

いっぺーにふぇーでーびる

(ありがとうございます😊)


All need is love ❤️@沖縄




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このblogは地元沖縄に所縁のあるイイな・感動・シェアしたいと思ったことを私が個人的に残しています。

微力ながら沖縄からLOVE&PEACEを継承していきたい小娘です👩🏻

▶︎プロフィール

 私は2017年からフリーで活動を開始したばかりです。

昨年までは医療・福祉関係の職に就いており、高齢者の方(先輩方)と接することも多く、先輩方から沖縄戦の辛く苦しい体験を直接聴く機会がありました。

今の平和な沖縄県、日本があるのは

先輩方のお陰だと私は心から思っています。

沖縄戦体験者の方々も今後、ひとりふたりと世を去っていきます。

ほんの数年前に起きた沖縄戦という恐ろしい歴史が、今後風化していくのではないかと、私は危機感を覚えています。

私はもっと学びを深め、沖縄戦の歴史や今ある平和の尊さを、ひとりでも多くの方の胸に届くよう愛を込めて表現します♡


▶︎こちらのInstagramでは自作の絵を主にアップしております。

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