全身脱力感
私は時々、二次救急病院の外来を担当させて頂くことがある。あれは去年の夏の事だ。フットワークの軽い看護師から、直接相談の連絡がきた。どうやら、その病院にかかりつけの方が体調が悪いらしい。「先生どうしますか?」小柄なその看護師が私に、救急要請を受け入れるかどかを尋ねてくる。時間は昼を少し回ったところだ。救急外来も場所的にも時間的にも余裕がある。今はどの急患も受け入れていない状況で、体力、時間ともにfreeな状況である。もう少し詳しく話を聞いてみる。症例によってはとても急変のリスクが高い状況である事もあり、二次救急病院に来てもらっても、すぐに治療は開始できないこともあるためそのまま三次救急病院に行ってもらった方が話が早いこともある。
どうやら、70歳過ぎの女性で、高血圧やら高脂血症やらで治療を受けられているらしい。昼過ぎに脱力があったとの事だ。私はこの救急要請を受けることにした。まず、その病院にかかりつけであるので、最低限患者さんのためにやらなければいけない事がまずある。そのほかに、脱力と聞いていろいろと思いつく鑑別があったからだ。
医師の仕事をしていると、よく周りから「楽しそうに仕事をしているね」と声をかけて頂く事がある。どうやら、自分では気が付かないが楽しそうに仕事をしているという事だ。実際私は、仕事をつらいと思ったことはあまりない。医師としての仕事は初めてみて、面白いとおもう事が多いからだ。医学生であったころ、教科書を読むのは退屈であった。それ以上に退屈で修行の様であった大学の受験勉強を抜けた先に用意されていた、医学生としての勉学のレールはその当時の自分にとっては、理解できない部分も多数あり、レールには乗れずに長い時間を過ごした。座学としての医学は退屈で、スピード感がなく、いつまでたっても身につかない遠い国の情報のようであった。いわば、幻の国はたまた遠い海を渡った国のニュースのようであった。しっておいた方がいいが、今日明日に役に立つわけはなく、ましては生死に影響を与えるでもなく、ただ試験を通過するための儀式としの座学であった。当時の私はそこに興味を持つことがあまりできず、多くの時間を机の外で過ごした。
一方どうだろう、一歩医師として働きだしてみると、見える事や起こることが全てが新鮮だ。目の前の患者さんの中で、教科書に書いてある事柄が起こっている可能性がある。とたんに私は医学生時代を後悔した。また、その時から知識を欲しいと渇望するようになった。目の前のこの人を笑顔にするためには何が必要だろうか。この人を大切と思っている人を笑顔にするためには何が必要だろうか。そうすると、おのずと答えは見えてくる。正確な知識と正確な判断、治療を行い、病態を改善させることが正しい答えだ。ひとつひとつの知識に血流が流れ、私を押し流した。知識と治療、経過、すべてが経験となり血となり肉となり、医師としての経験になってくれる。そして、そのつみあげた知識でさらに別の患者さんの助けになることができるかもしれないのだ。おのずと病院にいる時間が長くなり、その後の経過が知りたくて患者さんのもとに足を運んだ。そうするうちに、こういった経過を見て判断して、治療をする事に充足を感じるようになった。
救急患者さんが来るときに、医師によっては休みたいのにああ残念。とおもう方もいらっしゃるだろう。もちろん、自分にもそういう風に思う事もある。しかし、時によってどんな患者さんがくるのだろうか。何が原因だろうか。自分に正確な診断がつけれるだろうか。と逆に好奇心が燃えてくることもある。内科は診断学と先輩に教わった。診断をつけないと治療ができないからだ。そういった意味で、どんなに小さな病院で働いていても、内科医としては診断までたどりつければ、その後その病院で治療をしようが、大きな病院へ転院しようが、診断をつけるという大きな目的を一つ果たしたことになるといえるだろう。それこそが内科医が果たすべき責務であり、それこそが内科医といえるだろう。
さて、今回のケースは合併症もある患者さんの脱力感だ。厚い気候であったため、熱中症なども考えられたが、わたくしに中にはピンとひらめくものがあった。根拠のない自信のようであった。これは頭の血管になにかおきたな。
診察もしていない、顔も知らない、ただの話からだけなのであるが病名は推察ができた。合併症が多くて、高齢で、脱水の状況でおこるとすれば頭の血管に何かがおこったと考えるのが妥当である。
その後、患者さんは救急外来へ搬送されてきて、すぐに頭の検査を行った結果、脳梗塞の診断をつけることができた。知識の影響とやはり医師としての経験で得られたものから診断への道筋ができたものと考える事ができた。座学としての知識も非常に重要であるが、経験というべき現場での経験は何にも代えがたいときがある。これからも、知識と経験を得るべく、診断学としての内科学の場に立ち続けて、自分なりの活躍をできる状況をみつけていきたい。