航空機事故の唯一の生存者の重要な記録
事件に関する重要な記録をここに公開する。
ICレコーダーによる記録である。
吹き込まれた声は基本的に可美村(かみむら)緋那(ひな)のものだけである。
彼女は警視庁の刑事であると共に、
IZUMO社航空機墜落事故の唯一の生存者である可美村貴代(たかよ)ちゃん(事故当時十三歳)の叔母でもある。
貴代ちゃんは事故の怪我によって、長らく植物人間状態と見なされていたが、
先日、意識をはっきりと回復していることが確認された。会話が出来るほどには回復していないため、
奥歯に電極を取り付け、歯を噛み合わせると電子音が鳴る仕組みでコミュニケーションを可能にした。
イエスの場合は二回、ノーの場合は一回、歯を噛み合わせてもらった。
貴代ちゃんの精神安定のため、部屋には緋那さんと貴代ちゃんの二人だけである。
カメラなども設置していない。
以下が記録である。
「他の乗客の人たちは普通でしたか?」
二回。
「飛んでいる最中に何かが起こったのですね」
四回、間断なく。
「それはYESということ?」
三回。
「つらい? この話、やめましょうか?」
しばし後、一回。
「続けられる?」
二回。
「じゃあ、もう少し頑張ってくださいね」
二回。
「事故の前、飛行機は揺れましたか?」
二回。
「恐かった?」
やや後、一回。
「その時には、もう落ちると思いましたか?」
一回。
「大したことはないと思ったんですね」
二回。
「窓は」
二回。
「それは窓を壊して入ってきたということ?」
二回。
「その何かは、乗客に酷いことをしたのですか?」
二回。
「貴代ちゃんの傷も、その何かのせい?」
何度も。
「傷口から唾液が」
何度も。
「牙が生えてた?」
何度も。
「ぬめぬめしてた?」
何度も。
「目が真っ黒で、葡萄みたいに小さくて、びっしりと」
何度も。
「子供みたいに小さい」
何度も。
「手が、ううん、足? たくさん生えてて、這い回るみたいに」
何度も。
「変な声で、何かを擦ったみたいな声で」
何度も。
「すごく小さな穴や隙間から、ずりずりって出てきて」
何度も。
「身体に張り付いてきて」
何度も。
「登ってきて」
何度も。
「噛みついて」
電子音は以降、一切鳴らなくなる。
「食べられ」 「痛い」 「助けて」
以上が記録された二人のやり取りである。
後半、何かをこするような音や、ピタピタと吸盤の張り付くような音、
引きずるような音などが入り乱れたが、詳細は不明である。
可美村緋那の声が後半で震えていたことと何らかの関係があるのかも不明。
この記録は桜美赤十字病院女性二名惨殺事件の重要参考物件として
県警に保管されている。
この事件の真相は未だ謎に包まれたままである