痛い時には痛いで精一杯
2017.07.13 05:28
毒矢が刺さった時、
何処から、誰が、なんのために どうして、と
その矢を抜かずに問うことは とても虚しいことです。
弘法大師空海
毒籤を抜かずして空しく來處を問う。
『遍照発揮性霊集』
毒矢に当たった時は、まず治療を始めることが最優先です。
これは、誰もがわかることで、まるで笑い話のようです。
ところが、この毒矢が、心にささった出来事になると、私達は途端に対処の仕方がわからなくなります。
偶然に起きた心を痛める出来事。
それも人からされてしまった時。
どうして?何で?自分が何か悪いことをしたかな?
仏教は因果報応を説きますが、
人に何かされた時、
自分にその原因があったのだ、
これは自分が以前に人を傷つけたから起きた出来事なのだ、
なんて、そんなことはとりあえず考えなくて良いのではないでしょうか。
毒(恨みやひがみ、悲しみ)が回ってしまいます。
傷つけられ怒ったり、悲しんだりする感情は、毒矢の毒そのものです。
私達の心や体をむしばみ、ひどいと死んでしまうこともあります。
毒が回る前に、
傷ついた時には、まず自分の心を癒してください。
傷が癒えない状態の時は、何が正しいのかの判断も怪しくなってしまいます。
そんな時にあれこれ思ってみても、
良い考えも浮かばないですね。
湿度が高く、イライラしがちになりますが
今日も笑顔でぼちぼちと。
より良い一日になりますように。