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photo小説:『虹の向こうへ』

2017.07.16 02:10

 疲れた体を引き摺って、自宅のある最寄り駅の改札から吐き出され、とぼとぼと階段を降りきってふと、見上げた空に浮かぶ虹。


 地上から真っ直ぐに空へと貫くように掛かる虹。


 絵に描いたような虹に、何だかふいに可笑しさがこみ上げて、さっきまでへの字に下がっていた口角がぎゅっと上を向く。


 こんなにちゃんと虹を見たのは、どのぐらい振りなんだろう。


 子供の頃、虹を見ると何だか良いことが起こりそうで、滅多に見られない宝物を見たような気がして、わくわくと幸せな気持ちになったっけ。


 会社と自宅の往復、単調な毎日、漠然とした不満が日々少しずつ降り積もってゆく仕事。


 私のいる場所はここではないと、振り払っても、振り払っても囁き続ける声。


 ドラマや小説のように、人生に青天の霹靂が起きて、ハッピーエンドな生活なんて、滅多やたらに起きるもんじゃない。


 結婚もせず、子も産まず、微々たる時給で働いて得る僅かな給料から、引かれてゆく高い税金や保険料に頭を悩ませ、慎ましくただ生きている。


 やりたいことならあると言えば、言い訳しないですればいいじゃないと、恋も仕事も上手く行っている友は言う。


 それはそう、解っていても呪縛を掛けられたように動けない時があるのだとは、言い訳なのかと、自分でも嫌になるほど鬱々と自問自答する日々の中で、溺れてゆく不安。


 堂々巡りの思考に倦んでいた。


 そんな矢先の気持ち良いまでに真っ直ぐに伸びた虹を見た。


 その瞬間、プチンと私の中の何かが弾けた。


 「すみません。自宅に着いたら急に高熱が出まして、明日から1週間お休みします。」


 と、気づいたら会社の番号を押し、口が勝手に伝えていた。


 きっと、会社の人は驚いているだろう。


 何より私が、そんな大胆な嘘をさらりと言って退けるとは思ってもみなかった。


 クビになるならそれでもいい、何ヶ月かはどうにかなると、ぽっかり出来た時間に何をしようと、夏休みの前のわくわくを思い出したていた。


 私は自由なんだなと思ったら、目尻に涙が滲んで来た。


 この虹は宝物だと、スマートフォンを鞄から取り出して、夕暮れの空に真っ直ぐに伸びる虹を撮して、薄べったい無機質な板に保存する。


 虹の向こうには何があるの?


 何も無いかも知れない、けれど行って見なければ分からない。


 行った人だけが見える景色がきっとある。


 虹の向こうへ。


 すっかり軽くなった心を抱えて、自宅への道を歩く、私だけ虹の向こうへ。



photo/文:麻美 雪