Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

Photo小説『桜の夜に』

2017.07.20 10:50

 朧気に霞む夜の桜。


 一片二片散り敷く薄紅色は、終(つい)えてゆく命の儚さ。


 「忘れないで私の事を」


 微かになってゆく貴女の声。


 「どうか、笑顔で思い出して。笑顔で思い出せないのなら、その時は私の事を忘れて下さい」


 貴女の瞳がひたむきに僕を見つめて言う。


 悲しみに暮れる僕を見るのは辛いから、笑顔で思い出せないなら忘れて欲しいと言う貴女の優しさと強さ。


 白く透き通りゆく手に陽の光のような檸檬を取って、小さく噛んだ檸檬の香気に、最後の命の明るさが貴女を包む。


 「どうか、笑顔で思い出して。」


 細くなってゆく貴女の声。


 「愛してる」


 ひとつ大きく檸檬の馨の息をして、優しい瞳を閉じて儚くなった貴女。


 夜の桜が悼むように、音もなくはらりはらりと舞い散る幻のような薄紅色の夜の底に、僕は独り添い寝する。



photo/文:麻美 雪