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WUNDERKAMMER

猿ジイ

2017.07.21 05:18

私が小学生の頃、通学路の途中に、子供たちから『猿ジイ』と呼ばれる変質者が住んでいた。  

変質者と言っても、年中寝巻きみたいな格好で、 登校中の小学生の後ろをブツブツ言いながら、

5メートルくらい離れてフラフラついていくという程度で、気味は悪いが実害はなかった。(少なくとも私に対しては) 赤ら顔で禿げていて、いつも前屈みだったから、猿ジイというあだ名で呼ばれていた。  


その猿ジイが、ある日を境に姿を見せなくなった。 

クラスメートたちは口々に、「逮捕された」「精神病院に行った」「死んだ」などと噂していた。

 私も猿ジイは気持ち悪いと思ってたけど、持ち前の怖いもの見たさなどから、 猿ジイが消えたことを少し残念に思った。


 猿ジイを見なくなってから1週間ほどたった日。

 当時一緒に遊んでいた友人3人に、「猿ジイの家に行ってみようぜ」と誘われた。私は二つ返事で了解した。 猿ジイの家は、学校から100メートルも離れていない場所にあった。 平屋の仮設住宅みたいなボロくて小さな家で、 家を囲うブロックの塀と家との間に、バスタブや鉄パイプのようなガラクタが山済みになっていた。 入り口の引き戸には鍵がかかっておらず、簡単に中に入ることが出来た。


 今思えば、中に猿ジイがいるかも知れないのに、当時私たちは皆、猿ジイはもうこの家にはいない」と思い込んでいた。

 皆靴を履いたまま中に乗り込んだ。 家の中は狭く、1DKの安アパートのような感じ。

 殺風景で、ガラクタで溢れる外とは打って変わってほとんど何もなかった。 居間には布団をかけていないコタツ、古いラジカセ、灯油のポリタンクなどが無造作に置いてあり、 隣のキッチンには小さな冷蔵庫がおいてあるだけ。 家電製品は全部コンセントが抜けていたと思う。 何かを期待していたわけではないけど、あまりに何もないので私たちはガッカリした。 

「テレビも買えねーのかよ、猿ジイw」とか、「死体でもあればよかったのになw」とか口々に言いながら、家の中を物色した。

 すると、キッチンを見に行っていた友人が、突然「うぉっ!」と叫んだ。 どうしたどうしたと、皆がキッチンに集合。

 叫んだ友人が指差す方向を見ると、冷蔵庫のドアが開いていた。

 屈んで中を見ると、冷蔵庫の中には、黒いランドセルがスッポリと嵌るように入っていた。 

 私は少しビビリながら、ランドセルを冷蔵庫から引っ張り出した。 ランドセルは意外にもズシリと重かった。 そして背(フタ)の部分には、刃物で切られたように大きな×印がついていた。  


「開けようか…」 「…開けるべ」 私はランドセルを開け、中身を床にぶちまけた。

ノートや教科書、筆箱が散乱した。 ノートには、『1ねん1くみ○○××』と名前が書いてあった。

 教科書もノートも見たことのないデザインで、自分たちの使っていた学校指定のものじゃなかった。 私は気味が悪くなった。多分皆同じ気分だったと思う。 黙りこくって、床に散らばったランドセルとその中身を見つめていた。

 私はその空気に耐えられなくなり、「猿ジイの子供のころのやつかなぁ?」なんておどけながら、

 一冊のノートを拾いあげて、パラパラとめくってみた。 丁度真ん中くらいのページに封筒が挟まっていた。 封筒は口が糊付けされていたけど、構わず破いて中に入ってるものを取り出した。


 中身を見た途端に全身に鳥肌が立った。 封筒の中に入っていたのは一枚の写真だった。

男の子の顔がアップになった写真。 男の子は両目をつぶって口を半開きにしていて、眠っているようだったけど、 まぶたが膨れ上がってる上に、鼻や口の周りに血のようなものがビッシリこびりついてた。 


「やばいよコレ・・・」 誰かがそう言った瞬間、突然ガタン!という音が風呂場の方から聞こえた。

 皆ダッシュで猿ジイの家を飛び出した。勿論件の写真を放り出して私も逃げ出した。 

そして、そのままその日は流れ解散。 申し合わせたように、猿ジイの家に行ったこと、あそこで見たものは皆二度と話さなかった。 私たちが猿ジイの家に忍び込んだ数日後、あの家は取り壊された。


 あれからもう12年たつ。 正直、あんなに怖い思いをしたのは、後にも先にもあの一回だけ。オカルトとも無縁の生活をしてきた。 なのに最近まで、すっかり猿ジイのことも猿ジイの家で見たものも忘れていた。 多分、無意識の内に忘れようとしていたんだと思う。


 それをどうして今になって思い出したのかと言うと。 

一昨日、引越しのために実家で荷物をまとめていたんだ。


 そしたら、しばらく使っていなかった勉強机の奥から出てきたんだよ。あの男の子の写真が。