高知競馬・中西達也騎手→調教師
中西達也騎手が7月末で騎手を引退、調教師となります。
折角なので今回、少し記事にしてみたいと思います。
筆者が高知競馬に通い出したのは8年前。夜さ恋ナイター開幕2日目が初参戦。
そこから数えて3回目の遠征だったでしょうか。始めての重賞観戦となった黒潮菊花賞、勝ったのはグランシング。詳しい人はご存知でしょう、高知競馬の三冠馬ですね(カイヨウジパング、オオギリセイコー、グランシング・・・でしたっけ)。で、その鞍上が中西騎手。ボクにとって、高知初重賞の勝利ジョッキーはこの方でした。
そして、高知で2度目の重賞観戦となったのが同年の高知県知事賞。これを制したのも中西騎手騎乗のゴッドセンド。
グランシングも出ていましたが敗退。鞍上は明神騎手ですか、懐かしいですね。そんなわけで高知競馬に通い始めた当時、それこそ赤岡さんと真衣ちゃんしか知らない状態で次にボクのメモリーにインプットされたのが中西騎手でした。何者?って印象でしたね(余談ですが、当時は一眼レフも持ってない状態、今見ると大事故レベルの写真ばかり)。
これはおまけ翌年黒船賞前日は高知の騎手との前夜祭の写真もあったので載せておきます。翌日の黒船はパリスエトランゼルでしたか・・・騎乗したのは。
2010年10月23日、パブリッシャー号で地方通算2,000勝達成
2010年10月29日、ナロウエスケープ号で黒潮菊花賞を制覇。
2011年2月4日、ナロウエスケープ号黒潮スプリンターズカップを制覇。
ダートグレード4着という実績を持つ、当時の高知競馬短距離王ポートジェネラルを封じての勝利。
2013年3月30日、マチカネニホンバレ号で御厨人窟賞を制覇。
これもこの年の黒船賞で4着に入ったコスモワッチミーを封じての勝利。
そういえば上で書いた県知事賞も断然人気のジョインアゲンを封じましたし、こういった断然人気の馬をきっちり仕留めるあたりがスナイパー呼ばれた所以なのでしょう。
2013年3月31日、ニシノファスリエフ号で土佐春花賞を制覇。
2日連続重賞制覇の快挙。
2014年5月18日、ニシケンメイピン号で黒潮皐月賞制覇。
2016年4月28日、ニシノファイター号で福永洋一記念を制覇。
それ以前の中西騎手、デビューしてから中津時代を含む20年分の中西騎手は全く知らない。ボクが知っているのは、期間で言えば中西騎手の騎手人生の3分の1弱。更に言えば毎週のように高知競馬に通っているお客様ほどの思い出もありません。
一応、こちらも往復600キロ、8年で3ケタ回数軽く越える遠征数はしてますけども。今の何分の1かという売上の時代が中心でしたけどね、よく通いました・・・それは自分でもわかっているし、なのでもっと重賞勝利見てるかなと思ってたんですけどね・・・、ボクが書けるのはこれだけでした。ただ、その1つ1つは派手なゴール前のパフォーマンスは少ないながらも、さらりと強いインプレッションを残す、それが中西騎手の魅力だった気がします。コンビを組んだ面々も印象深いですね。ゴッドセンド、グランシング、あとナロウエスケープあたりですか。
重賞勝利やメモリアル勝利という輝かしい部分は↑に挙げただけでなく、大きな落馬事故も目の前で見ました。勝ち星が伸びない時期もありましたし、もう引退じゃないかという話をチラホラ聞いている時もありましたが、まだまだ現役で頑張っていて欲しいと思う部分は大きかった。それは西川騎手にも言えることですが。
今年はフリビオンとのコンビで2冠制覇。上に挙げたグランシング以来の3冠の期待も、現地では高まってると思われます(もう高知競馬には半年近く行ってないので、その辺の期待感は予測でしか書けませんが)。
そういうタイミングの中で調教師試験合格。勿体ないという部分もあるように感じますが、それに劣らないあるいはそれ以上の調教師試験合格という大きな勲章を手にした中西騎手→中西調教師がこれから高知競馬で見せる馬作り・・・この記事をご覧の皆様も是非注目し、そして応援してくださればと思います。
何かTwitterも始めたみたいですしね。
騎手としてのラストラン及び引退式については主催者の発表をご確認ください。
まずは無事にラストランを終えてほしいですね。