今にして思えば。
かれこれ15年経つ。
父がガン告知されたときから。
そして、「免疫療法」というものに出会ってから。
昨今、「免疫療法」というネーミングをよく耳にするようになった。
テレビでもよく特集を組んでいる。
最先端医療としての「免疫細胞療法」を指しているようだが。
当時のことを思えば、「何をいまさら!!」って思いが強い。
医学会?特にガン治療の現場では、まったくの無視もいいところだった。
そんなものは、効果なんてありえない!
やるだけ無駄だから!渇!!
だめ!駄目!ダメ!無意味だから!
未承認の治験薬なんか信用なんて出来ない!
免疫・・・と口走っただけで、シャットアウト!
けんもほろろ・・・もいいところだった。
屈強な壁が、目の前に立ちはだかった。
「三種の神器」=手術・化学治療(抗がん剤)・放射線治療以外は、
まったく認めるどころではなかった。
まさに!
三種の神器以外の治療法は、「シャーマン」のそれのような扱いであり、
医者の目は、「邪道」 「異教徒」を見るような感じだった。
信じられないような扱いだったのだ。
医者からだけではなかった。
身内にも反対勢力はいっぱいいたのだ。
「免疫療法=シャーマン・異教徒」
VS
「三種の神器=正統派医学」
という、対立構造だった。
ちなみに、著者は圧倒的なマイノリティ。シャーマン派だった。
医学界のことも、ガンのことも、ましてやガンの治療法など知る由もない。
生粋の広告マンで、医学界とは程遠いずぶの素人だった。
おそらく、身内も親族も・・・
悪い宗教?ねずみ講にだまされてる?と思われたに違いない。
切る!(手術)
盛る!(化学治療)
射る!(放射線治療)
これで、どれほど生還できているの!?
「軍事戦術」 VS 「外交戦術」に例えると、
極端なまでの「軍事戦略」以外の何者でもない。
徹底攻撃あるのみ!という論法にしか見えなかった。
こうなったら、自らガン治療情報で武装するしかない!
当時、今ほどネット情報など氾濫していなかった。
(今では、あ~だこうだの嘘八百情報で溢れているが・・・。)
知人友人からの口コミの口コミの伝達・・・書籍での情報収集、
Dr.からの伝達のまた聴き。なんとも・・・アナログなことか!
アナログだからこそ、正しい情報が届いてきたのだから、
アナログもいいものだ。
現行の「三種の神器」には、疑問ばかりが募っていった。
奇襲攻撃で、敵も見方もボロボロになる玉砕戦術か?
深手を負ってでも、生きていれば成功ということか・・・。
最終的には「自己免疫力」こそが全てである事に気がついた。
言い方をかえると、
「自然治癒力」 「免疫療法」。
如何に「免疫力を高めるか」? そこに尽きる。
15年前。 たどり着いたのは 「丸山ワクチン」だった。
皮下注射。医療行為を伴う。
未承認薬であり、かれこれ35年も有償治験中という。
現在その投与患者数は約40万人。
「副作用がない」
「他の治療と併用できる」
「痛みなどの改善効果」
「他治療の副作用を軽減」
入院先のがんセンターで投与してもらうためには、
主治医の「治験承諾書」が不可欠だった。
冒頭で記してあるように、その説得は・・・。
三種の神器を有する神に対して、
邪悪なシャーマンが一緒に仲良くしようー
と言うようなものである。
ここである力が役に立った。
数多の広告プレゼンで鍛えられた
「納得&共感」フレームによるプレゼンテーション力。
教授であり、主治医であり、神(院内の存在)への
シャーマンからのプレゼンテーションである。
想定した着地点はこうだ。
「現行の治療法と並行すること」。
即答ではなく、「検討しましょう」でも良しと考えた。
完全拒否となることだけは避ける・・・と。
その当時は、「三種の神器」を完全否定するだけの
代替法を知らなかったのだ。
白い巨塔。
教授の後ろには多くの若い医師が立って並んでいる。
教授の指導する医師たちである。
プレゼンは、45分間に及んだ。
そして、即答は避けてきた。
「いい方向で検討しましょう」と。
二度目のプレゼンは、父本人が行った。
プレゼンと言うよりも、立ち話の類ではあったが
何よりも本人と主治医との関係においては、
一番効果的になるのだ。
了解がでた!
ありとあらゆる申請書類は既に準備済み。
残すは、主治医の署名だけだった。
かくして、シャーマンとの共生となりました。
数多の好事例はあるが、父にも・・・という確証はなかった。
結果的には、無事退院となり、今現在も元気なのである。
ただし、投与開始から10年くらいは丸山ワクチンを
継続して投与していたのである。
「ガンと共生」するために、
免疫力の低下は避けなくてはならなかったからだ。
この15年前を契機に、免疫療法から酵素の力、水素の力、
アルゴリズムにメカニズムと・・・少しずつ情報収集を重ねてきた。
前立腺がんの再発、叔母の乳がん、知人の胃がん、義姉の肺がん。
避けては通れない身内の「ガン発症」には、常に最前線で応対してきた。
唯一、義姉の肺がんは、心筋梗塞という予想もしない形で幕を閉じた。
それでも、死亡欄には、「肺がん」と記されていた。
日々、医療の最前線はすさまじいスピードで進歩している。
治療の入り口が例え誤っていたとしても、どこかに必ず分岐点がある。
その分岐点で、治療方針を考え直すということも必要だと思う。
いつまでも「三種の神器」にだけ頼る時代ではない。
知っていることで、分岐点で好転換へつながることもあるのだ。
こころのどこかに・・・シャーマンを。
*免疫療法(丸山ワクチン)だけで父の命が生かされたのではなく、
「三種の神器」と医師たち、家族の願い、そして、何よりも本人の
「自己免疫力」が支えてくれていることを記しておきたい。