ナポレオン55-タレーラン美食外交
2021.12.20 10:12
1814年9月1日より、史上初の全欧国際会議「ウィーン会議」が始まった。ウィーンという町は、オスマン防衛のため未だ城壁に囲まれて広い街ではない。そこに全欧のVIP達と御供そして見物客あわせて10万人が来たのである。街は好景気に沸き、建物は拡張され、調度は新調された。
もちろんイベントは目白押しである。会場のシューンブルン宮殿の大舞踏会は満杯で、とても優雅なものではなかったようだ。しかし、蘇ったウィーン貴族達や各国VIPは、自分のところで舞踏会を催し、毎日毎日舞踏会やパーティ巡りで皆市内を駆け巡ったのだ。
もちろん20年以上の戦さの日々からの解放もある。しかしその場では皆情報交換をし、互いのハラを探り、自分の味方に引き入れようとした。そしてその周りでは、その情報を手に入れようと、各国の諜報員達が暗躍したらしい。メッテルニヒはその機能をフルに使った。
しかし歓待外交で、上手が居た。フランス代表タレーランである。彼は自分のシェフ、アントナン・カレームを連れてきて、その独創的な料理を出して評判をとった。カレームによってフランス料理は芸術の域に高められたと言われ、外交に一役買うことで高い地位を得た。