「べちょべちょランド」w/マツモトクラブ
ぼくは家族で某テレビ局の夏休みイベントに訪れた。
いろいろなアトラクションに目移りする中、不意に気になる看板が目に入った。
そこには「べちょべちょランド」と書かれていた。
「ここに入りたい!」
そう言うと、お母さんが言った。
「絶対ダメ! 汚れるから!」
けれど、その隣でお父さんが口を開いた。
「お父さんは行ってみたいなぁ……」
どうやら、お父さんは変なことを想像しているようだったけれど、ぼくはそれには触れず、
「ほら、お父さんもいいって言ってるじゃん! お父さんと行ってくるから、お母さんは外で待っててよ。お母さんは出入り禁止ねー」
そう一方的に告げ、お父さんと二人で中に入った。
と、入口をくぐった矢先だった。
後ろから急に猛烈な勢いで風が吹いてきて、思わずぼくは前に倒れこんだ。
そして身体に、べちょっと何かがくっついた。
隣ではお父さんも同じように倒れていて、身体についたべちょべちょを見て首を傾げている。
すると、係員の人がきてこんなことを教えてくれた。
「このべちょべちょランドは、このように床や壁の全面がべちょべちょに覆われているんです。このべちょべちょはNASAが開発したものでしてね」
「NASA!?」
「ええ、ほら、無重力装置ってものがあるでしょう? あの装置が万が一壊れたとき床に叩きつけられても大丈夫なように、衝撃吸収性を高めたこのべちょべちょが開発されたんです。実際に、いま転んだのに痛みを感じていないでしょう?」
たしかに派手に転んだわりに、まったく痛いところはなかった。
「ぜひいろいろと遊んでみてください」
ぼくはワクワクしたけれど、お父さんはその説明に何かの期待を裏切られたようで、呆然と立ち尽くしていた。
それをよそに、ぼくはもう一度、同じようにわざと転んでみた。
やっぱり、まったく痛くない。
このべちょべちょは、本当に衝撃を吸収してくれているらしかった。
それからぼくはヘッドスライディングをしてみたり、バク中に挑戦してみたりした。
どこを打っても痛くなく、普段できないような動きを楽しんだ。
ただ、お父さんのほうを見るとショックを引きずっているようで、まだ立ち尽くしていた。
心の衝撃はNASAでも吸収できないのかな。
周囲を見渡すと、ほかの子たちはべちょべちょを丸めてぶつけあって遊んでいたり、スライダーを滑っていたり、雪だるまみたいなものをつくっていたりして、はしゃいでいた。
それに加わり、ぼくもべちょべちょの世界を満喫した。
「……そろそろ行こっか」
その弱々しいお父さんの声で、ぼくは我に返った。
そして自分の身体を見回した。
服はすっかりべちょべちょになっていて、こんなに汚したらお母さんに怒られると青ざめた。
けれど次の瞬間、ひらめいた。
もしも怒ったお母さんに叩かれたって大丈夫じゃないか!
なぜなら、ぼくの全身には衝撃を吸収してくれるNASAのべちょべちょがついてるんだから!
お父さんのあとにつづいて外に出ると、案の定、お母さんはかんかんだった。
「こんなに待たせて! しかも、あなた、べちょべちょじゃない!」
カッとなったお母さんが手を挙げた。
――さあ来い!
そう思った直後だった。
ぼくの頭に予想外の強い衝撃が訪れた。
わけが分からず、一瞬遅れて自分の頭を触ってみた。
すると、なんと叩かれた後頭部にだけ、べちょべちょがついていなかったのだ。
お父さんはどこか寂しそうに、お母さんに言った。
「……今日は一緒に寝よ」
ぼくは作戦が失敗したショック、お父さんは何かのショックを抱えたまま、ぼくたちはイベント会場をあとにした。
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