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ゴッホの木に見る筆致・・・

2017.08.16 14:43

 ボーランダー(1977)が筆跡学的な視点について次の様に述べている。「絵をつくりあげるストロークの用い方を質的・形式的な見地から綿密に検討することは非常に重要である。しかし,描画の解釈に於いて,ストロークの性質やラインの形の評価ほど,記述や図解が難しく,明確に呈示しにくいものはない」と述べている。そうした難しさはストロークやラインにある直接的な表現要素から来ると思われる。実際の描画に接した場合,描き手(クライエント)と分析者(セラピスト)の情動が共動すれば,呼吸までも伝わって理解出来る様な気がする。理解には主観的に成らざるを得ない側面が残る。ストロークやラインについて、ボーランダー(1977)は,「ライン自体が感情のトーンを表現する」とりわけ,「自我強度や自我防衛が表現される」と述べている事は興味深い。宮本武蔵の,枯木鳴鵙図の一筆のストロークを見れば,剣の達人の集中力や統制力,呼吸,その人そのものが表れる事が分かる。ゴッホの場合,ストロークやラインは社会的な適応に失敗し、画家になる決心をする時点で,大きく変化して行った。画商の店員時代は,筆圧は弱くストロークは控えめで,抑圧された問題はまだ深く潜在しているように見える。仕事や勉学に失敗した27歳頃からは,筆圧は強く,太くて濃い直線的ストロークに変化していく。この事は,明白な自己主張の高まりを示唆しているだろう。画家になる決心をする事で,社会の枠組みから離れて生活をし,自分の中に自身で枠組みを作って行かざるを得なかった様に見える。同時に自我の防衛が強固になる必要があったと考えられる。次の変化は,南仏サン・レミの36歳頃の糸杉に見られ,生きているかのように動く曲線となっている。木の外形、外界との境界線は,木としての描き手と社会の接触の状態を暗示している。螺旋状に回る糸杉のストロークは,ゴッホの孤独な戦い,燃え尽きる前の気力等を表している。最後のストロークの変化としては,画家としての絶頂期を過ぎたオーヴェル時代に見られる。自殺に至る2ヶ月間であったが,筆圧が弱くなり,切れ切れな線も見られる。この頃,ゴッホは麦畑のだだっ広い空間に永遠に続く海を見たと書いたと伝えられている。最期の絵,麦畑に関係した46),47)の絵のストロークは,粘度の高い筆運びの重い油絵の具を用いて描かれている。この場合のストロークが押しつけられた様に見えるのは,筆がキャンバスに対して直角でなく寝かせて描いているからである。以前は,相当に重い筆運びも、命が燃えるような糸杉の場合,筆を立てて描いている。手首から自由に筆を動かし躍動感を持った勢いの有るストロークが表現されている。しかし,「麦畑」の場合は違う。同方向のストロークが切れ味悪く並んでいるだけ。ゴッホに精神エネルギーが不足して来た表れで、自我の独立性も危機状態であったと見える。

 この様にゴッホのストロークやラインは,彼の精神エネルギーの変化に呼応して,明確に生涯を通した変遷を映し出している。

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宮本武蔵の,枯木鳴鵙図の一筆のストローク