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ゴッホのバウムをバウムテストで・・・

2017.08.19 15:12

おわりに

3) ゴッホのバウムを使って、バウムテストの視点からパーソナリテイ理解を進める中に,彼の生涯には様々な切り口が存在する事がわかった。記述的資料からは、①〜⑨が浮かんだ。

①ゴッホには,生後間もなく死んだ一歳上で同じ誕生日の兄がいた。その兄の墓はゴッホの父が牧師を務める教会の墓地にあり、ゴッホが毎日の様にその前を歩いたこと。②ゴッホと母親との稀薄な母子関係。③唯一のゴッホ芸術の理解者であった弟テオとの兄弟関係。④ゴーガンとの友人関係。⑤耳切事件の真相。⑥夭折した原因。⑦死因説,自殺か他殺か。頭でなく,腹,あるいは,胸を撃っている。⑧失恋,失業,貧困生活,異国での死等の悲劇。⑨精神病と天才 等々である。また,描画からの考察は,①〜③に見る事が出来た。

①宗教的象徴要素 ②印象派や表現主義としての美術史的視点 ③色彩心理的考察,等々からである。精神分析的,対象関係論的,自我論,愛着理論、分析心理学的視点などからも考察され,現在死後114年を経過しても,尚,新しい見解が生まれ続けている。その様に画家としては多くの先行研究がある興味深いゴッホについて,筆者は先ず記述資料と描画の双方向からの基礎資料を比較考察して進めた。その際,描画は見た瞬時に伝わるものがあり,しかも呈示されている非言語情報は直截的で読み取るのには多すぎる位だった。しかし,ゴッホのバウム分析は何にも増して豊かな結果を語ってくれた。そして、彼のバウムを整理する事で、ゴッホ自身に迫り得たと思われる。


4) バウム分析過程で困難に感じた点があった。バウムテストの場合は,「一本の木を描いて下さい」という指示語があり、一枚の紙に一本の木が描かれる訳で、筆跡解釈論と空間象徴理論より解釈が行われる。しかし,ゴッホの自由画では,一枚の画面に複数の樹木が描かれている場合が多くあったからである。その場合、どの樹を主として選び分析解釈するのか、あるいは、描かれた全部の木々をゴッホの人格を分割するように適宜投映した集合体と解釈するのかを考えた。描画行為中、自分が描く絵画空間は、常態では自己投映の世界であると思う。芸術作品の場合は、意識的、操作的な強調や画面操作が行われる可能性が考えられる。しかし、ゴッホの場合、表現主義と分類されているように,自分の感情や情動、考えを、できる限り純粋で直截的に表現している。その事からも,複数の木々が描かれていても,精神エネルギーが際だって注がれている一本の樹があった。そこには特に、自我の投映が良く成されていると思われる。また,複数の木々の場合は,共通したものが底流し、増幅されていると感じられる場合もあった。その様なことから,バウムテストには1枚法だけでなく、3枚法などもある事が想起された。一人の人間の心は多面的で,それぞれの木々は描いた人の多面的な内面を、その時々で、違った角度から、映すと思われる。ゴッホの場合,複数の樹木が描かれていた絵が多かった。その場合にも表現に強弱があり,自己投映の強弱が明らかで、どの木に最もエネルギーが注がれているか特定できた。従って、ゴッホのような芸術家の作品でも、バウムテストの分析解釈尺度の適用が可能と考える。元々、バウムテストは、人が自然に木を描く中に自分を投影してしまう傾向が先にあり、それを利用して成立したものである。バウムテストの解釈基準は注意深く適用して、読み解きさえすれば、テストの枠組外で描いた場合でも、適用可能と思う。そして、その人が誠実に表現し、内面を吐露する程度が高いほど、そのパーソナリティ解釈にバウムテストの解釈基準を用いる事が可能と考える。