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カモメが飛ぶ日

葉桜

2020.04.03 13:45


葉桜

先日、作家佐藤愛子の代表作『血脈』を模写していて、「葉桜」という言葉が出てきた。葉っぱになった桜でしょう、と言われればその通りで、何も言えなくなってしまうのだが。
東京、神奈川の都市部では3月の終りになって桜が咲きはじめ、4月に入りやがて満開の時を迎える。その花びらが散りはじめると、今度は若葉が芽吹く。桜は、薄ピンクが樹木全体を覆いつくす様相から、新緑の中に紅色が顔を覗かせる状態へと変化していく。
花びらがすべてなくなり、雄しべ、雌しべもやがて全部落ちてしまうと、桜からはすっかり赤みがなくなり、新緑オンリーの姿となる。葉桜というのは、若葉が顔を出してからこの新緑づくしの姿となるまでを、そう呼んでいる。
千葉の片田舎で暮らす愛子は、洽六(作家佐藤紅緑)の終の住まいである上馬の邸へときどき通っていた。医者から父親の余命を宣告されていたからだ。
桜のつぼみのほころぶころ、わが父はあの世の人になっているだろう、と愛子は覚悟した。そう思い涙しつつ遠路上京しては、世田谷の桜並木を歩く愛子だった。最愛の父親の寿命をはかない桜のつぼみに託すこの場面は、涙なくしては読めなかった。
ふと気がつくと、桜はすでに葉桜となっていた。 一時的だが、洽六の容態がもちなおした。
風流とは無縁の私にとって、この葉桜というのは、はじめて知る季節の味わいであった。  
小倉一純