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カモメが飛ぶ日

紅一点の彼女

2020.04.24 09:37

高校時代はあまり勉強をしなかった。そのころ、1浪当然、2浪平然、3浪愕然、という言葉があったのだが、僕も当然のように浪人となった。「これからはたったのひとりで勉強か、寂しいなぁ」心がつぶやいた。ところが、代々木駅前のマンモス予備校へ入学してみると、高校時代の同級生らの顔がちらほら見えるではないか。僕の心に、ホッと温かい灯が点った。すぐにグループが出来た。男4人、女1人の5人組だ。皆、高校の同級生だった。こうなって初めて口を利く仲間もいた。


中には1組のカップルもふくまれている。彼らは高2の修学旅行を契機につき合うようになっていた。京都タワーのカフェで、彼が向かいに座る彼女に言った。


「お前のクリームソーダのサクランボ、俺がもらってもいいかな?」


これが彼らのはじまりだった。


年も改まり受験を目前に控えた1月、東京には珍しい大雪が降った。予備校の授業が終わると、いつもはそのまま自習室(図書館のようなところ)で勉強するのだが、その日だけはそれを省略し、5人組で明治神宮外苑へ歩いて行った。芝生はすっかり隠れて、雪が降り積もっていた。雪玉を投げて雪合戦をしたり、かまくらをこしらえたりと、子供のように無邪気に遊び回った。お陰で洋服はすっかり水を吸ってしまった。僕らはそうやって暗くなるまで戯れていた。


当時は、テレビドラマの『俺たちの旅』がとても受けていた。若き日の中村雅俊演じる大学生のカースケと、グズ六、オメダ、ワカメという3人の取り巻き。そしてカースケの彼女ヨーコ。紅一点である。それが、神田川を見下ろす下宿を根城に、青春ドラマを繰り広げる。僕の中では、予備校の5人組と、ドラマの彼らとが、完全に重なり合っていた。


そんな僕ら5人組の、紅一点だった彼女が、一昨日、夜も明けきらぬ朝もやの中、天に召され逝ってしまった。僕らはまだ還暦を迎えたばかりである。


その彼女とのお別れだが、新型コロナウイルスの影響もあって、通夜も葬儀も参列はご遠慮ください、と案内がされている。僕たち4人は、在宅のまま彼女の冥福を祈る。彼と彼女は、その後は別々に所帯をもっていた。


あの雪の日の彼女の笑顔がまぶしい。   



小倉一純