短編笑説 盗聴
私は、自分が対象となった、当局による盗聴事件に巻き込まれている。今日はあなただけに特別、その一部始終を教えよう。
くれぐれも他言無用に願いたい。
私は実は文筆家だ。我がコンチネンタル王国を資本主義の自由国家に変革すべく、日夜、地下活動を続けている。1万人を超える同志に向けて、檄文を書いているのだ。
それを当局が嗅ぎつけた。相手はコンチネンタル王国秘密警察局である。私は身に危険を感じている。このままではいつ逮捕されるか分からない。私の行動は、間違いなく監視されているだろう。なんとかしてその連中を焙り出したいものだ。
だが、私には金も力もない。どうすればいいのか……。
私は深夜の執筆中に物マネの練習を始めた。息も詰まるような緊張感から、自分を解放してやるためだ。
まずは隣国のかつての首相、田中角栄の声帯模写である。
「まあ、このね、日本列島改造論というのをね、今日わたしが提唱しているんだがね――。ああっ、そこの君、名前は何といったっけ」
(佐藤です)
「そうじゃないよ。君が佐藤君だということは、とうの昔から分かっとるよ。わたしが知りたいのは、君の下の名前だよ。わっはっはっはっ」
次の首相だった福田赳夫である。
「ふぅーふふふふふぅ、世間では、私と角さんは仲が悪いんじゃないかなんて話があるようなんですけどもね、私は角さんのことは嫌いじゃないんですよ。よしんば噂が事実だとしても――、いまは角福戦争より道路の拡幅でしょ」
(拍手と笑い)
さらに次の首相、大平正芳だが、特徴がつかめず、どうにも上手くいかない。
趣向を変えてこんな物マネをしてみた。
「新聞記者の皆さんも、本当にそう思いますか?」
思いますか、のところで、口を開け気味にして、少々舌足らずに発語する。この物マネ、百歳を超えた双子のおばあさん「きんさんぎんさん」の、丸顔の方のぎんさんの物マネである。
深夜である。物音ひとつしない――。
「警察局の方々も、ご苦労さんですね。新聞記者の皆さんも、本当にそう思いますか?」
思いますか、のところは、繰り返すが、口を開け気味にして、少々舌足らずに発語する。
我ながら上手くなったものである。
すると、向かいのアパートの2階のガラス窓を通して、男女の笑い声が聞こえてきた。堪えに堪えてきたものがついに爆発したのだろう。
私は、部屋の北側のガラス戸を開け放ち、向かいのその窓に向かって、大声で叫んでやった。
「警察局のお前ら、そこに潜んでいるのは分かっているんだぞ!」
突然、その部屋に灯りが点いたと思ったら、せかせかした足音とともに、ドアがバタンと締まる音が聞こえた。
私は束の間の平穏を得た。
了
小倉一純