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カモメが飛ぶ日

凍りつく

2020.03.08 11:17

机に向かい前屈みになって文章を書いていたら、腰が痛くなってきた。私は文筆家の端くれだ。何とかいう製薬メーカーの痛み止めを買ってみた。生薬成分配合でとてもよく効くらしい。


その日も午後となり、スーパーへ出かける時間になっていた。私は、Tシャツの背中をまくり上げ、プシューッと数秒間、スプレー缶を噴射した。凍りつくような一瞬の冷たさの後で、今度は生薬成分と思しき何物かが、皮膚の内側へ浸透していくのを感じた。いいぞ、腰が軽くなってきた。これで準備万端である。


私はスーパーの売り場で総菜を物色していた。高齢の両親の口に合うものを探していたのだ。と突然、後ろを歩く女性がつぶやいた。


「くさいわっ!」


それまで気づかなかったが、生薬スプレーを吹きつけた私の腰は、強烈な臭気を放っている。とっさに思いついた台詞を私は口にした。


「いやぁ奥さん、腐ってしまうので、どうしても防腐剤が必要なんですよ」

「えっ」

「ほら、今は真夏だから、何でも腐るでしょ」

「あなた一体、何を言ってるんですか?」

「私ね、実は3日前に死んでるんですよ」

「ええっ」

「でもねっ、高齢の両親がいるんで、食事の用意をしなければならなくて。だから、こうして自分の体に防腐剤をスプレーしながら、買い物に来てるんです」


振り向くとそこには、表情を凍りつかせた主婦が佇んでいた。



小倉一純