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のらくらり。

空より海より大きくなぁれ

2021.12.26 11:06

ウィルイスとアルバート兄様のほのぼのコメディちっくなお話。

様子のおかしいウィリアムと弟達全肯定な兄様と戸惑うルイスがいる。


もふもふ、もふり。

そんな擬音語が聞こえてきそうな仕草のまま、ウィリアムは腕の中に閉じ込めたルイスの髪に顔を埋めた。

二人を誰より知っている兄のアルバートからも感嘆されるほどに、ウィリアムとルイスはよく似ている。

所々に差異はあれど基本的なパーツはほぼ同じで、ふとした瞬間に気付くそれぞれの個性でようやく彼らを認識出来るのだ。

血を分けた兄弟なのだからそれも当然だろう。

細いけれどやや硬めでストレートなウィリアムの髪よりも、全体的に柔らかくふわりと跳ねがちなルイスの髪。

ウィリアムは自分にはない、羽毛のような感触の髪の毛をひどく気に入っていた。

それこそ、一日の始まりと終わりにはその髪に顔を埋めて生を実感する程度には気に入っている。


「んー……」

「…あの、兄さん。そろそろ離してください」

「もうちょっと。もうちょっとだけ…」

「はぁ…」


まるで生まれて毛が乾いたばかりのふわふわホワホワのひよこのような感触だ。

もしくは、日向ぼっこをしている最中の子猫だろうか。

ウィリアムは瞳を閉じて頬に感じる柔らかな感触とシャボンの香りを堪能しつつ、身じろぎするルイスの体を最も容易く抑え込んだ。

そうして感じるのは柔らかさとは無縁の、筋張った細身の肉体だった。

脂肪もなければ筋肉量もそこそこしかないルイスの体はウィリアムと比べると幾分か華奢である。

この子はそういう体質なのだろうとウィリアムは理解しているし、成人をとうにすぎた今ではルイスももう諦めていた。

昔はそれこそモランのような肉体に憧れて筋トレに励んだものだが、背が伸びただけ有難い限りである。

ルイスの諦めを苦笑しながらも受け入れていたウィリアムは、ふと脳裏に浮かんだ一つの仮説に閉じていた目を見開いた。


「っルイス」

「はい?何ですか、兄さん」

「ルイス、君…」

「はい」


突然大きな声で名前を呼ばれたルイスは驚くことなく、真正面からウィリアムを見つめている。

本題に入らず名前だけを呼ぶことに違和感があったけれど、首を傾げることで己の疑問を兄にアピールして見せた。

ウィリアムに頬擦りされて乱れた髪の毛が所々がはねていて、その動作と相まってとても可愛らしく目に映る。

ルイスはウィリアムの言うことを疑わないし逆らわない。

盲目的に兄を信頼しては付き従うことに喜びを感じている。

そう教え込んだのは他でもないウィリアムなのだが、この従順さならば多少無理をさせれば叶うかもしれない。

そう確信したウィリアムはルイスの両手を握りしめ、真剣な顔で己の要望を口にした。


「ルイス、どうやらお腹が空いてしまったようなんだ」

「あ、そうだったんですか。ではお茶の用意をしますね」

「ありがとう。お菓子にはバターたっぷりの焼き菓子と濃厚なチョコレートのかかったタルト、生クリームをふんだんに使ったショートケーキが食べたいな」

「は、…?そ、そんなに食べるんですか?それならお茶ではなく夕食を早めに用意しましょうか」

「いや、夕食は夕食で食べるよ。合間の間食で食べたいんだ」


大して食に興味のないウィリアムが珍しく菓子の種類を指定したかと思えば、その量が普段の三倍はある。

思わず聞き返してみてもお茶とともに食べることに間違いはないようで、ルイスは僅かに眉を寄せて戸惑いながら頷いた。

多少用意に手間はかかったけれど、ウィリアムが所望した菓子三種類全てを用意して二人きりのお茶会を開こうとすれば、何故かウィリアムの手によって用意したお菓子の大半がルイスの胃に収まった。




「…兄さん、これは、何か理由があるのでしょうか」

「え?」


ウィリアムご所望のお茶会、もといお菓子パーティーが不定期に開催されるようになってから早ひと月が経つ。

その中にはルイスが手を込めて作ったお菓子だけでなく、ウィリアムが町へ買い出しに行って手に入れてきたお菓子もある。

用意したお菓子の大半がバターやクリーム、砂糖をたくさん使った甘ったるく高カロリーなものばかりだ。

元々ウィリアムは淡白な味を好むと思っていたのだが、突然味覚が変わったのだろうか。

そう思案しようにも、用意された菓子のほとんどがウィリアムの手によりルイスの口へと放られるのだ。

今日も今日とて、せっかくアルバートも揃った兄弟三人のお茶会において、ウィリアムはせっせとルイスの口にケーキを運んでいる。

まるで親鳥が雛鳥に給餌しているようだと、アルバートは微笑ましく彼らを見守っていた。


「ですから、せっかく用意したケーキをご自分で食べずに僕に食べさせる理由です」

「理由、ね…ほらルイス、あーん」

「あーん…、…!」


ウィリアムからフォークを差し出されれば、条件反射のようにルイスが口を開けて生クリームとスポンジを飲み込んでいく。

しまった、とばかりに口を動かしながら居心地悪そうに目を細めるルイスが可愛らしかった。


「美味しいかい?」

「…美味しい、ですけども」

「良かった」

「ふふ。今日のウィリアムは随分とルイスを甘やかしているね。見ていて心地良い」


仲睦まじい二人の様子を堪能しながら、アルバートは淹れたての熱い紅茶を口に含む。

砂糖を入れていないはずなのに、目の前の光景が甘ったるいせいかとても上品な甘さを感じられた。

用意されたいくつものお菓子より、弟達が戯れる姿の方がアルバートにとってよほど良い癒しになるのだ。


「そうではなくて、どうして僕にケーキを食べさせようとするんですか?それも、こんなにたくさんのケーキ」


ルイスの唇についていたクリームを指で拭い取っては味見するかのように舐めていく。

ウィリアムの動作にルイスもアルバートも違和感を覚えなかったようで、何も言及することなく目の前にある空のプレートを見やった。

食べかけのケーキのほとんどはウィリアムがルイスに食べさせたものだ。

ウィリアムは一口程度しか食べていないし、アルバートに至っては弟達を見ているだけで腹も胸も十分に満たされていた。

だからルイスだけが甘くて美味しいケーキを食べてはお腹を膨らませている。

それを今日だけでなく過去を含めて7回も経験すれば、さすがにウィリアムを盲信しているルイスだって怪しく思い、その行動理由がどこにあるのか知りたくなるだろう。

困惑したような表情で紅茶を飲んでは口の中の甘さを取り、ルイスはウィリアムの手からフォークを取ってもう一度問いかけた。


「兄さんがケーキを食べたいと言ったから用意したのに、兄さんはちっとも食べてくれません」

「僕が食べたくてお願いしたわけじゃないからね」

「え?」

「ルイスに食べさせたくて用意してるんだよ。だからルイスが食べてくれて嬉しいんだ。はい、あーん」

「あー…、!!」


物を口に含みながら喋るという行儀の悪いことを、アルバートからちゃんと躾けられたルイスがするはずもない。

それを理解しながら敢えてルイスの口にケーキを収め、不満げに囀る唇を自主的に閉じさせてしまった。

ウィリアムの意図を察したアルバートが、取り上げられてしまったフォークの代わりに己のそれを差し出したのだ。

その様子を驚いた顔で見ていたルイスは小さな口をもぐもぐと動かしては急いでケーキを飲み込んでいく。

紅茶をもう一口飲んだルイスが今度はアルバートのフォークを奪い取り、もう一度その言葉の真意を探るべく声を出す。


「僕に食べさせたいとはどういう意味ですか?確かに甘いものはすきですが、ここまでの量を食べたいとは思っていません」

「ルイスの希望じゃなく、僕がルイスに食べさせたいんだ。僕の手から素直にケーキを食べてくれるルイスを見るのは楽しいからね」

「……」

「それは同感だ。雛鳥が懸命に食べているようで可愛らしいよ」

「……」


揶揄われているのだろうか。

ルイスは思わず睨みつけるようなジト目でウィリアムとアルバートを交互に見るが、鋭いはずの視線に怯んだ様子もなく二人はよく笑っている。

兄相手には視線に潜む冷気のような迫力は少しも残らないのだと、ルイス自身が気付いていなかった。

それに雛鳥とは、成人を過ぎて180を超えた身長を持つ男に例える生き物ではない気がする。


「冗談はさておき」

「おや、冗談だったのか。てっきりウィルの本心だと思っていたよ」

「否定はしません。けれど一番の理由は別にあるんです」

「理由というと、君自らがルイスを餌付けしている理由かい?察するに、結構な量を食べさせているようだな」

「えぇ」


ルイスが聞いたときにははぐらかしたくせに、アルバートが聞くと素直に答えるのだからずるいと思う。

けれど抱いていた疑問の答えをようやく知れるのだと思えば膨れている場合ではないと、ルイスは二本のフォークを握り締めながらウィリアムの言葉を待った。


「実はルイスに太ってほしくて、手っ取り早く高カロリーのお菓子を食べさせていたんです」

「は?」

「…よく意味が分からないが」


ウィリアムはいつものように不敵に微笑んだ表情のまま、机を挟んだ真正面にいるアルバートと隣にいるルイスを見た。

二人とも怪訝な顔をしているが想像の範囲内だと、ウィリアムはにこにこした笑みを崩さない。


「地球にあるルイスの体積は少しでも大きい方が良いと思いませんか?大きなルイスはそれだけ僕の拠り所になる。身長は十分伸びましたし、あとは体重が増えてくれれば良いなと思いまして」


だからルイスにたくさん食べさせているんです。

そう言ってにこにこと笑うウィリアムの表情はとても冗談を言っているようには見えなくて、それこそ純粋に「大きなルイス」がほしいとねだる純粋無垢な子どものようだった。

だいすきなルイスはどれだけあっても良い、むしろ大きければ大きいほど幸せなのだと、その表情が物語っている。

呆気に取られたルイスは思わず油断して手元に置いていた自分用のフォークをウィリアムに取られ、本日三度目の給餌に反射的に口を開けてしまっていた。


「美味しい?」

「…は、はい」


ごくりと喉を動かしてどう反応していいか迷っているルイスをよそに、ウィリアムはせっせとケーキの山にフォークを刺している。

ルイス本人も戸惑うその理由に、アルバートも驚きで目を見開いてしまった。

けれどそこは年長者、彼らの兄。

決して弟達の考えを真っ向から否定してしまうような兄であってはならないと、アルバートは優れた頭脳を持ってしてウィリアムの思考を掘り下げていく。

結果、存外悪くない案ではないかと思ったのである。


「ふむ…一理あるな。小さいよりも大きい方が良いのは道理だし、痩せてルイスが少なくなってしまうよりよほど良い」

「そうでしょう?さすがアルバート兄さん、分かってくれると信じていました」

「ふっくらしたルイスもきっと可愛いだろうね。見たことがないから楽しみだ」

「僕も見たことがありません。ルイスは体質的に太れないようなので、意識して食べさせないとすぐに痩せて小さくなってしまいますから」


何やら盛り上がっている兄達をよそに、ルイスは冷めかかっている紅茶を口に含む。

風味は飛んでいるが飲みやすい分だけ喉は十分に潤った。

そうして「地球におけるルイスの体積は星空くらいに大きくなってほしい。幸せの象徴です」と謎の理論を展開しているウィリアムと、どうしてだかその理論に頷いているアルバートを横目に、チラリと己の腹を見る。

太ってほしい、と言われたが、実際に太ったかどうかは尋ねられていない。

ならばこのまま何も言わずに大人しくしていようと、ルイスはちみちみと紅茶を飲み続けていたが、唐突に名前を呼ばれて思わず肩が跳ねた。


「ねぇルイス。体重はどうかな?増えたかい?」

「え、…あ、はい。その、少しだけ」

「どれどれ」


カップを置いたルイスの腕を引いて、ウィリアムはその体を抱きしめる。

毎日のように抱きしめその髪に顔を埋めて癒しを得ているが、今はただ温もりを分け与えるのではなくその体型を確認するための方法だ。

大きな手がルイスの背中から腰、腹周りを執拗に這っていく。

その動作にさっと青褪めたルイスは「マズイ」とばかりにその腕から逃れようと体を引いた。

けれどもう遅かったようで、目の前には片眉を上げて自分を不機嫌そうな目で見るウィリアムがいた。


「…ねぇルイス。体重、増えてないんじゃないかな?」

「……増えたと思っているのですが。あれだけ食べていましたし」

「増えているどころか背中もお腹も前より引き締まっているね…もしかするとプラスどころかマイナスになっているかもしれない」

「……」

「ほう、さすがウィリアム。抱いただけで分かるとはさすがだね。まるでルイス専任のソムリエのようだ」


感動したように拍手をしているアルバートを意識しつつ、ルイスはウィリアムの期待に応えられていないことによる後ろめたさを感じていた。

日々食べさせられる甘いケーキの数々と、己が作る栄養バランスを意識した食事。

これでは太ってしまうという危機感を抱いたのではなく、単純に消化が間に合わなくて普段以上に体を動かしていただけである。

だが、食べた分だけモラン直伝の筋トレをしていたのがまずかったのは明白だ。

計画実行の際に支障が出ないように、という目的も加味して体を動かしていたのだが、引き締まった分だけ細くなったのは何となく自覚していた。

けれどそれはあくまでも些細な変化で、抱きしめられただけで気付かれるほど明らかなものではない。

鋭いウィリアムだからこそ気付いたのだろう。

己を見定める人間の称号としてソムリエとは中々皮肉が効いていると、ルイスはアルバートに対してそう思った。


「…ルイスの体積が小さくなるなんて許せない、無理」


気まずそうな顔のまま視線を逸らしていたルイスを再び抱き、心底悲痛そうな声でウィリアムがめそめそと泣き言を言う。

いまいちよく分からない心理だがウィリアムにとっては大切なことで、ルイスはそれを知らなかったとはいえ裏切っていたのだから、この泣き言を言うウィリアムの原因はルイスにある。

だいすきなウィリアムが、自分のせいで悲しんでいる。

そう考えるとどうにも弱くて、ルイスはおろおろと見様見真似でウィリアムの背中を撫でさすっていく。

たくさん食べて太ればウィリアムは喜んでくれるのだろうか。

でも体質的にあまり太れないのも事実で、ただでさえここしばらくは日々の食事に加えてケーキやお菓子を食べていたのだからお腹が苦しかった。

もしウィリアムが太ったとしてもルイスは何も気にしないが、少なくとも「世界における兄さんの体積が増えて嬉しい」とは考えつかない。

アルバートもふっくらしたルイスと表現していたのだから、地球上を占めるルイスの割合には興味がないはずだ。

体積というワードから察するにもしかすると数学者は皆こうなのだろうかと、ルイスは戸惑ったままウィリアムを宥めていた。


「兄さん、僕はここにいますよ」

「…ルイスという概念はもっと大きくて良いのに。空よりも海よりも大きくて良いのに。1グラムも小さくなってほしくないのに」

「はぁ、そうですか」

「ルイス、せめて減った体重分はまた増やそう。僕も頑張るから、ね?」

「はぁ…」


さすがウィリアム、スケールが大きいな。

ルイスはそんなアルバートの声を聞き流しつつ、少し変わった一面を見せたウィリアムによる自分への執着を戸惑いながらも嬉しく思っていた。




(そうだ、シュトーレンを作ろう)

(クリスマスはもう過ぎましたけど)

(シュトーレンはたっぷりのバターと砂糖を使っている保存食だろう。一日一切れと言わず、毎日一つ食べていればきっとルイスの体積も増えるよ)

(いえ、それはさすがに胃もたれしそうなので遠慮したいのですが…)

(そんな!それじゃあまたルイスが小さくなってしまう!)

(あ、あの…せめて維持できるように頑張るので、そんな顔をしないでください)