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7th heaven side B

You're all surrounded [序章−後編]

2017.08.27 07:26

大阪寝屋川市 服部邸強盗殺人事件発生から

10年後の世界


[1]

**2017年3月某日 〜鳥蓮英治の記憶**


上司から、4月から警視庁捜査一課への異動

を正式に命じられた


漸く、時が満ちた

漸く、来るべき時が来たと思った


警察学校を出、警察庁警備局での潜入捜査三

昧の日々を乗り越えて、漸く手にした切符


オカンが死んでから、10年目の春を越えて

13歳やったオレも、24歳になった


長く苦しい日々やったけど、どんな事も耐え

られたんは、ただひとつ


オカンを殺したアイツを逮捕する事


それだけを願って、一心不乱に過ごして来た

過去を捨て、名前も記憶も何もかもを捨て去

って、ここまで漸く、辿り着いた


「必ず、逮捕してみせる、この手で」


もう、オレは、あの日のオレや無い


警察学校に入る前から、人一倍鍛錬をしたし

現場に投入されてからは過酷な現場でも、ひ

とり弱音を吐かずにやり遂げた


目の前で、死んで行ったオカンを救えなかっ

た、あの弱い少年では無いんや


身体に傷は増えたけれど、それは全部、ここ

まで辿り着くための勲章のようなモノ


オレは、捜査一課配属前の貴重な休みを利用

して、入念な準備と事前捜査を済ませた


オレの新しい配属先は、もう決まっとる


警視庁捜査一課第7係

直属の上司は、降谷零


警察庁警備局から出向していたのを、完全に

移籍した男だ


検挙率No1

潜入捜査を得意とし、警視庁内で知らぬ者は

潜り、と言われる程の超、有名人


生きる伝説の刑事とまで言われていたその男


「…オレには、ただのクズだけどな」


何を隠そう、オレのオカンに何かの証言を強

要していたのは、その男だったから


何度も断るオカンに、半ば脅迫紛いの発言を

繰り返していた事を、オレは記憶しとる


絶対に、忘れるワケは無い


あの事件に関わる総ては、オレの脳内に在る

んやから


書類など無くともその情報の総てが頭に在る


オレには、フォトグラフィックメモリーと言

う特殊能力があるんや


昔から、一度見た映像は忘れない


せやからオレは、現在でもまともに眠る事が

出来んのや


熟睡は出来へんし、真っ暗な部屋では眠る事

など絶対に、出来ん


警察学校時代は、それが大変やったけど

仲間内が何やかやと面白がって、あの手この

手で何かの灯りを付けてくれたから、どうに

かなったんや


オレはあの事件の後1週間、山の中や林の中

を走り回って、大阪の街から脱出した


夜討ち朝駆けで逃げ回ったのと、あの事件を

目撃したショックから、すっかり暗闇が苦手

になってしもうてん


あの後、オレは、記憶喪失の振りして何軒も

児童養護施設を渡り歩いた


警察が駆けつける前に、その施設を脱出する

のを繰り返している間に、オレはとうとう行

き倒れたんや


助けてくれたんは、京極真と言う男やった


空手家で、京極家と言う武道を嗜む財閥一族

の御曹司


修行中、山林で行き倒れていたオレを助けて

くれた


目を覚ました時は、真氏の私邸で、オレは飯

を食わせてもろうて、風呂にも入れてもろう

たんや


「何か、武道の嗜みがあるのかい?」


オレの手を指してそう言うた真氏に、剣道を

少しやっていたと言うと、道場に連れて行っ

てくれた


竹刀を振うオレを見ていた真氏と、彼の父が

行き先が無いと言うオレを、道場近くの児童

養護施設に入れるようにしてくれたんやった


「毎週、必ず道場に通う事」


そして、どんな事があっても、剣道は辞めな

い事を約束してくれるなら、事情は訊かずに

助けてくれると言うてくれたおかげで


鳥蓮英治(TORIHATH EIJI) 13歳として、

オレはここから生まれ変わったんや


施設から近くの公立中学に通い始め、オレは

京極一族が経営する剣道の道場にも通う生活

を始めた


ひたすら勉強して稽古する日々は、孤独やっ

たけど、オレを強くもしてくれた


中学2年の終わりに、オレは園長と真氏と、

その父に呼び出された

オレを、養子にしたい、と言う人が現れたと

言う話やった


「ただな、その女性、訳ありでなぁ」


お堅い職業やし、自分らも身元照会をしたか

ら変な人では無いんやけど、と言うた


「だから、正式な養子縁組は無理だけど」


ただ、その人は、どうしても諦められないと

言うたらしく、だったら、学費や生活費を全

面的に援助するので、それやったらどうか、

と食い下がって来ていると


その女性の条件は、オレが園を卒園するまで

は、名前も明かさんし、面会もせえへん


その代わり、オレが園を卒園して、大学に入

学する時には、逢いましょうと言う事やった


オレにしたら、ええ条件の話やけど、あまり

にもおとぎ話的過ぎて、真氏らは、オレの事

を案じてくれたらしい


「何か、とても切実な事情があるようだ」


実際にその女性と面会もし、職場での様子を

見て来たと言う真氏の父は、自分が身元保証

をしてもええと言うた


「だったら、受けます、その話」


一生懸命勉強してええ高校行って、そして文

句無しの一番の大学にも行きますと、オレは

宣言したんや


真氏とその父は、素性も判らんオレを、武道

の腕が確かやから、と無条件で受け入れてく

れて、オレがひとりでも生きて行ける道を授

けてくれた人や


その人らが保障してくれるんやったら、オレ

は余計なコトを考えずに、真っ直ぐに走るし

かないと思うてん


ただ、お金を貰いっぱなしはさすがにどうか

と思うたんで、オレは折に触れて、手紙を書

く約束をした


その後、

オレの元には、服やたくさんの本など、定期

的に様々な贈り物と手紙が届いた


オレも、定期的に手紙を書いて、もらった物や援助に対するお礼も書いた


必ず、オレが園のみんなと共同で使える物も

添えてくれたその恩人は、もしかしたら母の 知り合いなんじゃないかと思うようになって

いたんや


遠山のおばちゃんかと、最初はそう思うた


でも、字が全然違うからすぐにそうや無いと

思うたし、おばちゃんやったらオレの安全が

保障されるまでは、絶対に変な真似はせえへ

んって判ってたからすぐに違うと判ったんや


恩人は、オレに潤沢な教育を受けさせてくれ

て、後見人として、それはもう有り余るサポートをしてくれた


中学で1度、高校で3度、オレは短期やった

けど、米国、英国、それぞれ2度ずつ留学も

する事が出来てん


おかげで、語学は一切苦労せえへんかった


中学を卒業して、近郊の公立でトップの高校

に首席で入学出来た


それから3年間一度も首席を誰にも譲らずに

オレは国内No1の大学へ現役合格も果たした


全ては恩人と、園のみんなの応援と真氏と、

その父の支えがあっての事やった


大学進学のために、園を去る事になった時に

真氏の父が、家を用意してくれたのだ


「いいか、頭も、武道の腕前も、心も、怠け

たら絶対にダメだ

でも、オマエなら絶対、出来る」


一生懸命、学業も武道も精進しなさいと言う


「この家は、英治の名義にしてある

オマエが、ここまで頑張った褒美だ」


と言って、大学からも通いやすいマンションの一室を、本気で譲ってくれたのだ


京極一族が所有する物件のひとつやったらし

いが、オレが一番嬉しかったんは

そこは、警視庁からも通いやすい位置やった 

と言う事やった


オレが、一課の刑事になりたい、と言う夢を

持ってる事を、ずっと知ってたからやと思う


この先は、自力で夢を掴めと言う事や


そして、もう1つだけ、約束させられた

もし、オレに一生添い遂げると決めたオンナ

が出来たら、絶対に会わせろ、と


オレは、園長をはじめとし、英治としてのオ

レを大事にしてくれたみんなと別れて上京し

最高峰と言われる学府で、その中でも頂上を

目指す闘いに挑んだんや


アルバイトもしたし、稽古もさぼらんかった

もちろん、講義もや


おまけに、どう言うワケか、事件に巻き込ま

れ、探偵として、飛び回る事にもなった


とにかく、毎日が戦争やったけど、オレはた

だひたすら、努力した


総ては、刑事になって、オカンのあの事件を

追うんやって、一心で何でもした


後見人は、約束通り、オレの大学入学式に現

れてくれて、よく頑張ったねと褒めてくれた


奨学金も得られたし、バイトも始めたし、京

極一族から譲り受けた家もあるから、もう援

助は不要や、と断ったオレに、最後にと言う

て、スーツを仰山、買うてくれた


いつか、それが必要になるはずや、言うて


後見人のその人とは、その後も文通は続けて

いたし、大学卒業と同時に入庁が決定した後

は、電話やメールでのやり取りも増えた


「英治くん、どうして府警ではなく本庁を選

んだの?」


そう言われもした


府警を狙わんかったのには、理由がある


府警の科捜研には和葉の母が居るし、刑事課

には、オレを知る面々が多過ぎて、オレが勝

手に捜査する事は到底、無理そうやったから


でも、進路に向かい動き出す直前、自分が本

当に20歳になった、誕生日


その日は、初めて悩んだ


オレは、あの日から一度も故郷には帰って無

いし、母と過ごした家がどうなったのかも知

らなかった


府警にも、母が勤めていた科捜研にも、まだ

一度も行って無かった


母が、何処に眠っているのかさえ、知らなか

ったのだ


20歳と言う節目を迎え、オレは一度、自分の

過去にある現実と対峙すべきだと思って、変

装して、オレは故郷に向かった


誰かにつけられてへんか、注意しながら、母

と過ごした街に潜り込んだ


あの日、オレは制服のポケットにハンカチと

携帯、財布と家の鍵しか持ってへんかった


しかも、学ランを科学室に落として来てしも

うたし、携帯も途中で捨てたから、現在持っ

てるんは、あの日着てた制服や下着と財布、

家の鍵だけやった


家は人手に渡ってしもうたやろ、と思うてた

けれど、キレイに保たれとった


黄色の規制線は、まだ貼られたまんまやった

けど、古くは無かった


垣根も、表札もちらっと見えた玄関までの飛

び石も、ちゃんと手入れされとった


屋敷の中に入る勇気は無い


近くに行っただけで、オレは強烈な吐き気と

目眩を覚えたからや


学校も、近くまで行っただけで震えが止まら

んようになり、アカンかった


そんな時、オレは、黒いスーツに身を包んだ

人影を見つけた


真っ白な肌に、黒い大きな瞳

スラリとした姿勢のええ若い女性は、自分を

見て騒ぐ周囲に気付く様子も無く、颯爽と人

波を縫うように歩いていた


もう、ポニテでは無かったけど、凛とした佇

まいは変わっていないと思うた


気になって、その後をつけてみることにした


電車に乗り、神戸に着くと、花束を買い、近

くの墓地へと入って行ったそのオンナは、あ

る墓の前で佇んだ


Shizuka Hattori 


あぁ!オカン!と叫びそうになったのを、必

死に堪えた


和葉や


喪服に身を包んで、オカンの墓をキレイにす

ると、そっと花束を供えた


「おばちゃん、おめでとさん」

(え?)

「今日は、平次の誕生日やろ?

おばちゃんが、1番、大事にしとった日や」


愛息子を、腕に抱けただけで、死んでもええ

と言うてたんやってな


お母ちゃんが、何遍もそう言うて教えてくれ

たんよ


おばちゃんにとって、1番、幸せな日やって


「そんな日に、こんな無粋な服で来て、怒ら

んといてや?」


これは、私なりのケジメやねん


たくさん、たくさん、捜したんや

でもな、おばちゃん、堪忍してや?


まだ、おばちゃんの大事な、大事な宝物を見

つけられへんの、私


今日は、平次を連れて、ここに来たかった


「おばちゃん、平次、見つけたで!

ちゃんと、連れて来たでたで?」


「あの平次が、20歳になったよ?

もう、一緒にお酒、飲めるんよ?」


そう、言うてあげたかったんよ


それやのに、私、あほやからまだ、平次と隠

れんぼしたまんまやねん


堪忍してや、おばちゃん


私な、春から府警に入る予定やねん

今な、警察学校で頑張ってんのや

凄いやろ?


刑事になって、必ず、おばちゃんを苦しめた

犯人、挙げるからな


必ず、おばちゃんの宝物、見つけるから

必ず、ここに連れて来るからな?


だから、もう少しだけ、待っててや

おばちゃん、大好きやで

平次も、大好きや


早う、みんなが揃えるように、私、頑張って

来るからな?


ほな、外出許可の時間、越えたらアカンから

今日は帰るな


「また、来るから」


そう言うて、長い事俯いていた和葉は、すっ

と立ち上がり、自分の両手でぱん、と顔を叩

いて気合いを入れると、走り去った


和葉が去った後のオカンの墓の前に立ち、じ

っと墓石を見つめていた


丁寧に管理されとったのがわかる磨かれたそ

の墓石の前に跪いて、オレは事件後、初めて

泣き崩れた


「オカン、和葉は凄いなぁ

ちゃんと、オレん事、ここまで連れて来てく

れたで?」


待たせて、スマンかったな

ずっと、ひとりにして、スマンかった


そう言うて、頭を下げるのが精一杯やった


「これからは、ちゃんと定期的に会いに来る

せやから、ちょこまかせんと、オカン、少し

休んどいてや?」


和葉と同じように、気合いを入れて両手で自分の顔をぱん、と叩いて、オレは歩き出した


絶対に、負けられへん戦いに勝って、必ず、

オカンの敵を討つ


オレは、オレの、人生を取り戻す


[2]

**2017年3月某日 〜遠山和葉の記憶**


中等部卒業と同時に日本を離れ

それから5年間、英国で生活をしていた私


めちゃくちゃ勉強して、飛び級で大学に入り

そこから、一転、徹底してじっくり勉強した 


心理学系の勉強を片っ端から手をつけたり、

パソコンやIT技術の勉強もかじったんや


お母ちゃんとの約束通り、日本の大学への編

入試験を受けるための準備もちゃんとした


英国での生活はある意味、充実していた


私がお世話になった工藤夫妻は、お母ちゃん

とおばちゃん共通の友達やと言うてた


有希子さんの旦那さんの優作さんは、地元で

も著名な推理小説家でもあり、私が刑事志望

やと知ると、捜査の基本や、推理の楽しさを

懇切丁寧に教えてくれたんや


実際、スコットランドヤードの刑事さんやら

警視庁の警部さんやら、たくさんの捜査関係

者を私に紹介してくれてん


有希子さんは、変装の達人でもある元女優さ

んで、私にその技術を教えてくれたり、バイ

クも乗れるように配慮してくれて


「オレ、16歳になったら、バイクの免許を

取るんや!」


仕方ないから、和葉を最初に背中に乗せたる

からな!


キラキラした笑顔で、昔、平次は言うてたん

を覚えてん


せやから、私は免許を取得したんよ

大型も、自動車免許も取得した


20歳になってから、日本へ帰国した私


また0から平次やおばちゃんの事件を追いか

ける日々を過ごしたんや


編入した日本の大学に通いつつ、もう一度、

あの事件を今度は捜査のプロとして見直して

行く、検証して行くことにしてん


英国で、捜査のイロハは徹底的に叩き込まれ

ていたし、プロファイルも自分でやってみる


日本へ帰国する、と電話連絡した時、お母ち

ゃんは、ゴメンと言うた


5年かけて調べてるけど、まだ決定的な証拠

を掴めへん、と


「お母ちゃんは、もうええよ」


後は私がやる、と言うた


お母ちゃんは、おばちゃんの後任として、科

捜研の所長に就任しとった


せやから、危ないと思うたんや


お母ちゃんには、普通に仕事に没頭してもろ

うた方が、犯人も油断すると思うねん


私は、編入した京都にある国立大学に通うた

め、お母ちゃんとは一緒に住まわんで、ひと

りで暮らしながら、バイトに捜査に合気道に

剣道と飛び回っていた


念願やった試験にパスして、府警の門を叩く

事が出来ると決まった日


私は、お父ちゃんの墓と、おばちゃんの墓に

お母ちゃんと一緒に挨拶に行った


そして、警察学校に入ってからは、機会を見

ては、1人通った


報告をすることで、自分に気合いを入れ直し

て、また1人調べる英気を養うために


平次の不在は、10年を越えて

でも、私の時計は現在も止まったまんま


どうしても、どんな形でも

あの日の事を、謝るまでは


念願やった府警の一課に異動出来て、思う存

分、捜査に飛び回り始めた頃、警視庁との合

同捜査で宮野さん、と言う人と知り合うた


その頃は確か一課のある班の長やったけど、 次の捜査一課長やってみんなが言うてた


その捜査で、私はその宮野さんのサポートに

ついて、犯人を挙げたんや


「時期が来たら、警視庁の捜査一課に」


その時は、迷わず来てね?と言うて帰って行

った宮野さん


私はてっきり、社交辞令かと思うてたんやけ

ど、宮野さんが捜査一課長に就任した2年目

の春、突然、異動の話が来た


府警の一課から、警視庁の捜査一課への異動

と言う荒技を、どうやって通したんかはわか

らんけれど、私は上京することになった


刑事になってからは、お母ちゃんとは敢えて

更に距離を置いた私


お母ちゃんとは、上京する前日、最後に一緒

に食事をした 


いつも通り、よく食べ、よく飲み、よく笑う

お母ちゃんは、相変わらずで


こうやって、一緒にご飯を食べる事さえも、

娘が刑事になってから2度目くらいなのにもかかわらず、お母ちゃんはのんきや


娘と2人家族だと言うのに、あの事件以降は

1年も一緒に暮らせていないと言うのに

お母ちゃんはどこ吹く風


本気で私、実はお母ちゃんの娘や無いんやないかって、悩んだ事もあるけれど


「身体に気をつけて、元気に活躍しといで

我が娘💕」


ん〜ちゅっ💕


お母ちゃん、やめてやー


そう、うちのお母ちゃんは、昔からスキンシ

ップが激しい人やねん


ハグに頬にキスは朝飯前

私にも平次にもし放題の人やったけど、どうやらそれは今でも変わらずのようやった


「銀司郎さんと静華にも、挨拶してから行くのよ〜💕」


「言われなくとも、そうするわ

お母ちゃんも、元気でな」


上京する前に、お父ちゃんとおばちゃんの墓

参りをして、暫くは来られんようになること

を詫びた


「私はまだ、諦めてへんからね」


行って来ます、と呟いた時、


「「行ってらっしゃい、和葉(ちゃん)」」


と言う声が聞こえた気がした



[3]

**2017年3月某日 〜降谷零の記憶**


辞令の内示を見て、オレは仰天した


警視庁捜査一課第6係 

係長 榎本梓


梓が、戻って来る

それも、オレの隣のチームに、だ


捜査一課長の宮野さんは、オレと梓の離婚の

経緯も何もかも承知しているはずだったのに


「降谷くん、ちょっといい?」


呼び出された執務室で、宮野さんは言った

どうしても、彼女の能力が必要なの、と


彼女は承諾してくれたわ

でも、貴方が反対するのであれば、この内示

は受けないって


梓が優秀な警察官であり、管理職もこなせる

人材だって事は、他の誰よりも、オレが一番

良く知っている


梓の能力は、ちゃんと評価されて、ちゃんと

使われるべきだと思う


「オレに反対する理由や権利は無いです」


ただ、オレ達の関係については、オレ達が開

示するまで、黙っていて欲しいとした


まぁ、そうは言っても、古株には全部バレち

ゃってるけどな


梓が離婚届を置いて家を出て行ってからもう

10年を越えた


その間、梓が海外の警察を渡り歩いている事

は知っていたが、実際に連絡を取りあった事

は無かった


広過ぎる家を出て、オレは単身者用の家に住

まいを移したし、捜査過程で壊れてしまった

事もあり、携帯も換えた


もっとも、梓の携帯は、家を出た時に既に繋

がらないものになってしまっていたけど


「梓さん、とても優秀なプロファイラ―にな

ったわよ」


海外でも、いくつもの何事件を解決したし

供述を引き出すための事情聴取のテクもかな

りの腕前になったわ、と言う捜査一課長


「貴方達のプライベートに首は突っ込まない

けれど、そろそろ和解、してもいいんじゃな

い?」


「余計なお世話ですよ、捜査一課長殿」


「あら、そう?」


けたたましいサイレンが庁舎内に響き渡ると

それまでの柔らかな笑みを封印して、きりっ

とした佇まいへ変わった


オレはファイルを受け取り、部屋を出る


何と、今年はオレの班に4人!もの新人刑事

(それも全員、20代)が送り込まれる事に


「いつまでも、生きる伝説の刑事としてだけ

じゃなくて、新人教育の方にも威力を発揮し

てもらわないとねー💕」


と言う捜査一課長の差し金だ


梓の元にも、同じくらいの人数、同じくらい

の年代の若手が配属される予定と訊いた


オレと梓を競わせようって訳か?


捜査一課長も意地が悪い、と、ふっと頬を緩

めたオレ


手渡された新人の調書に目を通して行く


後で風見にもちゃんと共有しないといけない

からな


配属通知(内示)

捜査一課第7係 新人4名配属


○沖田総司  (25歳) 京都府出身

警視庁指令センター配属から異動

過日発生した都内連続爆破事件時において、

情報が錯綜する中においても、冷静沈着に入

電情報を選りわけ、重要情報を適切かつ迅速

に捜査陣へ繋げた功績により、表彰され推挙


○冴島晃  (27歳) 東京都出身

元救命救急医

中途採用の特別捜査技官枠にて入庁

配属から3ヶ月で、科捜研との連携により難

航していた事件及び過去の未解決事件を複数

解決し、功績を湛え推挙


○遠山和葉  (26歳) 大阪府出身

大阪府警本部刑事課より、捜査一課長推挙に

より異動

刑事課在籍中、検挙率No1を堅持して数々の

表彰を受賞

亡父は元大阪府警本部長

実母は現府警科学捜査研究所所長

遠山和美


○ 鳥蓮英治  (24歳) 京都府出身

警察庁警備局から異動

入庁以降、数々の重大事件を解決済で、潜入

捜査も得意とし、解決した事件の半数はその

成果である

表彰の代わりにと本人の強い希望もあり推挙


「今年の新人は、ビジュアルと高学歴で選抜

したんですかねぇ」


一緒に書類に目を通していた風見がそうぼや

いたのも仕方無いだろう


実際、資料が配布されてから、一課の他チー

ムからは、ずるい、と笑われたくらいだから


沖田は出身は京都だが、大学は鳥蓮と同じ都

内に在る最高学府卒だし

冴島も超難関大学の医学部卒だ


紅一点の遠山にしても、鳥蓮らが卒業した大

学と首位を争う関西の名門大の卒業らしい


情報分析に長けている様子の沖田

医学、科学分野に精通している冴島


この2人の方向性は何となく見えていた


問題は、この2人だ

遠山に、鳥蓮 


鳥蓮の方は、本人が、入庁当初から捜査一課

への配属希望を出していた様子


府内有数の公立名門校から、国内最高学府を

首席で卒業しているが、出身は児童養護施設

となっていて、家族情報は無く、後見人が名

門の京極家となっていた


施設に保護された時、本人は記憶喪失になっ

ていたとある


警備局での活躍も目覚ましく、今回の異動に

は、警備局側は最後まで難色を示したが、本

人の意志が固く、そして捜査一課長の後押し

もあって、異動となったらしい


オレと風見が気にした、遠山と鳥蓮の2名は

どちらも超が付く程のエリート


それは、仕事の面でも他を寄せ付けない功績

を積み上げ、記録更新中なのだ


どちらも銃の名手で、合気道、剣道の有段者

でもある


「何か、今回の人事については、珍しく、あ

の一課長、相当口を挟んだみたいだって、噂

になってるんですよねー」


風見はそう言った


「珍しいな、宮野さん、普段は言われるがま

ま人材を受け取って、育成するのを楽しみに

してるタイプなのに」


今春の人事についてだけは、相当色々と手を

尽くした様子だと言う風見の言葉が引っかか

ったが…


「でも、オレ達の元に来るこの4人、どいつ

もこいつも、何か、一筋縄じゃいかないよう

な気がしないか?」


「ええ、それはもう」


冴島晃は、医大生の時にモデルもやっていた

とも聞いている

195cmの長身に優し目の顔立ち、長い手足

はどうやっても目立つだろうと思う


鳥蓮英治も、浅黒い肌に利発そうな碧色の鋭

い瞳、185cmとこちらもかなりの長身で長

年剣道で鍛えている


沖田総司は、鳥蓮同様に長年剣道をしていた

らしく、慎重は178cmと平均的ながら凛と

した眼差しが印象的だ


そして、最大の問題は、紅一点のコイツだ

遠山和葉


白い肌に黒く大きな勝ち気そうな瞳が印象に

残る美人

168cmと、顔立ちからは想像出来ないが、そこそこ長身で抜群のスタイル


これは、庁舎内、暫くは騒動になるだろうと

言う予感


「降谷さん、オレ、何か嵐の予感しかしませ

んけど、大丈夫ですかね?」


「あぁ、オレもそんな予感しかしねー」


でも、負ける訳にはいかねーからな


梓のところも、かなり難しい人材、投入され

てるらしいので、勝負の条件としては五分五

分だろう


オレはそんな事を考えながら、オレが居ると

知りながら、異動を受け入れた梓の真意を測

りかねていた


そして、元夫婦の再会は、意外とあっさりと

訪れて


オレは、オレの知らない梓と対面する事にな

ったのは、この僅か数日後の事だった



[4]

**2017年3月某日 〜榎本梓の記憶**


零さんと別れてから、あっと言う間に10年

が過ぎた


アメリカ、イギリスと渡り歩いて、色々な人

と事件を追う生活を送っていた私


プロファイルの腕も上げたし、捜査のイロハ

も更に上達した


「そろそろ、良いかしら?」


宮野さんが、捜査一課長に就任した事は知っ

ていた


零さんが、警視庁公安部から警視庁捜査一課

へと移り活躍している事も知っていた


宮野さんが、絶えず連絡をくれていたからだ


宮野明美 警視庁捜査一課長


妹の志保さんは科捜研の優秀な検査技官で、

サイバー犯罪対策課にもよく協力していた

美人姉妹で有名だったけれど、今でも綺麗な

2人だ


「あなたに、一課の1チームを任せたいの」


貴女に育てて貰いたい人材が居て、と言う宮

野さんに口説かれた


確かに、私も興味がある

送られて来た人事データに目を通した


「あら」


工藤新一(24歳)警察庁警備局から異動

毛利蘭 (26歳)警察庁指令センターから

異動

黒羽快斗(27歳)ICPOから帰還


とあった


配属通知(内示)

捜査一課第7係 新人4名配属


○工藤新一  (24歳) 東京都出身

警視庁警備局配属から異動

元中学生、高校生探偵として活躍の後、米国

留学中FBIの特別捜査官として活躍

帰国後、入庁し警備局では同期の鳥蓮とのコ

ンビで数々の難事件を解決

表彰より異動をと言う本人の強い希望により

推挙

尚、バディの鳥蓮は7係に異動予定


○毛利蘭  (26歳) 東京都出身

警視庁指令センター配属から異動

7係に異動予定の沖田とのコンビプレーにて

過日発生した都内連続爆破事件時において、

情報が錯綜する中においても、冷静沈着に入

電情報を選りわけ、重要情報を適切かつ迅速

に捜査陣へ繋げた功績により、表彰され推挙

警視庁司令センターから異動

空手有段者、大会優勝経歴有り


○黒羽快斗  (27歳) 英国出身

ICPOより、捜査一課長推挙により帰還

以前は捜査一課在籍

在籍中に発生したある事件を捜査するために

ICPOへ異動

一課在籍中、検挙率No1を堅持して数々の表

彰を受賞経歴あり


工藤とは、彼がまだ探偵時代に接触があって

その繋がりで、工藤の幼なじみだと言う毛利

とも交流があった私


黒羽とは、一課の刑事時代に同じ班に所属し

ていたので、旧知の仲だった


自分にとっては、懐かしい名前が並ぶリスト

頭脳派の工藤に、行動派の毛利

その両方の能力を巧みに操る黒羽


面白いチームになるかもしれない


悩んだ末に、私は宮野さんへOKの返事をし

たのは、ギリギリの日程だった


零さんのチームにも、個性派4人が配属され

るらしい


7係の零さんと、6係の私


久しぶりに、仕事で競う事になった事に、私

は不思議な気持ちになっていた


着任の挨拶の時、10年振りに零さんを見た


相変わらず年齢不詳の若い零さんに、ふっと

笑みが零れそうになったけれど、堪えた


ここから先は、真剣勝負だから


どちらが先に、任された人材を一人前の刑事

に育てあげて、戦力にして、チームとしての

成果を挙げて行くか

それを試されているのだ


係長を集められての全体会議の場では、特に

挨拶もしなかった私と零さん


会議後、廊下を歩いていると、急に腕を引か

れて柱の陰に押しやられた


「どうして、引き受けた?」


「一課の係長よ?断る方がどうかしてるわ」


困ったような顔をした零さんに言った


別れたオンナが、同じ職場に現れたくらいで

仕事出来なくなるようなオトコになったのと


不敵な笑みを浮かべた零さん


「いや、そんな下司にはまだなってねーよ」


「そう?じゃあ気にすること無いじゃない」


じゃあね、私、引っ越しとか色々あって忙し

いから、と、掌をひらひらさせて零さんが通

せんぼしていた腕から逃げた


零さんの前では目いっぱい強がったけれど、

正直、逃げ出したい気持ちもあった


10年振りに会ったと言うのに


少しも変わらない零さんに、恐れを覚えたか

らだ


まだまだ彼には追いつけないと思ったけれど

背伸びをして追いついた役職


この機会を逃すワケにはいかない


空は怒るだろうか?

両親が、同じ職場で競う事を


ごめんね、空

でも、ママね、パパと逢いたかったの


もう一度、職場で競ってみたかったの

どうしても、どうしても、逢いたかったの


…だから、ちょっとの間、許してね


お守り代わりの空の写真に、謝って、そして

祈った


ママの事も、パパと同じくらい応援してね

空くん


第1章へ、

to be continued