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Slip Knot

さみしさより、たのしさ

2017.08.27 15:16

やっとこさ、いろいろ楽しくなって来た。


徹底的に、やりたくないことは拒否し、やりたいことのみやり、

ハッピーな感じで生存しようとトライした結果、

なんでも楽しくなってきた。


すごく自分に自分が寄れてる感じがする。

ここまで自分に寄ってあげれると、

自分の心の機微がわかるから、

「嫌なことは嫌だ」と思えるし

「◯◯だからこれは、せねば、、。」と真っ当な発想に成りかけても

楽しくないから却下

つまらないから却下🙅‍♂️とできるようになった。


そのトライしている最中は、

「こんなに働かずにぐーたらしまくっていいのだろうか?」と不安になることもあったけれど、


自分との距離を近づけようと努力した結果のぐーたらであったし、

最高に間違っていなかったなと思います。


変な話

自分の生活で、自分のライフなのに

周りに基準を依存してしまうことがたくさんある。


周りの評価を気にするな。とか言われたりもするけど、

周りからの評価で、

現実的に振り回されることがとても多い。


見た目や、素行で判断されてしまうから、

その見た目や、うわべを取り繕うだけで、得することがたくさんありすぎる。

その得する為に、

自分を離れて、相手に寄ってしまう。

これは危ない。


非常に危険だ。


自分の命のありかを

自分ではなく、他人に捧げている。


自覚的で献身的であれば、

まだいいのかも知れないけれど、

無自覚で、便利だからという気持ちでそんなことをしてしまい続けて

自分との乖離してしまった僕が言うのだから、結構これはやばい事実だと思う。

それが普通、当たり前の中に

自然と

自分のライフを自分のものとしないのを良しとする風潮がある。


これは組織や、労働力を得たい人からすると堪らなく便利な人材を作るトリックだと改めて感じた。


簡単な話、

(あんまり幸せなんてワードは、抽象的で使いたくないけど)

シンプルに幸せはたくさんあるのに、

自分の命と自分を分離させて、

役割とお金を理由にすり替えがすごい上手だなぁと思う。

と言うことが言いたかったです。


自分に寄って、自分のライフを

「あぁ、これが自分の時間で自分のライフバーなのか」としみじみしていると

なんでもたのしくなってくる。



自分の命だから、

自分のじかんだから、

常に主体的なんだと思う。


明日はバイトの面接だ。

変な話楽しみにしてるんだよなー。

めっちゃ不思議だわ。