You're all surrounded [第1章−後編]
第1章 再会と最初の事件・後編
[3]
**2017年4月某日 ~降谷零の記憶**
「え?」
業務用携帯に入って来た、元嫁からの電話を
聞いて、目眩がしそうな程の怒りに駆られた
鳥蓮と遠山に任せたストーカー事件
遠山が犯人確保をしたが、ケガを負ったと言
う報せと、鳥蓮がその時、現場を離れていた
らしいと言う話だったのだ
幸い、被害者は転倒した時に擦過傷を少し受
けただけで、措置入院で大丈夫だと言う事だ
ったが
「上司としては、めでたし、めでたし、とは
いかないわよね」
鳥蓮は、庁舎へ、遠山は、病院へ向かうよう
伝えたけど、多分どちらも庁舎へ現れると思
うと言う梓に礼を言って電話を切った
戻って来た鳥蓮をぶっ飛ばし、梓の予告通り
現れて鳥蓮を庇った遠山を怒鳴り倒した
2人に任せたのは、とてもデリケートな事件
だったのだ
被害者を危険に晒した犯人を、目の前で逮捕
したのはまぁ良しとしても、
目の前でオンナの遠山が傷を負うのを見せた
のはいただけないし、
そんな遠山のピンチに、相方が現場を離れて
いたのはもっといただけない
被害者に、更に不安を抱かせかねないからだ
遠山と鳥蓮に欠けていたのは、自分達が扱う
事件の本質を理解すること
オトコから理不尽な事をされて苦しむ彼女の
目の前で、オトコが不在の間にオンナがケガ
を負う
逮捕したとはいえ、1番、目撃させてはいけ
ない現場に彼女を遭遇させた
その上、鳥蓮は被害者の彼女に、怯えさせた
らマズイとか言って、殆ど声をかけていなか
ったらしい
「まだまだ、ガキだな、アイツ」
「鳥蓮が、ですか?」
「あぁ、風見だったら、逆に声をかけて、彼
女にそんなオトコばかりじゃないって報せよ
うとするだろ?」
「そうですね
ま、そもそも相方ひとり残して席を外すなん
て事しませんよ」
だいたい、ストーカー事件で、その上相方が
女刑事なんですからね
相方に何をされるかわからないし
「だよなぁ?」
オレのチームの新人連中は、オレの予想通り
色々な失態をやらかしてくれた
冴島と沖田も、逮捕時に僅かな気の緩みで、
犯人に逃げられるところだったし
「いつまで学生の探偵気分でいるの!
貴方ひとりで捜査してるんじゃないのよ?
自分が何したか、わかってんの?💢」
思わず、風見と顔を見合わせた
隣室から響いて来た、梓が誰かを叱責する声
叱られてんのは、おそらく…工藤だろう
「すいませんでした
私が、上手く連携出来なかったのが原因で
新一はフォローしてくれただけです」
「貴女も貴女よ!
いくら犯人制圧のためとはいえ、加減っても
のがあるでしょう!」
どうやら、あの空手娘も何かやらかした様子
謝罪する毛利を、工藤が中途半端に庇い、さ
らに叱責されていた
「なんか、6係の工藤と毛利のコンビ、うち
の鳥蓮と遠山に似てません?」
そう言って苦笑する風見
確かに、と思ったけれど、工藤と毛利は幼な
じみだと言っていた
デスクの人事ファイルを開いてみた
遠山は、大阪・寝屋川市出身
名門校の改方学園中等部を卒業後、英国の
名門スクールに編入
飛び級で名門大学に進学後、京都の国立大
学に編入している
鳥蓮は、京都府出身とされているが、14歳
以前の経歴は、その家族構成も含め一切が不
明のままとなっている
京都府内の名門公立中学校、高校と経て国内
最高学府へ現役合格を果たし、主席で卒業
京都の名家、京極家本家当主が後見人として
名を連ねていた
「大阪と京都、か」
「年齢も2歳差、これで2人が幼なじみだっ
たら、まさしくそっくりですよ」
「でも、あの2人、ちっとも仲が良さそうに
は見えないと思わないか?」
「確かに、6係の2人は、めちゃくちゃ仲が
良いと言うか、完全に、工藤の方が追いかけ
ているみたいですしねぇ」
隣の部屋から出て来た毛利が、うちの部屋の
前を颯爽と歩くのを、すぐ後ろから工藤が追
いかけて行った
そんな2人を、ため息を吐いて見送る梓と目
があった
「あら、7係はヒマなの?
風見くんまで部屋にいるなんて珍しい」
「いや、そう言うワケでは
私はちょっと書類を取りに来ただけですよ
これから出掛けます」
苦笑する風見に、あらそう?と笑う梓は、オ
レには何も言わずに去って行く
その後ろ姿にため息を吐いて、雑務に戻った
オレだった
漸く、両チーム共にひと騒動終えたと思った
タイミングで、今度は4人一緒に問題を起こ
してくれた
小料理屋兼定食屋で発生した人質立て籠り事
件だ
庁舎から近いこともあり、オレらも利用する
その店で事件と聞いて、オレや梓、風見が駆
けつけた
双眼鏡で内部を見ていた梓が、苦笑してそれ
をオレに渡した
?
覗いたオレの目に飛び込んで来たのは、鳥蓮
その傍には遠山、手前には冴島と沖田まで
風見もそれを確認した
「なぁ、風見」
「はい」
「女子高生以外の人質は、いっそいなかった
事に出来ないだろうか?」
「それは無理ね」
私、見ちゃったし、ほら、あそこ
特殊班が内部にカメラ仕掛けに行くみたいだ
し?
梓が指差す先には、確かに特殊班の姿がある
アイツら、まとめてお仕置きかよ💢
オレの体力、考えてくれよな
結構な年齢なんだし
「なぁ、風見」
4人と犯人の生死は問わない
女子高生だけ救出しろって言ってもいいかな
さすがに一課の刑事4人全員、のんきに人質
になってます、とはオレ、一課長には報告出
来ないわ
「そうね、報告は聞かなかった事にしたいわ
ね、私も💢」
「宮野捜査一課長!」
あはは、ですよね
では、回収に行って来ます、と言ったオレを
手で制した
「一課長?」
しっ、と指先を唇に当てた一課長が、少しだ
け突入を待て、と言った
すると、中から女子高生が出て来て、すぐに
また扉が閉められた
女子高生らが次々と救急車で搬送されて行く
騒ぎの中、突入の準備も進んで行った
「突入!」
の声より僅かに早く、扉が開いた
爆発物があるぞ!とか混乱する現場から、4
人はその波に隠れるようにして、出て来ると
即座に現場を離れた
「降谷、オマエの部下は何者だ?」
オレの元の職場の同僚が、店内に隠したカメ
ラで撮影した映像を見せた
4人4様の動きだったが、全体の指揮を執る
のは、何と遠山で
アイツは、犯人制圧後、犯人が隠し持ってい
た爆発物を、物凄いスピードで起爆出来ない
ようにした
鳥蓮が途中から手伝ったが、遠山の手際には
到底及ばない
「降谷さん、遠山って何者ですか?」
大和撫子を絵に描いたような容姿からは想像
も出来ない行動ばかりだ
「1番、ご存知なのは一課長では?」
「彼女は、刑事よ」
それ以上でも、それ以下でもない
ずっと、真摯に必死に事件を追ってる
「それ以外は、ごく普通の女の子よ」
そう言って笑うと、梓を伴い去って行く宮野
さんに、オレは微かな違和感を覚えた
「風見」
「はい」
念のため、遠山の素性を調べておいてくれ
オレは、鳥蓮を調べて見るから、と言って、
この調査は一課長にも誰にも内緒で、と
遠山に裏の顔があるとは思わないが、宮野一
課長が大阪から一本釣りして来た経緯は気に
なっていた
「降谷んとこで使いこなせなかったら、いつ
でもウチで引き取るぜ?隊員の士気も上がる
だろうからな」
元の職場の同僚は、そう言って去って行った
のだ
真夜中、庁舎でふと思い出して、遠山の人事
調書を見直した
「オレも焼きが回ったか」
引き出しを開け、ある捜査資料を開いた
2つを並べて、ため息を吐いた
オレだけはもっと、早く気がつくべきだった
大阪・寝屋川市 服部邸殺人事件
別名、科学捜査研究所所長殺人事件
オレの警察人生の中で、ひとつだけ深く、と
ても深く刺さっている事件
捜している少年は、生きていれば遠山らと近
い年齢に達しているはずだ
身体ひとつで姿を消している、当時13歳の
少年を、オレはまだ捜している
身体的特徴が似ている身元不明遺体が見つか
るたびに、現地に飛んだ
遺体が違うとわかるたび、まだ、僅かだか生
存の可能性があると微かな希望を持つ
その繰り返しだけれど
オレは、所長を護り切れなかった
でも、せめて彼女の一人息子は、護りたい
コンコン、と扉が叩く音がした
「少し、飲まない?アルコールは無いけど」
梓だった
水筒を、コトン、と机に置いた梓は、自分も
水筒を持って、飲んでいる
「ブルーマウンテン」
「正解」
ふっと笑う梓に、懐かしい笑みを見つけた
「まだ、見つからないのよね」
オレのデスクに広げたファイルにあった写真
を見て、梓は言った
「あぁ」
梓は、学生時代、喫茶店でバイトをしていて
コーヒーを淹れるのは抜群に上手かった
懐かしいコーヒーを口にしながら、オレは深
く椅子に座った
梓は、デスクに腰を預け、ファイルに目を落
としている
「は?」
梓も気が付いたらしい
事件調書にある、セーラー服姿の少女
私立改方学園中中等部3年
遠山和葉 15歳
「これって!」
「あぁ、うちのチームの遠山だ」
事件現場に立ち会い、行方不明の平次に代わ
り証言したのは、あの遠山だった
「梓に、訊きたい事がある」
どうして、オレが居るのを解ってて、引き受
けたんだ?
「どうしてだと思う?」
「それがわかったら、苦労しないよ
梓のことは、ずっと、解らないことだらけだ
どうして、出て行ったのかも、何もかも」
そう言ったオレを、梓はじっと見ていた
「もうひとつ、訊きたい事がある」
宮野一課長の事だ
「宮野さん?」
「あぁ、彼女が府警から取り上げるような形
で遠山を釣り上げて来たんだ」
「宮野さんが?彼女を?」
「あぁ、何か、意図を感じないか?
梓を呼び戻したのも、遠山をオレのチームに
持って来た事も」
暫くの間、思案顔をしていた梓も、確かに、と言った
梓は、ずっと宮野さんとはやり取りかあった
らしく、その経緯を説明してくれた
取り敢えず、遠山には時間を見てオレが話す
から、それまでは内緒にしておいてもらうよ
うに伝えた
「ハイハイ、わかりました」
丁度、梓のチームの黒羽が戻って来たので、
梓は水筒を持って出て行こうとした
「待って、梓」
明日、オレが淹れてくるから
そう言って、水筒を預かった
黒羽と事件の話をしながら手をひらひらさせ
て梓は部屋を出て行った
オレは、椅子に深く座り、脚を組んで考えた
遠山和葉、か
当時、ある事件捜査で大阪に居たオレと風見
あの頃は現役の公安だったオレら
服部静華 科学捜査研究所所長に、ある事件
の証人として、証言を要請していたのだ
警察内部の汚職も絡んだ大きな話で、オレ達
はその裏取りに奔走していた
その捜査過程で、オレは服部邸にも何度か足
を運んだし、一人息子の平次や、一緒に居た
隣家の少女にも何度か会っていたのだ
女の子の成長は、早い
あの当時は、快活な美少女だった遠山
失踪した平次とは、仲が良かったのを記憶し
ている
並び歩く2人を、何度か目撃したけれど、お
似合いの2人だった
現在の遠山は、確かに美人だが、あの当時に
感じた快活さは薄れ、少し陰を感じる雰囲気
を纏っている
もしかしたら、彼女もまだ彼を捜しているの
だろうか?
ふと、そんな気がしていた
[4]
** 2017年4月某日 ~榎本梓の記憶**
仕事帰り、久しぶりに買い物に出た私は、ふ
と思い付いて、水筒を2つ、買い求めた
次いでに、最近見つけた新しいコーヒーショ
ップにも立ち寄り、久しぶりに生豆を焙煎し
て貰っていくつか買い込んだ
ゆっくりとドリップする時間だけが至福の時
丁寧に淹れた珈琲を仕込んだ水筒を手に、私
は夕方からの勤務に向かった
隣の部屋の零さん達も、連日の新人メンバー
達の騒動に苦戦しているみたいだったけど
私の方も、同じくらい、日々戦いだった
まず、工藤
捜査能力は確かに卓越しているし、犯人を
特定するのは誰よりも早い
でも、単独行動のクセがどうしても抜けない
様子で、今回も、パートナーである毛利を置
き去りにして犯人を追い詰めたのだ
彼に足りないのは、道具に頼らない犯人制圧
のための武術
射撃の腕はあるけれど、格闘する能力はほぼ
0に等しいのだ
今回も、追い詰めたまでは良かったのだが、
制圧する際に犯人に隙を突かれてしまい、ペ
アで動いていれば防げたものを、犯人にあわ
や逃げられそうになったのだ
幸い、彼の単独行動に気付いた毛利が追いつ
いたから制圧出来たものの、もし後1分でも
到着が遅ければ、工藤は返り討ちにあってい
た可能性も否定出来ない状況だった
私に叱られても、犯人を特定したのはオレだ
と言わんばかりで、反省する様子を見せない
工藤には、後からきっちりお仕置きが必要だ
と思うし、
毛利の方にも問題がある
工藤に甘過ぎるのだ
自分を置いて、姿を消したパートナーに、本
来であれば彼女が叱責すべき場面であるにも
関わらず、彼女は自分が悪いと言って工藤を
かばった
庇われた工藤は、その毛利の様子に自分の失
敗に気がついた様子で、バツが悪そうな顔を
したので反省するだろう
でも、毛利の方は、まだ自分を責めている様
子なので、私が叱った本当の理由を理解する
には時間がかかりそうだった
刑事の仕事は、己自身の生死を問われるよう
な場面に遭遇することも多い
それに、捜査を自分に有利に進めようとして
色々とちょっかい出されることも多いのだ
不正や不要なリスクを負わないためにも、単
独行動は厳禁、それが鉄則
パートナーとは、寝食を共にするどころか生
死を共にする覚悟がなければ、万が一の時も
お互いを助け合い生き残ることなど到底出来
ない
だからこそ、常日頃、パートナーとは切磋琢
磨こそすべきだけれど、馴れ合いや勝手な振
る舞いはお互いにしてはならないのだ
万が一の時、お互いがダメになってしまう事
にも繋がるから
私も刑事になりたての頃は、指導する刑事と
何度も衝突して、教え込まれた
工藤と毛利は絶対に良いパートナーになるは
ずだ
工藤の推理能力と、毛利の卓越した武道の腕
が合わされば、向かうところ敵なしだと信じ
ている
そのためには、まず、工藤の探偵時代やら公
安時代の華やかな戦歴は全て捨ててもらい、
単独捜査ではなく、ペア、チームでの捜査を
学ばせる必要がある
毛利には、工藤が勝手な単独行動に出ないよ
うに、コントロールする技術を学んでもらう
必要がある
その教育係として、黒羽に期待したんだけど
これがまた、一匹オオカミで、お手本にはし
て欲しくないんだな・・・
黒羽は特別、だから、参考にはならない
彼の生い立ち、特技、卓越した身体能力とそ
の頭脳は、他人に真似が出来るものでは無い
から
「私も、まだまだ難題がありそうだわ」
水筒を持って、隣の部屋に向かった
零さんは私の訪問に面食らっていた見たいだ
けど、何だかふらり、と招き入れてくれた
「大阪・寝屋川市 服部邸殺人事件」
この事件のあった日は、私と零さんの運命を
分けた日でもある
パパ、あの日の事件をまだ追いかけてるわよ
空、と口の中で呟いた
零さんに頼んで、零さんが調べたあの事件の
資料のコピーを回してもらった
「いいけど、梓、どうしたの?」
「ちょっと、気になる事があって」
黒羽が戻って来たので、零さんの部屋を後に
しようとした時、零さんが水筒を回収してし
まう
「今度はオレが」
そう言って笑った顔は、いつもより穏やかで
遠い昔には、いつも傍に在った笑顔で
ちょっとだけ、嬉しかった
「え?7係の遠山と知り合いなの?」
「はい、英国に居た時に工藤優作氏の紹介
で、何度か、向こうでの捜査でもかち合いま
したよ?」
「へえ、どんな感じだったの?彼女」
黒羽は、そうですねぇ、と言った後、ニッコ
リと笑った
「魂の欠けた、絶世の美少女」
「はい?」
どうぞ、と言って、黒羽は紅茶を私に差し出
した
少し、長くなると思うので、と言って
最初に出会ったのは、英国の工藤邸だと言う
「呼び出されたんですよ、優作氏にね」
親友から、一人娘を預かる事になったんだけ
どね、少し事情があって、相手をして欲しい
んだと言われた
ずっと一緒に育って来た幼なじみが行方不明
になって
ずっと大事に育ててもらった母の親友を殺さ
れた子だって言って
「遺体の確認をしたのも、行方不明のその子
に代わって、現場検証に立ち会ったのもその
子なんだ」
「幾つなの?」
「15歳、いや今年、16歳になる」
「オレの一つ下だ、青子と同い年か」
「あぁ、そうなんだ」
そのすぐ後、優作氏の邸宅に引っ越して来た
和葉ちゃんは、魂の無い日本人形見たいな危
うさがあったんだ
年齢が近いこともあって、オレは同じスクー
ルに転入して、一緒に通う事にした
優作氏は、そこまではしなくても、と言った
んだけど、和葉ちゃんを見ていて、青子の事
を思い出して、放って置けなくなった
「青子には、ちゃんと連絡して相談した
そうしたら青子のやつ、絶対に傍に居てあげ
て、目を離さないでって言うからさ」
合気道や剣道の稽古をしている時は人が変わ
ったみたいな集中力を見せる事にも気がつい
て、もしかしたらって、優作氏は事件捜査に
連れ回すようになった
事件に飛び回るオレ達に興味を持った和葉ち
ゃんは、意外な特技を披露したからだ
簡易鑑定の技術は、プロ並みだったのだ
「母と、おばちゃんが科捜研に勤務してたの
で、昔から遊んでくれる時に、色々な技法を
教えてくれたんや」
それだけでは無い
PC周りのスキルも、あっと言う間に習得し
て、しまったのだ
いつの間にか、捜査官らの間でも、何か凄い
東洋人の女の子が居る、と噂になり
「これがまたさ、めっちゃ可愛いいじゃん?
だから、みんな我先にって色々教えたがって
さ、和葉ちゃんも素直に吸収しちゃうもんだ
から」
あっと言う間に、和葉ちゃんは現場に来ると
みんながそう思うようになり、彼女を頼りに
するようになった
彼女は学業面でも、非常に優秀だった
スクールにもあっと言う間に慣れると、オレ
と一緒に大学に行くと行って、飛び級してし
まったのだと黒羽は言った
「現地では、バイクを乗り回し、事件を追うようになって、探偵としても優秀な能力を発
揮するようになった和葉ちゃんだったんだ」
でも、約束させた事もある、と
オレが帰国した時は、その活動を辞めること
そして、予定通り、日本の大学へ編入して、
警察官になる準備を進めることを
「彼女の生きる目的は、ただ一つ」
行方不明の幼なじみを見つけ出す
その大事な幼なじみの母を殺した犯人を逮捕
する事
ただ、それだけだ
その事は、オレにもよくわかったし、一緒に
暮らす工藤夫妻にも痛い程わかっていた様子
「なぁ、係長」
「なに?」
「15歳、16歳の女の子だよ?」
そんな子が、自身にとって大切な人の死を、
別れを経験しただけでも辛いのに、自分自身
の母親とも距離を置いて生活しなければなら
なかったんだ
「遠山は、実母との交流も断っていたの?」
「ええ、オレが記憶している限り、手紙のや
りとりすら無かったと思います」
一人娘だと聞いている
たった一人の娘を、遠く離れた異国へ送り出
して、一切の連絡を絶つ
「それも、誕生日もクリスマスも連絡が無い
工藤夫妻は、遠山の安全のために、連絡を取
らないようにしているだけだとは言っていた
けれど」
「それにしても、徹底してるわね」
「だから、オレも気になって
帰国して、刑事になった後でさ、一度大阪に
行ってみたんだ」
仕事にかこつけ、面会もしたと言う黒羽
オレが英国で和葉ちゃんと一緒だったと言う
と、嬉しそうな笑顔を見せてくれたらしい
「和葉ちゃんに面差しの似た、綺麗な人で
さ、穏やかで仕事熱心な人だった」
もう長い事一緒には暮らしていない、と言う
姿は寂しそうで
でも、言ったんだ
自分は、自分の娘を信じている、と
「私が愛した銀司郎さんの娘だから」
あの子なら、必ずわかってくれる、と
必ず、立派な刑事になる、と
「どうして、殆ど連絡を取らないのかと言っ
た時、何も言わなかったけれど」
「事情がある、と言うことね」
「たぶん」
大事な一人娘と、一緒に暮らせなくても、
一緒に誕生日やクリスマスも祝えなくても、
離れて、ロクに連絡が出来ないとしても
それでも、護るべき何かがある、と言う事だ
ろう
服部邸殺人事件は、隣家の母娘にも深くその
人生を歪めるだけの影響を与えたと言う事だ
「オレ、あの事件、終わったとは思ってませ
んから」
「そうね、私も、そう思うわ」
「でも、もう暫く静観します」
黒羽は、そう言った
再会した和葉ちゃんは、何かよくわからない
けれど、何か変わり始めているような気がす
るのだ、と
もしかしたら、事件解決の糸口を掴んだか、
何か、あったのか
どちらにしても、以前よりも大人になって、
感情も出すようになって、魂を取り戻し始め
ているような匂いがすると言うのだ
「彼女、見つけるのかもしれない
ずっと、探している片割れの男の子の事」
じゃ、今日はオレ、帰ります、と言って、黒
羽は部屋を出て行った
私は、零さんからもらった資料にもう一度目
を落とした
私自身が感じ始めていた、違和感の正体を知
るために
第2章へ、
to be continued