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7th heaven side B

You're all surrounded [第2章−前編]

2017.08.27 07:00

第2章 トラブル発生・前編


[1]

**2017年5月某日 ~鳥蓮英治の記憶**


捜査一課に配属されて、1ヶ月が過ぎて、

ひとりオレは、密かに焦っていた


先月、オカンの事件で、オレが容疑者のひと

りやって睨んでる男と、降谷係長が接触する

やり取りを掴んだ


約束の時間、2人がポアロと言う喫茶店で、

対面している現場を抑えようとしたんやけど


…オレは、抑えられんかったんや


丁度、冴島らが追いかけとる犯人を目撃して

しもうて、連絡取っとる間に、盗み聞きにち

ょうどええ位置の席、取られてしもうてん


おかげで、断片的にしか会話を聞き取れず、

手がかりになりそうなネタは拾えんかった


オレは、後見人であり、オレが密かに犯人を

追いかけとるのを支援してくれとる人に、そ

の事を話した


「まだ、機会はあるわ

焦ったらダメよ、その時を待ちましょう」


そうは言われても、焦らずにはいられへん

いっそ、目の前の上司、拷問かけるか?まで

考え始める程、追い詰められとった


「何だ、鳥蓮、その瞳は

何故、オレにばかり喰ってかかる?」


ここ数日、オレはずっと、降谷と対立を深め

ていた

小さな諍いは毎日で


でも、今日は、ある殺人事件の証人と証言の

事で、激しく対立した


「あの人に証言を強要して、口先だけの約束

をして、本当に最後まで護り切れるんか?

それとも、証言さえ取れたら、後はどうでも

良いと?」

「は?💢」


「英治!」「英治やめろ!」

「鳥蓮、言い過ぎだ!」

和葉達や風見がオレと降谷の間に立ちはだか

った


「事件解決には、あの証言は絶対に必要だ!

それ以外に、決定的な証言も物証も、現在の

ところ無いだろうが💢」


「それは、オレらの捜査がまだ足らんだけ

やろが!」

最後の最後まで証人を護り切ることなど、

絶対に出来へん!

実際、アンタかて出来てへんやろが!

忘れたとは、言わせへんで💢


「何だと?💢オレが、いつ、誰を見殺しにし

たと?」


「2006年 大阪、寝屋川市服部邸殺人事件」


降谷の表情が一気にその雰囲気を変えた


「アンタが事件の証言を強要、したんや無い

か?違うんか?風見さん、アンタもその場に

居ったんや無いか?」

風見も降谷の方をちらりと見た


「どうして、オマエがその事件を?」

「はっ、どうして?簡単な事や

伝説の捜査官の話や、アンタが関わった事件

の話は、みんな教官らが自慢気に話してくれ

るから知っとるわ💢」


2人が解決したとされている、いくつかの大

きな事件の名を挙げる


「確かに、オレもいくつかの事件の武勇伝

は、警察学校やら何やらで耳にしてます」


オレもと言う声に、オレは重ねた

せやから、アンタが関わった事件は、参考に

させたろ、思うて徹底的に調べてん、と

「ホンマに、参考にすべき事件かどうかも含

めて、な」


反面教師にするために、と言うと、降谷が飛

びかかって来た

応戦するオレと、殺気を消そうともせえへん

降谷で取っ組み合いになる


「やめてや!英治!係長!」


間に身体を捻込んで来た和葉を退かそうとす

るが、がっちりとオレを抱えて離さん


降谷の方には、騒ぎを聞きつけ駆けつけた榎

本係長が同じようにして抱えている


背後からは、風見や冴島、沖田がオレらを羽

交い締めにして、出入り口の扉は、6係の黒

羽が閉めて、外部から見えんようにした様子


「しっかりしなさいっ!貴方、上司でしょう

が💢貴方が挑発に乗って、どうするの!」


スパーンと鋭い音がして、榎本係長が降谷を

殴った


その途端、悲鳴が上がった


「やめて、やめてや!いやぁああっ!」

「和葉っ!」


羽交い締めにされとったんを振り解き、オレ

を抑え込んでいた和葉が、耳を塞ぎ床に崩れ

落ちるのをギリギリで抱きとめた


「いやぁああっ!」


悲鳴をあげて、耳を塞ぎ、床に落ちそうにな

るのを必死に救うけれど、オレの腕から逃れ

ようとするように落ちて行く


「みんな、今すぐ出て行って!」


榎本係長が、一喝すると、弾かれたように風

見がみんなを誘導し、部屋を出て行く


「貴方もよ、鳥蓮」


オレの腕から和葉をひったくるように奪うと

黒羽が立つ扉を指差した


後ずさりしながら、榎本係長が抱えた和葉が

悲鳴を上げるのを見て、部屋を飛び出した

オレは、一気に屋上へ上がる


「うわああっ!」

誰も居らん屋上で、絶叫した


堪え切れず、ぶつけてしまった

やっと手にした機会だと言うのに、自ら秘密

を暴露しかねない発言をして


降谷に接近するために、どれだけ苦労して来

たのか、忘れたワケじゃない


和葉に、オマエがプライベート犠牲にして、

捜してるのはオレやって、何遍も言いそうに

なったんを、この1ヶ月、ずっとずっと、我

慢しとったと言うのに


自分の不甲斐無さを、絶叫して発散させた


まだ、正体は明かしてはならん

まだ、オレは、降谷が犯人と通じている確か

な証拠を掴めていないんやから


まだ、オレは、オレを殺しておかなければな

らないんや


やり場の無い怒りだけが込み上げてくる


どうしようもない怒りを、どこへぶつければ

いいのか、わからん


涙は、とっくに枯れ果てた

だから、オレはひたすら狂ったように叫んで

いた


鳴り出した電話に、縋るように声を聞いた


大丈夫だから、もう少しだけ我慢して、と繰

り返す優しい声に、必死に冷静さを取り戻し

て行く


ボロボロになりかけた自分に、必死に鎧を着

せて、階下に降りて行った


部屋に戻ると、降谷は居らず、代わりに榎本

係長が待っていた


「会議室へ」

そう言うと、オレを会議室へと連れて行った


「鳥蓮英治、貴方、一体何者なの?」


窓辺に佇む榎本係長は、オレを一切振り向か

ずにそう言った


「…ただの刑事や」

そう言い捨てたオレを一瞥する


「あの事件に零さんが関わってるって、どう

して貴方が知ってるのかしら?」

「え?」


「あの事件の関係調書には、当時公安の捜査

員だった零さんと風見くんの名前はどこにも

無かったはずよ?」

それこそ、写真一枚、ね、と言う


「気になったから、あの事件はオレは探偵

時代の伝手を頼って、個人的に調べたんや」

「へぇ、凄いわね、その探偵

警察が隠した公安捜査員の行動まで捜し当て

るなんて」


ふっ、と冷たい笑みを浮かべる榎本係長


「せや、世間には、そういう奴らも居るっ

ちゅう事や」

覚えていた方がええで、と言うと、そうね、

と笑った


「あの事件は、係長が扱った事件の中で、

唯一の未解決事件や」

気にならんワケ、無いやろ?と言うと、ええ

私もそう思うわ、と笑った


「まぁ、貴方の事だから、とっくの昔に私と

零さんの事も知ってるのでしょうから」

そう言うと、オレの知らん話をした


2人が離婚したのは知っていた


でも、その理由については調べた事は無かっ

たのだ


「ずっとね、知りたかったの」


あの日、零さんは警察無線で呼び出されて、

どこかの現場に向かったと思っていた


でも、それが違うと判った時、じゃあ一体、

零さんは誰のSOSに応じて、空の迎えを後に

して、どこの現場に向かおうとしていたの

かしらって


すっと、身体が冷えて行くのがわかった

(オレ、や、オレのあの電話…)

あの時の電話や、と、当時交わした言葉の一

言一句を脳内で再生した


「浮気でもしてたのかしら?」


最初はそう思う日もあったわ

でも、そんな暇、あの人には少しも無かった

事を、私が一番良く知っている


榎本係長はそう言うて、遠い目をした


「零さんは、謝ってばかりで、その日、どこ

へ行こうとしたのかも、何があったのかも一

切、話してはくれなかったわ」


あの事件だと言う事は、すぐにわかった

でも、どうして話してくれないのかは、実は

現在でもわからないの

そう言うと、オレの目をまっすぐに見た


「私はね、あの事件はまだ終わってないと、

思ってるわ」


零さんは、今でも密かにあの事件を追ってい

ると言うた


「だから、家を出たの」

「え?」


「零さんは、本当はめちゃくちゃ優しい人で

ね、気遣いの人なの」

淋しがり屋で、泣き虫で、と言うと、意外?

と言ってそっと笑うた


だから、自分が傍に居る限り、あの人はきっ

と全力で捜査は出来ないと思ったの、と


「私を見るたび、零さんは自分を責める

本当は、一番、責められるべきは、研修を優

先した私なのに」


だったら、零さんが自分を責めなくても良い

ように、全力で捜査に走れるように、自分は

姿を消した方が良いと思った、と


「離婚届を零さんが提出するかどうかは、わ

からなかったけど」

そう言って笑った顔は、ひどく哀しそうだっ

たけど


「貴方がどんな形であの事件にかかわってい

るのかは、私は詮索しない」


でも、零さんの捜査を邪魔するような真似だ

けは、絶対に許さないと言った


「あと、遠山の気持ちも考えて」


そう言った


「あの事件、彼女は生命張って追ってるの

10年経った今も、たったひとりで」


周囲の人を危険な目にあわせないようにする

ために、唯一の肉親である母親ともずっと、

距離をとって、と言う榎本係長


「僅かな時間とはいえ、母親だった事がある

身としては、遠山と、遠山の母親の事を考え

たら、簡単に口に出来ないわ」


彼女の前で、あの事件の事は口にしないで

彼女から、貴方に何か言うその時まで


それだけ、約束しなさい、と言われたオレは

はい、としか言えへんかった


「みんな、どこかに何かを抱えているの

それは、貴方だけじゃないのよ

それを忘れないで」


会議室を出るオレの背に、榎本係長の声が響

いた


「申し訳ありませんでした」

取り乱して、すいませんでした、とみんなに

謝って、和葉は戻って来た


真っ青な顔をして、席についた和葉に、誰も

何も言わんかった


オレが口を開こうとした途端、けたたましい

事件発生を報せる音が鳴り響いた


「遠山、鳥蓮、オマエらがまずは行け!

オレらは後から向かう」


同時に、犯人逮捕が迫っている冴島と沖田が

逮捕状を持って、ずっと追っていた犯人を検

挙に飛び出した


急行する車内で、和葉は堅い顔をして一言も

発しなかった

真っ白い顔をして、ずっと目の前を睨み、口

を結んでいたのだ


でも、現場に到着して、捜査を開始したら、

後はいつも通りの刑事の和葉やった


工藤と姉ちゃんが追いかけていた事件の犯人

やとわかったので、至急連絡をとって、オレ

と和葉は6係と合同での捜査となり

それっきり、その日はあの話題には触れられ

ないままやった


証拠品を調べるため、翌朝、早朝に庁舎に戻

り、検品していたオレは、伊達メガネが邪魔

になり、外して作業をしていた


誰も登庁してこない時間帯やと言う事で油断

もあったのかもしれん


確認に没頭しとったオレは、物音に気付くの

が僅かに遅れてしもうたんや  


オレの傍で、立ち尽くしていたのは、和葉や


大きな瞳は、見開かれたままで、オレを見て

言うた


「…平次?」

アンタ、服部平次やな?と


違う、何を寝ぼけた事、言うてんのやと言う

と、絶対にそうや、と言う和葉


「平次、なぁ、平次なんやろ?」


その時、和葉の背後に、部屋に入ろうとする

降谷の姿を捉えたオレは、更にオレの名を呼

ぼうとする和葉の口を、強制的に塞いだ


んなっ、と言う声を飲み込むようにして、重

ねた唇にぐっと力を込めた


和葉越しに降谷とばっちり目があって、めっ

ちゃ驚いた顔をされたけど


それよりも何よりも、文字通り封じてしまっ

た唇をどうやって解こうか

頭が真っ白になったオレやった


「な、何すんのん!いきなり」


と言う和葉に、どん、と押されて和葉はふら

ふらと部屋を出て行ってしもうた


その後、和葉とは、当然ながら思いっきり、

ギクシャクしたオレ


そら、当たり前やな


でも、事件が続いたおかげで有耶無耶に出来

たんや


嫌、ちゃうな

オレが、捜査に夢中な振りして、有耶無耶に

したんや、何もかも


丁度、工藤らとの合同捜査で忙しさは倍だっ

たし、それに和葉は、捜査に入れば私情は消

すから、ズルいオレは、仕事を利用したんや

そして、今も


「なぁ、英治、アンタ、コンタクトにしたら

ええんとちゃう?」

「あ?嫌や、目ん玉に異物入れなアカンなん

て、考えただけで、ぞっとするわ💢」


むっとした顔でオレを睨んどった和葉は、ぷ

いっと子供みたいに拗ねて、前を向いてしも

うた


その様子に、幼い頃の和葉の横顔が重なる


「おい、そっちはどうだ?」

「まだ、現れてへん」


でも、警戒しとってね、と、工藤の無線に返

す和葉


オレは、バックミラー越しに犯人の潜伏先に

目を遣った


今のところ、動く気配は無いか、と思われた


和葉は、無線のやり取りの後、前方を確認し

たまま、目線を動かさへん


その横顔を眺めて、口元に目線が行った時、

自分の身体に熱が走るのを感じていた


仕方がなかったとは言え、あの唇をオレは塞

いだのだ、と思うと、身体に感じる甘い痺れ

を遣り過すのも、複雑やった


はぁ、とため息を吐いて、バックミラーに目

を向けて、オレは緊張した


「犯人のひとりが現れた」

「了解」


スウェット上下のラフな格好で現れた容疑者

その1

容疑者その2はまだ現れ無い


酔っているんか、千鳥足でこちらに向かって

歩いて来た


慌てて和葉を抱き寄せ、カップルを装いなが

ら、和葉の顔を隠すように、その首筋に顔を

埋める

側から見たら、車の中でいちゃつくカップル

以外の何者でもない状況


(行った?)

(わからん、まだや)


不意に不穏な視線を感じて、オレは窓に目を

向けた

好奇心丸出しで車内を覗き込んだ男と、ばっ

ちり目が合った

(ちっ)


飛び起きて、ドアを一気に開き、犯人に当て

飛び出して、怯まずに走り出す犯人を追いか

けた


和葉も背後から飛び出して来るのを確認して

オレは追いかけて行く


工藤が言うてた通り、足がめっちゃ速い犯人

今日は、スポーツウエアのスタイルで張り込

みしとって正解や


オレも足は速い方なんやけど、中々追いつか

へん

犯人は、土地勘があるんか、ひょいひょいと

街を走り抜けて行った


結局、十字路で見失ってしもうたオレ

流石に息が上がる


乱れる呼吸を整えて、必死に堪えていると、

和葉が現れた


「犯人は?」

「見失ってもうた」


「えっ!あぁ、もう、どないすんねん💢」

「オマエこそ、遅いわ💢」

だって、と言う和葉の右腕を掴んで見ると

傷だらけやった


「ケガなんぞしよってからに、和葉のアホ」

「え?あぁ、コレね」

あぁ、もう嫌になる、と、忌々しそうに足元

を見て、しゃがもうとした和葉を手で制した


解けてぐちゃぐちゃになっている運動靴の靴

紐を、解して結びなおしてやった

片膝をついて直し終えて立ち上がると、和葉

が俯いて、靴を見ていた


「アンタ、平次やろ?」

「ちゃう、言うてるやろ?シツコイで?💢」


「この結び方出来る人、他に見た事無いもん

絶対、平次や!

大阪、改方学園中等部 1-A 服部平次、なぁ

そうやろ?」


和葉が、オレの服の袖をぎゅっと握る

その白い指先は、震えていたのをぼんやりと

視界に入れていた


「違う、言うてるやろ!

それ以上言うたら、また、キスするで💢

されたいんやったら、なんぼでも言うたらえ

えけど、文句言うても知らんで、オレは💢」


くっ、と口惜しそうに唇を噛み締めて黙る和

葉に、オレは苛立ちを感じていた


「おーい、和葉ちゃん!鳥蓮?

取り敢えず、犯人その1は捕らえたけど、そ

の2がアジトにいねーみてーだぜ?」

工藤からの内線に、弾かれるように和葉が駆

けて行った


結局、アジトはもぬけの殻で、オレらは手掛

かりを捜したが見つからず、一旦庁舎に戻る

事になった


犯人は、工藤らに託し、オレと和葉は気不味

いまま、庁舎へと帰還した


医務室へと消えた和葉を残して帰宅したオレ

は、自室で、降谷の自宅を監視しながらも、

イライラする気持ちを何とか消化しようとし

とった


結局、あの後、降谷とは冷戦状態が続いてい

て、オレは、和葉に迷惑を掛けへんようにと

出来るだけ、和葉の目の前で衝突はせえへん 

ようにしとんねん


そして、降谷は中々しっぽを出さへんかった


あの後、アイツとは連絡を取る様子も無けれ

ば、おかしな行動の様子も一切無かったんや

オカンの事件の方は、中々進展を見せずにい

て、オレは苛立ちを隠せずにいた


後見人の人にも窘められたけれど、10年が

過ぎたと言うのが、オレの焦りと苛立ちを増

幅させているのかもしれへん


そう言われても、オレにとって10年は長い

そして重い


焦るな、言う方が無理やと思う


母を殺され故郷を追われ、それ以前の平穏な

暮らし総てを奪い去られて

普通で居ろ、言う方が難しい


京極家の真氏とその父は、警察へ行きたくな

いと言うたオレに、ただならぬ事情があると

察してくれた


未だに、出逢う以前の話を聞かれはしない


でも、そんなんしてくれる人はホンマに少な

いねん


自分が、オレが、手を貸して記憶の封印を解

いてやる、と言うおせっかいは仰山受けたし

研究材料にされかけた事もある


自分かて、いつまでも隠しとおせるとは思う

てへんし、そうしようとも思うてない


オカンが付けてくれた名前で生きたい


当たり前やんか

オレの名前やねんから


和葉が、数少ない休日を使って、今でも捜査

しとるのもわかってるし、あの事件の事で、

心身共に、オレ以上に傷ついてる事もわかっ

てしもうた


だからこそ、早いとこ終わりにせなアカンと

そう思うてんのやけど


犯人への糸口は、降谷と風見が追いかけてい

たあの事件、オカンに何かの証言を依頼しと

ったあの件が原因やと睨んでた


そして、降谷はその犯人と繋がりがある

犯人を知っていると踏んでいたんや


それやのに、一向にその気配も動きも察する

事が出来ず、焦りは苛立ちに、苛立ちは失望

へと変わり始めていた



[2]

** 2017年5月某日 ~遠山和葉の記憶**


捜査一課に配属されて、1ヶ月が過ぎた

捜査の方は、漸く英治のクセとかコツを掴ん

で、何とかそつなくこなせるようになったん

だけど…


頭痛の種がひとつ


英治が、とにかく、些細な事でもいちいち係

長に噛みつくのだ


言いつけは護らない、反抗的な態度は取ると

やりたい放題で

とにかく、パートナーの私にまで被害が及び

そうなので、毎日、英治を叱り飛ばす日々


「怒るのも、体力が要るのよね」

思わず、ひとり呟いてしまう程、私はパート

ナーの扱いに疲弊していた


おかげで、数少ないOFFの日に、例の事件を

捜査しようにも、体力切れでベッドから出ら

れないと言う状況になる日も多くなっていた


「全部、英治のせいだわ、ホンマ腹立つな」


そうは思っても、少しずつコンビらしい動き

が出来るようになった事に、喜びも覚えてい

た私やった


相変わらずぶっきらぼうで、相変わらず口が

悪くて、何を考えてんのかわからん英治


それでも、食いしん坊な一面とか、時々見せ

る拗ねたような態度に、可愛ええな、と思う

自分が居た


捜査の合間に、一緒にご飯を食べたりする事

もあるんやけど、食の好みは近いモノがあっ

たりして、せやから、苦労する事は無かった

パートナーと食の好みが違うと、ご飯ひとつ

とっても喧嘩になる事もあって、結構大事や

ねん


夜討朝駆けで一緒に飛びまわるのも、慣れて

来たんやけど、それと比例するかのように、

英治が係長へかなりの敵意をむき出しにする

ようになった


元々、その素地はあったんや


冴島さんらは気がつかんかった、言うてたけ

ど、私は着任直後から、気になっててん


みんなの前では、上手に隠しとったけど、時

々、ほんの一瞬見せる鋭い視線


工藤くんが、公安時代の英治のパートナーや

と知って、また、学生時代、探偵やった頃も

付き合いがあったと知ったのは、入庁後の事

忙しい合間を縫って、私は工藤くんに真意を

隠して、英治との事を訊いた


出会いから、どんな事件を一緒に解いて来た

んかとか、色々


「何、和葉ちゃん、惚れちゃった?」


最初はそう茶化していた工藤くんも、私が、

パートナーとの連携を強化するためにも、色

々と知っておいた方がいざと言う時に役立つ

から、と言うと、まぁ、確かに、と言うて教

えてくれた


食べ物の好みから、音楽、趣味、その他諸々

後、依頼人や事件関係者からかなりモテてい

て、女同士がトラブルを起こす事も頻繁やっ

たとか、でも、当人は全く意に介せず、


「どっちも知らんし、どっちもオレのオンナ

やないで」

と言い捨ててたとか


(あはは、英治ならそれくらい言いそうや)


まぁ、色々と楽しそうに教えてくれた工藤く

んは、ホンマは英治とのコンビ解消は少しだ

け淋しかったと言うてた


「蘭と組めたのは嬉しいんだけどさ、アイツ

とは、本当に色々苦労して来たからさ

何か、あっさり解消ってしちまって、ちょっ

とだけ惜しかったな、と思う部分もあるんだ」

「大丈夫や、工藤くん

刑事を辞めん限り、道は続いてんねん

諦めん限り、また、一緒に捜査出来る時は来

ると思うで?」


「そうかな?」

「きっと」


「じゃあ、和葉姉ちゃんの言葉、信じて見る

かー」

「うわあ、懐かしいな、その呼び方

いつの間にか、和葉ちゃん呼びに変わったも

んなぁ?」


「だって、そうでもしねーと、蘭って呼びに

くかったしさ」


少し照れた顔をする工藤くんは、ホンマに昔

から蘭ちゃん一筋や


蘭ちゃんが、自身の父親が以前刑事やったか

ら、自分もその道に行くと言い出した時は、

蘭ちゃんのお父ちゃんと一緒になって反対し

とったけど


蘭ちゃんが、本気やとわかると、熱心に説得

するのを手伝ってくれたばかりか


「オレも刑事になる、それで、蘭とパートナ

ーを組んで、頑張るから」


と言って、最後まで渋ったおっちゃんを説得

したと蘭ちゃんから訊いている


せやから、入庁して蘭ちゃんが指令センター

勤務になった時は、おっちゃん共々ホッとし

とったらしいねん


有言実行で、探偵ではなく、警視庁の刑事を

目指した工藤くんが入庁を決めた時は、私も

蘭ちゃんと一緒に合格祝いをしてあげた


でも、工藤くんとはそんなに頻繁に逢えてい

たワケや無いから、まさか英治と組んで大学

時代、探偵として飛び回っていた事も、その

後、公安でバディを組んでいた事も、私は知

らんかったんや


人の縁って、不思議やな、と思う


どこで、どうやって繋がってんのか

誰もわからんのに、時として、導かれる事が

あるんやもんね


毎日、事件を追いかけて

毎日、次の事件が発生して


私らの仕事に、休暇と言う文字は殆ど無い


事件を追い続ける毎日に、私は少し焦り始め

ていた


平次のあの事件を、追うための時間を捻出出

来なくなっていたのだ


事件発生から、10年が過ぎて、証拠はどん

どん風化して劣化してしまう


人の記憶だって、そうだ

あの日の事を、正確に証言出来る人は、どん

どん減っていた


中には、老齢でお亡くなりになった方も居る


せめて、自分だけは、と、毎日無理矢理あの

日の事や、その直前の日の出来事を思い返し

ては、眠れなくなる日々を過ごしていた


でも、私が忘れてしまったら

それこそ、あの事件は無かった事になってし

まう、と言う一心で、私は堪えていた


それやのに

いつものように、英治と係長の諍いが始まり

うんざりした顔の風見さんと、私が止めに入

った


そこまでは、いつも通りの諍いやった


でも、英治はいつも以上に憤っていて、いつ

もより踏み込んで、係長を非難したんや


「護る、って言うのは簡単やけど、ホンマに

最後の最後まで、証人を守りきれるんか」

英治はそう指摘したんや


ある殺人事件の証言を巡り、面通しした証人

が報復を恐れて、証言を拒否したのが発端


確かに、英治が言う通りやねん


警察で、身柄を完璧に保護する事は不可能に

近い


証言までは、徹底的にマーク出来ても、その

先は、せいぜい出来て、近隣の派出所から巡

回してもらうんが精いっぱいやねん


その殺人事件は、犯人側がえらく巧妙で、何

重にも罠が仕掛けられててん


初動捜査は、どうもその罠にかかって遅れた

らしく、警察側は物証どころか、証人確保に

躍起になってたんや


おそらく、証人にも何らかの手をまわしてく

る事は、安易に予想がついた


英治は、そんな中で、安易に護る、と言い切

った係長を責めたんや


今日は、係長の方も虫の居所が悪かったらし

くて、言い争いは、願いとは真逆にどんどん

悪化して行った


捜査から戻って来た冴島さんや沖田くんも、

何事かと止めに入った、その時やった


「2006年 大阪 服部邸殺人事件」


英治が、係長にその言葉をぶつけたんや


…何で?

愕然とした


調書には、係長や風見さんが関わっている事

は、一行も書いてへんのに


(どうして、英治は知ってんの?)


最近、漸く理解し始めたばかりやのに、暴れ

るのを抑えるために、しがみついた英治の顔

がようわからんようになった


どうして英治がそれを知っているのか、と問

う係長と英治の争いは止まらん


止めている間に、自分の心臓が煩いくらいに

鼓動を打ち鳴らしている事に気がついた


アンタ、まさか…


ぐちゃぐちゃになる

何が、どうなってんのか、受け止め切れへん


私は、くらくらする視界を何とかとどめて、

必死に止めたけれど…ぶつかりあう2人の間

で、私の意識は限界を超えたらしい


激しい怒号が飛び交う中、誰かが誰かを殴る

音も聞こえて来た


(怖い、怖い、怖い)

(誰か、助けて)


あの豪雨の日に、一気に意識が飛ぶ

おばちゃんと、誰かが争う映像が浮かんで来

て、自分が最後に確認したおばちゃんの遺体

が目に浮かぶ


おばちゃんにさよならした日に、抱き締めた

冷たい身体が、その感触が蘇る


「やめて、やめてや!いやぁああっ!」


連れて行かんで!

大事な、おばちゃん、もう、連れて行かんと

いてや!私に、返して?

平次に、返せ!


「和葉っ!」


耳を塞ぎ、しゃがみこもうとした私を、誰か

の力強い腕で引き上げられた


でも、それが怖くて、さらに沈み込む私を、

誰かがその腕からひったくったのを意識の混

濁する中で感じていた


「大丈夫よ、和葉ちゃん」

「え?」


誰かが、私を抱きしめていた

みんな出て行け、と言いながら、背中をずっ

とさすってくれていた人


怖くて涙も流せず、呼吸も苦しい私に、自分

の呼吸に合わせて息をしろ、と言うてくれた


「遠山、大丈夫?」

「…はい、すいませんでした」


座りなさい、と言われて、ソファに座らせら

れた私は、まともに座って居られずに、身体

をソファに沈み込ませた


どうにか呼吸の仕方を思い出して

どうにか目まぐるしく動く意識を現在へと

焦点をあわせようと努力した


部屋を出て行った榎本係長は、戻って来ると

私の手に暖かいお茶を握らせた


「貴方も、何か特別な記憶があるの?」

「え?」

「私はあるの、10年前に」


思わず、表情が固まったのを感じて

上手く笑えていない事は、自分が一番良くわ

かっていた


「子供を亡くしたの」


何も言えず、見つめる私に、スーツのポケッ

トから手帳を出して見せてくれた


「めっちゃ、可愛ええ…」

「そうでしょう?実物は、もっと可愛かった

のよ?」


零さんも、私も、力の限り、愛していた

大事な、大事な、小さな生命だと言った


「私なりに、愛してた

子育ては戦争みたいで、大変だったけど、そ

れでも喜びも、たくさんあったわ」


写真の中で、カメラに向かって笑っている子

供は、ホンマにめっちゃ愛らしかった


この生命が、この世に存在しないとは、とて

も思えないくらい、写真の中で笑う子供は、

生命力の塊みたいやった


育休明け直後だったの、と呟いた榎本係長

偶々、迎えの調整が失敗して、いつもよりも

遅くなってしまった、と


「保育園もね、迎えの対応やら何やらで、ち

ょうど、どたばたしていた時みたいなの」


隙をついて、園を抜け出してしまったらしい

子供は、迎えに来ない両親を探し求めて、道

路に出てしまったらしい


事故発生の連絡を受け、研修を途中で抜け出

し駆け付けた病院で、冷たい子供と対面した

と言う榎本係長


「朝、抱き締めた時はね、熱でもあるんじゃ

ないかって言うくらい、体温があったのに」


どんなに抱いても、温まらない小さな身体

どんなに呼んでも、目を覚まさない顔


「ママよ、空って、何度も言うんだけどね

ちっとも起きてもらえなかった」


柔らかな笑みは、とても悲しそうやった


こんなに愛らしい一人息子を亡くすやなんて

どれ程辛かったんやろうか、と思う


私は、調べる中で、降谷係長夫妻が一人息子

を亡くした事を知っていた


でも、情報として知ってただけで、それがど

れ程ツライ事で、苦しい事かって言う事まで

はちゃんと理解出来てへんかった


「スンマセン、辛い事、思い出させてしもう

たりして」

「ううん、いいの

誰かに話して、少しは楽になる事もあると、

私はそう、信じているから」


そう思えるようになるまで、10年もかかっ

てしまったわ、と微笑んだ


この人も、私と同じくらい、もしかしたら

それ以上の修羅の道を歩いて来たんやろう


愛する人との子供を失い

愛する人との生活を捨てて


それが、どれ程の苦悩を伴ったかを想像する

事しか出来んけど、それが、どれ程苦しかっ

たかは、少しは理解、出来ると思うた


私なんて、こんなにぐちゃぐちゃやのに、係

長は凛として頑張っている


まだまだやな、自分、と思うた


あの事件の名前を出されたくらいで、こんな

に動揺しとる場合やないで、と


「ありがとうございました、少し、楽になり

ました」

もう、大丈夫です、と言うと、それは良かっ

たと微笑んだ榎本係長は、優しい笑顔やった


「ただいまー」

「おかえりなさい」


誰も居らんと思うて帰って来た部屋には、め

ずらしく志保さんが居った


シャワーを浴びて、これから職場に戻ると言

う志保さんと、久しぶりにキッチンに一緒に

立って、食事をした


「どう、慣れた?」

「うん、でも、まぁ、一難去って、また一難

ってとこかな」

「そう」


その後は、最近全然行けていない買い物の話

だとか、好きなアーティストの話だとか、ご

く普通の女の子同士の会話を楽しんで、私は

これからまた研究所に戻ると言う志保さんを

見送った


お風呂に入って、志保さんが修正してくれた

例のプログラムを試そうと、自室で机に向か

いテストを始めた


いくつか、アドバイスをもらっていたので、

それに沿ってプログラムに修正をかけては、

テストを繰り返して見た


格段に精度が上がったのを実感する

自分の写真で試したが、90%の精度で調整

が出来ていた


年齢も、性別もバラバラにしてテストを繰り

返してみても、問題無く稼働した


「やった!!」


嬉しくなって、一番、試してみたかったある

人の写真をスキャンして取りこんで、試して

みた


(…え?どういう事なん???)


全身の、血の気が一気に引く思いがした

どうして、何で?どうしてこんな結果に??

もう一度、自分の写真や年代が同じくらいの

男の子の写真で試してみた


何度やり直しても、結果は同じや


平次が、失踪する直前に一緒に撮った写真か

ら、平次の顔を現在の年齢に合わせて、プロ

グラムを作動させ修正をかけてみた


それやのに、推定で表示された顔は、最近そ

の時間の多くを共に過ごしている人の顔にと

てもよう似てんねん


何遍やりかえしても、結果は同じ

鳥蓮英治 24歳に、とてもよう似た顔になん

ねん


英治はいつもメガネをかけていて、メガネ無

しの顔は見た事が無い

でも、確かめなアカンと思うた


翌朝、私は誰も登庁してへんやろと思うよう

な早朝に職場に向かい、自分の疑念を晴らそ

うとしたんやけど


誰も居らんはずの部屋には、英治が居た


何やら証拠物件と睨めっこしとって、私が室

内に入った事にも、気がつかん様子


メガネをしてへん英治の横顔をじっと見て、

確信した


声をかけると、酷く驚いた顔をして振り向い

たんや


(…間違いない、平次や)


混乱する頭を、爆発しそうな心臓を必死で堪

えて声にした


平次、アンタ、平次やろ、と

違う、と否定する英治を問い詰めた


絶対に、アンタは平次やって

何やら慌てた英治が、いきなり私に覆い被さ

るようにして、顔を寄せた


(…は?)


自分が、何をされとんのか、わからんかった

けど、自分のモノでは無い熱で唇を塞がれて

いる事は、頭の片隅で理解出来た


(アンタは、誰?

鳥蓮英治、アンタ、一体、何モノなん?)


茫然とする私は、暫くそのまま立ち尽くして

いたし、何故が英治も離れようとはせんかっ

たんや


それから暫く、当たり前やけど英治との間は

ぎくしゃくした


オマケに、アイツ、いきなりキスしといて、

アレは緊急避難的にしただけ、とか開き直ら

れてん


次々と発生する事件にてんてこまいな毎日で

英治の回答にキレてる時間もなくて、ただ時

間だけが過ぎていた


「英治は、絶対に平次だ」


本人に、何度も言うても、かわされるだけで

それ以上するなら、またキスをすると脅され


(一体、どんな脅しなん?)


私は困り果てていた


もし、私の予想通り英治が平次なら、話して

おかなアカン事が山のようにあんねん

一刻も早く


そうは思っても、中々2人になれる機会は無

くて、言い出すきっかけも、英治にかわされ

てしもうて


私は困惑しとった


でも、英治が平次なら、鳥蓮英治として生き

ていなくちゃアカン理由があったはず

そう思って、みんなの前では追求せんように

気を付けててん


(その理由、私には聴く権利、あると思うん

やけどな…)


困り果てた私は、ため息を吐くしかなかった


第2章後編へ、

to be continued