Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

7th heaven side B

You're all surrounded [第2章−後編]

2017.08.27 06:55

第2章 トラブル発生・後編


[3]

**2017年5月某日 ~降谷零の記憶**


出逢った時から、オレに反抗的だった鳥蓮

最初は気のせいかと思ったんだが、日を追う

ごとに酷くなって、

口答えはする、命令には背く、とにかくどん

どん状況は悪化して行ったのだ


「なぁ、オレ、鳥蓮のオンナを取ったとか、

騙したとか、そんな事してねぇよな?」

「知りませんよ!」


少なくとも、自分の知る範囲では無いとは思

いますが、と言う風見


憎しみと言うか、憎悪と言うか、激しい怒り

を秘めた瞳でオレを見る鳥蓮に、オレは疑問

を抱き始めていた


先日まで、風見に調べてもらった結果として

遠山についてはその素性と経歴、詳細につい

て把握していたオレ


遠山は特に反抗的なワケでも無く、オレに敵

意むき出しで対峙する鳥蓮を時にけっ飛ばし

ながらも従わせ、職務を全うしている


現在のところ、担当事案総てを短期間で解決

していて、遠山、鳥蓮コンビは、6係の工藤

毛利コンビを僅差でかわして検挙率No1を取

っていた


オレに言わせれば、6係の黒羽が本気を出し

て無いだけで、まだまだ本当の実力では無い

と思っているのだが


そんな中、事件が起きた


うちのチームで追いかけて来た殺人事件事案

その最重要容疑者が、国外脱出を企てている

様子との連絡があったのだ


そんな時、事件の目撃者が見つかって、面通

しをしたところ、確かにそいつが殺したと、

証言してくれたんだけど


正式に調書を取って、証言を依頼したところ

報復を恐れて、証言を拒否し始めたのだ


もうオレらには時間が無かった


これ以上、捜査に時間をかけている間に、奴

は高跳びして二度と捕まえられなくなってし

まうところまで、追い詰められていて


証人に、証言を迫ろうとしたオレを、鳥蓮が

猛抗議して妨害したのだ


おまけに、あの野郎、あの事件をオレに突き

付けたんだ


あの事件も、オマエが証言を強要してその結

果、証人が死んだんじゃないのか?

護り切れなかっただろう?と

出来ない約束をするな、と


「風見」

「はい」


鳥蓮を調べてくれ、養護学校で名前を変えた

とか、そう言う事はなかったのかとか、とに

かく、14歳以前の手掛かりになりそうな情

報を片っ端から集めて欲しい


ついでに、京都の京極家へ行って、奴を保護

した当時のいきさつとか、出来るだけ詳細に

調べて来てくれ

オレも、こっちで調べて見る


「わかりました

でも、オレも現在、冴島と沖田が追っている

事件のフォローで手一杯なんで、着手出来る

のは、数日後になりますが」

「構わない、オレは事前に根回しに回ってく

るから」

「了解です」


オレと風見の名前は、あの事件の調書などに

は一切出ていない


だから、あの事件がオレの事件だと知るモノ

はいないはずなのだ

風見や、梓とか、ごく限られた一部の人間以

外には


それを、アイツはさらりと言ってのけた


伝説の捜査官の武勇伝を知らない若手刑事は

潜りだとか何とか言っていたけれど、その声

には一切の迷いがなく、オレを糾弾した


(アイツは、絶対事件の何かを知っている)


何度も考えて、それを否定して来たけれど、

どうしても、疑念が拭えずに居た


アイツが記憶をなくした状態で京極家に保護

された年と、平次くんが失踪した年は重なる


人事記録からは、保護された詳しいいきさつ

やら時期を特定出来ず、その疑念を解消する

ためにも、と、風見を送り込む決意をした


もし、鳥蓮が、あの消えた少年だったら

オレには、必ずすべき事があるからだ

取り乱したオレを、ひっぱたいて目を覚まさ

せてくれた梓に、水筒を届けた


「バカ」

「すいません」


6係のソファに座り、デスクで仕事する梓と

話をした


「私が想像していたよりも、ずっと事は複雑

なのかもしれない」

「え?」

「遠山の事」


貴方も、見たでしょう?と言う梓の瞳は潤ん

でいた


零さんにもらった資料、全部読んだ、と言う

梓の声を聞きながら、水筒のコーヒーを口に

含んだ


「彼女にとって、あの事件は過去の事件じゃ

ないみたいね」


現在も尚、深く心に在るその事件を、恐らく

ひとりで真相を追い続けているのではないか

と言う梓


それは、オレも判っていた


僅か15歳だった遠山に、消せない傷を負わ

せて、10年過ぎた現在も、苦しめる原因の

一端を、オレは握っているのだ


あの事件は、遠山にとっての禁忌

誰にも触れて欲しくは無い事件、なのだろう


あの悲痛な叫びが、耳から離れない


そんな彼女を、オレと同じような表情で見て

いた鳥蓮の顔が過る


頭を振って、考えを無理やり止めて、別の話

を取りとめもなく続けたオレ

梓は端末に向かい、報告書を纏めながらオレ

の相手をしてくれていた


「モカ」

「え?」

「水筒の中身よ」


あぁ正解、梓には簡単過ぎたか、と言うと、

オレの方は見ないものの、その口元は笑って

いた


「おいしい」

「そう、なら頑張った甲斐があったかな」


生豆を焙煎してくれる店なんて、何年振りに

捜したかな、と自嘲するオレを、ちらり、と

梓が見た


オレと梓にとって、コーヒーや喫茶店は欠か

せないアイテムのひとつだ

お互いを初めて知るきっかけになったのも、

潜入捜査で知り合ったのだから


付き合い始めの頃は、あちこちの喫茶店を渡

り歩いたし、プロポーズしたのも、初めて梓

に懐妊を告げられたのも、喫茶店だったのだ


別れ話は当時の自宅でされたけれどな


「なぁ、梓」

「何?」


「食事でも行かないか?せっかくだし」

「せっかくが付か無いと、ダメなの?」

「え?」


いいの?と言うオレに、まぁお互いいつ暇に

なるかわからないけどね、と笑う梓


「じゃあ、良いところ、捜しておくよ」

「おいしいところがいいな」

高くなくても良いから、と言う声は、昔を彷

彿とさせる声だった


「ただいま戻りましたー!って、オレら、邪

魔ですかね」

「新一!」


戻って来たのは、工藤と毛利のペアだった


「こんばんは、ちょっと隣から出張中で、

風見から隠れてるから、内緒にしといて」

「良いですよ、なぁ、蘭」

「ええ」


2人は、先日解決した事件の後処理から戻っ

たところらしい


「そう言えば、7係の遠山と知り合いだって

言ってたわよね?毛利」

「和葉ちゃんですか?ええ、友人です!

新一も、そうよね」


「え?工藤も知り合いなのか?

工藤はてっきり、鳥蓮の友人かと」

「ええ、そうですよ

鳥蓮とは、学生時代、探偵やってた時にも何

度かかちあって、その後ゼロ係では、バディ

でしたが」


付き合いの長さ的には、和葉ちゃんの方が長

いんですよ、と笑う


「いつから?」

「私が、最初に和葉ちゃんと知り合いになっ

たのは、中学生の頃でした」


「「え?」」

オレと梓は、思わず声を上げた


「そんなに前から??」

オレより一足早く、気を取り直した梓が毛利

に尋ねた


「はい」

そう応えて微笑む毛利に、工藤が言った

何だか話が長くなりそうだから、オレ、お茶

でも淹れてくるよ、と


「一番最初に和葉ちゃんに逢ったのは、中学

1年の時でした」


当時から、空手の有段者として戦歴を残して

いたと言う毛利蘭


特別強化合宿で、中学1年の夏、大阪に滞在

していたらしい


「その時、和葉ちゃんは合気道の稽古で、

偶然、同じ宿舎に滞在していたんです」

「ちなみに、オレは観光って事で、その合

宿に無理矢理参加してました」


いたずらっぽい笑みを浮かべた工藤は、当時

まだ小学5年生だったと言うから驚きだ


「その時、宿舎でちょっとしたトラブルがあ

ったんです」


女子更衣室と浴室に、隠しカメラが仕掛けら

れていたらしく、それに気がついて犯人を捕

まえたのが、遠山だったらしい


「和葉ちゃん、犯人のヒントは幼なじみの子

から教えてもらった、って言ってたけど、本

当に、恰好良かったんですよ?」


抵抗する犯人を、投げ飛ばしたらしいのだ

それをきっかけに、話をするようになって、

1週間の滞在中に、すっかり仲良くなったと

言う


「オレも、お菓子やジュース貰ったりして

あ、後、本も貸してもらったりして、可愛が

ってもらいました」


屈託なく笑う工藤に、毛利はまぶしそうに目

を細めた


「東京に戻ってからも、頻繁にやりとりをす

るようになって、全国大会とか合宿とか良く

一緒になる事が多くて」


大阪の遠山家に泊まりに行った事もあると言

う毛利は、当時、遠山家には弟くんが居たは

ずだと言った


「弟?」

「ええ、えーっと、確か…そう、平次くんっ

て言ってた」


新一と同じ歳だったから、覚えていたんです

健康的な肌色をしていて、黒くて碧色に見え

る鋭い瞳が印象的な男の子でした、と


「…遠山に、弟は居ない」

「え?」

「だが、弟みたいに可愛がっていた相手なら

居たみたいだけど」

そうだっけ、と言う顔をする毛利


「だって、平次くんの部屋もありましたよ?

和葉ちゃんの家に」

「「「え??」」」


「だから、何か事情がある姉弟なのかなって

思って、特に追求しなかったんです」

私も良く新一と一緒に居ると、姉弟に間違わ

れて、面倒だから否定しないようにしていた

し、と


「オレは、和葉ちゃん単独としか逢った事が

無くて、その平次って子とは逢えずじまいだ

ったんだ」

工藤はそう言った

毛利が泊まりに行く時、一緒について行きた

かったが、林間学校とスケジュールが被り断

念したので、と


「本当は、逢いたかったんだ

和葉ちゃんから、探偵モノが大好きで、飛ん

で歩いて事件ばっかり追いたがる奴だって、

そう訊いていたから」

仲良くなれるかなって思って、と言う工藤


「それは、平次くんもそうだったみたいで、

新一を連れて来られなかったって言ったら、

とても淋しそうな顔、してたわ」


毛利の話だと、遠山の後ろを、ずっとついて

歩いていたと言う平次は、まるで小さな騎士

のようだったと言う


自分と遠山がおしゃべりに夢中な間は、少し

離れたところで本を読んだり音楽を聴いたり

遠山が眠ってしまうと、布団を持って来て掛

けてやったりと、甲斐甲斐しく世話をしてい

た、と


「和葉ちゃんと、連絡が取れなくなったのは

中学3年の春でした」


急に、それまで頻繁にあった連絡が途絶えた

と言う


「連絡があったのは、中学の卒業式の頃で」

3連覇がかかっていた、全国大会にも遠山は

欠場したらしく、全国大会で、改方学園の選

手を捕まえて事情を聴こうとした毛利は、ど

うやら遠山が何か家庭の事情で長期欠席をし

ているらしい、と訊いたと言う


「だから、和葉ちゃんが連絡くれるまではっ

て、私からの連絡は控えていたんです」


そして、連絡は来たらしい


連絡をずっと出来なくてごめんなさいと言う

遠山は、この後すぐに日本を出発すると言っ

ていたと


「留学すんねん、私」

そう言って旅立った彼女とは、それ以降はご

く普通の友人としての交流が復活したと


「でも、平次くんの事だけは私、聞けません

でした」


一度、話題に出した事があって、その時に、

遠山に言われたそうだ


事情があって、平次は里子に出されてしもう

たんやって

せやから、現在は、逢えないと言うと激しく

泣いたと言うのだ


梓は顔を顰めた


そう言わざるを得なかった遠山の気持ちを考

えると、梓としてはツライのだろう


大阪で起きたあの事件を、東京で暮らす毛利

が知らなかったのは無理がない


それに、あの事件は報道規制がかけられて、

失踪した一人息子の顔写真でさえ、公開はさ

れていなかったのだから


現在も、警察のデータベースでは、ロックが

掛けられて、閲覧制限がかかっている事案だ


本物の姉弟のように、仲が良くて、労りあい

寄り添う2人の姿を知っている自分としては

弟を養子に出さざるを得ない事情を飲み込む

しかなかった遠山の気持ちを考えると、辛く

なって、それ以上は訊けなかったと言う毛利


「もし、自分が新一と姉弟で、そうせざるを

得ないと考えたら、私には何も言えませんで

した、和葉ちゃんの哀しみがわかるから」


お互いに、大事に慈しみあって生活している

様子を、滞在している間、自分は一番近くで

見ていたから、と


「だから、現在も、和葉ちゃんとは色々な

話をしますが、今でも平次くんの事だけは、

触れないようにしています」


「そうか」

「でもさ、何か変じゃないか?」

そう口を挟んだのは工藤だった


「和葉ちゃん、英国に留学したんだろ?片

親とは言え、大阪のあのエリアって結構な

高級住宅街だぜ?」 


金銭的な事情で、弟を手放したとは思えな

いと言う工藤 


「英国への留学って、結構金がかかるって、

父さんが言ってたし」


工藤の両親は、ずっと英国暮らしらしい


「しかも、和葉ちゃん、飛び級までしてた英

国の大学を、途中で日本の大学へ編入してる

んだ」


思案顔の工藤に、梓が言った

家庭には、その家庭にしか理解出来ないよう

な事情があるのだ、と

だから、不用意に詮索してはならない、と


「工藤、遠山の事に、首は突っ込まないで

ね?彼女には、期待、してるんだから7係に

迷惑をかけちゃダメよ」

「そうよ、新一」


あぁ、わかってるよ、と言ったものの、工藤

は何か胸にひっかかるものを得た様子

オレは、工藤にあの事件を知られるのも、も

う時間の問題だと思った


風見は明日から大阪に飛ぶ予定

一応、表向きは、現在送検準備中の事案を掲

げて、一課長の許可は得た


大きな事案が無ければ、オレも、と言いたい

ところだが、現在、オレが出て行く程の理由

も見つからず、かと言って、休暇申請が許可

されるような状況でもなく


オレは、風見の調査結果を待つしかなかった

そんな時、梓にそのチャンスが回って来た


プロファイリングの技法を、後輩警官にレク

チャーするため、京都府警と大阪府警へ派遣

されると言うのだ

それぞれ、1日だけ、講師を務めて来ると


「で、何を調べて来たらいい?」


1日だけ、現地で動ける時間を捻出すると言

う梓に、自分の疑問点をぶつけてみた


風見と合流して、調べて見ると言う梓に、工

藤と毛利が追いかけている事件を、遠山と鳥

蓮を投入して、解決しとくから、よろしくと

頼み込んだ


「高くつくからね」

「すまない、忙しいのに」


「いいの、あれは、私の事件でもあるから」

そう言うと、梓は翌日から関西へと旅立って

行った


その直後、オレは衝撃的な場面に遭遇する


報告書を1本、書き忘れていた事を思い出し

早朝の庁舎に出社したオレは、室内で鳥蓮が

遠山にキスする場面に遭遇した


(あいつら、いつの間に????)


部屋に入りそびれて、休憩室で意味も無く、

新聞とか読んでしまったじゃないか


暫くすると、バタバタと走る音がして、遠山

が化粧室に掛け込んで行くのが見えた


(オレが遠慮してどうする?)


本来の目的を思い出して、部屋に入ると、何

くわぬ顔で鳥蓮は証拠物件を調べていた


ふと、違和感を覚えた

自分の脳内で、映像を巻き戻す


部屋に入ろうと、廊下を歩いている時、ガラ

ス張りの壁から、2人が見えた


何やら言った遠山に、急に鳥蓮が顔を寄せた

くそっ、今日に限ってウォークマンなんかし

てたから、遠山の声が聞こえなかった


しかも、遠山は出入り口に背を向けていたの

で、読唇術も使えなかったし


鳥蓮の動作は手慣れていたし、オレの見た範

囲では、遠山の方も拒絶はしてなかったよう

に見えた


付き合ってるのか?ただの、痴話喧嘩か?

ぐるぐるする頭を、何とかとめて、報告書を

纏める作業に没頭した


戻って来た遠山と、何事も無かったかのよう

な会話を続ける鳥蓮

後から現れた冴島や沖田とも、ごく普通に会

話をしているのを盗み見た


「何か?」

「いや、何も」


オレの視線に気付いたのか、不機嫌そうな声

で言う鳥蓮に、オレは違和感の正体に気がつ

いた


さっき、鳥蓮はメガネをしていなかったのだ


オレが目に出来たのは、遠山に顔を寄せるほ

んの一瞬だから、俯き、目を伏せ気味になっ

た顔だったけど


脳内で、顔を上げた場合の顔をイメージして

オレのある決意は固まった


[4]

**2017年5月某日 ~榎本梓の記憶**


零さんも、私も、新人育成に手を焼いた1ヶ

月が過ぎた


幸い、一足早く、うちのチームの方がどうに

か形になりつつあったけれど

零さんのチームは、とにかく、荒れていた


台風の目は、鳥蓮英治、その人だ


とにかく、何かにつけて零さんを目の敵にし

ているらしく、風見くんがよくぼやきに来る

ようになっていた


「また、今日も?」

「ええ、そうなんですよ

おかげで、降谷さん、絶好調で機嫌悪いし」


オレ、たまりませんよ、と泣きごとを言う

でも、私は知っている

彼はいつもそう言いながらも、零さんを尊敬

しているし、信じていると言う事を


だから、文句を言いながらも、結局、手伝っ

てくれるのだ


「大変ね、風見くんも」

「本当ですよ!最近、鳥蓮、オレに対しても

敵意むき出して、困ってるんですよ」


「あら、風見くんまで?」

「多分」


「多分?」

「はい、降谷さん程ではありませんけどね

棘は感じてますよ」


うーん、と笑った


「でも、話を聞く限り、鳥蓮は全体的にみん

なに対してそうなワケじゃないのね?」

「はい、冴島とか沖田とか、6係の工藤とか

毛利、黒羽とはそれなりに付き合ってるみた

いですね」


「相棒の遠山とはどうなの?」

「遠山の方が、遠慮会釈なく、どつき倒して

いるってところでしょうか」

「あはは、何なの、それ」


風見くんが教えてくれた

対立する2人の間に立って、喧嘩を抑えてい

るのは、遠山だと


そのすぐ後の事だった


いつものように、鳥蓮が零さんに喰ってかか

り、虫の居所が悪かったのか、零さんがまと

もに受けて立ってしまい、大騒動になった


止めに入っていた遠山が、鳥蓮が零さんにぶ

つけたある事件名で、パニックになったのだ


過呼吸とも思える症状を引き起こし、意識も

朦朧とした様子に、

私は全員を追い出して、遠山と2人になって

自分と息子の話をした


遠山の心の傷は、同じ思いをしたモノにしか

わからないと思ったから


零さんの資料を読んでいて、遠山が母親のよ

うに慕っていた人との別れに、どれ程傷つい

ているのかを、私には理解出来たから


調書にひっそりと書いてあったのだ

抱き締められない息子に代わって、自分が亡

骸を抱き締めた、と


愛する人を、その亡骸 を抱き締めた時のその

切なさや哀しみは、筆舌に尽くしがたいもの

がある


それを、大人だった私でさえ、現在でも苦し

いと言うのに、たった15歳だった遠山はど

れ程苦しかった事か


遠山は、自分の事は話してくれなかったけど

自分なりに気持ちの整理は出来たようで、部

屋を出て行く時は、落ち着きを取り戻してい

たけれど


胸に、時限爆弾を抱えているようだと思った


彼女にとって、あの事件はまだ生きている

決して、過去の事件などでは無い


だから、戻って来た男を叱りつけた

不用意に、あの事件の名前を彼女の前で曝け

出すなと


鳥蓮は、珍しく神妙な顔をしていた

パニックを起こした遠山に、腕を払われたそ

の時の、あの所在なげな顔を忘れられない


(零さんも同じような顔をしていた)


きっと彼は、責めているのだ

あの時と同じように、自分自身の事を


夜、水筒をぶら下げて私のチームの部屋にや

って来た零さん


仕事をしながら話をしていると、工藤と毛利

ペアが戻って来て、私たちが知らない話を教

えてくれた


毛利は、中学生の時の遠山と知り合いだった

と言うのだ


事件の前の彼女の顔も、事件の後の彼女の事

も知っていたけれど、あの事件の事は知らな

かった


夜勤の2人を残して、私は零さんと話をした

出張ついでに、私が調べてくる、と

 

猶予は1日しか無いけれど、出来る限りの事

はして来ようと、私はある人にアポを取った

翌日、既に先乗りしている風見くんと合流す

るために、私は急ぎ帰宅しようとして


「梓さん」

駐車場で、声を掛けられた


「あら、志保ちゃん」

宮野捜査一課長の実妹で、最年少で科捜研の

所長に就任した、天才科学者


同じ歳だと言う事で、宮野さんに紹介されて

からずっと仲良くさせてもらっている

そう言えば、彼女、遠山と同居中のはずだ


「少しだけ、時間、ある?」

「ええ、もう帰るだけだったし」


彼女に誘われて、私は科捜研に立ち寄る事に

して、彼女の執務室へと入った

 

「梓さんも、めちゃくちゃ忙しそうね」

ふふっと笑う顔は、お姉さんよりは少し幼さ

が残る笑顔だった


「ええ、それなりに」

「新人教育、苦労してるんでしょう?」

「ええ、それはもう」


ま、零さんのところ程では無いけどね、と言

うと、やっぱりそうか、と笑った


「そう言えば、一度訊いてみたかったんだけ

ど…」

遠山とは、昔からの知り合いだったのか、と

尋ねた


「いいえ、1、2年くらい前かな、お姉ちゃ

んが大阪に出向いて事件にあたってた頃があ

って、その時に、めちゃくちゃ良い子が居た

って、大喜びして帰って来た事があったの」


「大阪か」

「ええ、姉達は、土地勘も無くて色々苦戦し

たみたいなんだけど」


そんな時に、道案内から府警の刑事達との間

を繋いだりしてくれたのが、遠山だったらし

いと言う


「お姉ちゃんは無事、犯人を検挙して、帰っ

て来られたんだけど、あぁ言う刑事がもっと

たくさん居たらいいなぁって」


お姉ちゃんがそんなに手放しで喜ぶのは、と

ても珍しかったから、なんとなく名前は覚え

ていたんだけど

そう言うと、コーヒーに口をつけた志保ちゃ

んだった


宮野姉妹と私と零さんの付き合いは長い

10年前にはもう知り合いだった私たち


お互い忙しいから、頻繁に遊ぶのは無理だっ

たけど、おいしいお酒を飲みに行ったり、食

べに行ったり、買い物に行くなど、私と志保

ちゃんは年齢も同じだった事もあって、良く

一緒に遊んでいた


「梓さん、うちのお姉ちゃん、元気にしてる

のかな?」

「え?」


「家を出てからね、あんまり連絡が取れなく

て、ここ1ヶ月は音信不通なの」

「そうなの?

元気にバリバリ働いてるよ?

とは言え、私も毎日逢えているわけじゃ無い

んだけどね」


さすがに一課長ともなると、壮大な人数を束

ねて事件捜査の進捗も総て把握していなけれ

ばならず、飛び回っているので、プライベー

トな時間はあまり無いはずだ


元気だったら、それで良いんだけど、と言う

志保ちゃんは、少しだけ不安そうな顔をして

いた


その後は、久しぶりのガールズトークを少し

楽しんで、私は翌朝の出張に備え、志保ちゃ

んの城を後にした


翌朝、ふわぁ、と思わずあくびが出る


「お疲れですね、榎本係長」


くすくすと笑う風見くんを軽く殴って、私は

歩き始めた


5月だと言うのに、少し暑い

 

くらくらしそうな日差しの下、私は風見くん

の案内で、府警までの道を歩いていた

府警で、大滝本部長と対面した


「和葉ちゃん、元気にしてますか?」

「はい、活躍してますよ」

「そうですか、そうでしょう」


心底嬉しそうな顔をした


「遠山のおやっさんが生きてたら、どれだけ

喜んだか」


そう言うと、涙ぐんでいた


「遠山刑事のお父様は…」

「はい、元本部長で殉職された、遠山銀司郎

ですよ」


私に刑事のイロハから全部を教えてくれた


大事な人です、と言うと、壁を見上げた

壁にずらり、と並ぶ歴代の本部長の写真の中

で、すぐにわかった

雰囲気が、遠山に似ていたからだ


「良い男でしょう?男前だったんですよ?

外見も、中身もね」

「大滝本部長は、遠山家とは・・・」


「はい、家族ぐるみでの付き合いでした

せやから、ワシは、実はおやっさんよりも先

に、生まれたばかりの和葉ちゃん、抱っこし

たんですわ」


そう言うと、嬉しそうな顔をして、奥からア

ルバムを出して来た


刑事時代の大滝本部長と遠山元本部長が並び

笑顔で収まるその写真


ゴツい大滝本部長が、真っ白な小さな赤ちゃ

んを腕に抱いて、男泣きしている写真


その後も、可愛いい女の子は、至るところに

顔を出していて

遠山元本部長の、警察葬の様子もあった


遺影を抱える母親の後ろを、喪服姿の美しい

人に抱かれて、移動する幼い遠山の姿が在る


「和葉ちゃんを抱っこしとんのが、服部邸殺

人事件で犠牲になった静さんや」


この時、静さんの腹に居ったんが、平ちゃん

やねん


「「えっ!」」


言われて見れば、遠山を抱える事で隠してい

るようにも見えるけれど


「遠山のおやっさんも、平ちゃんの誕生を、

それはもう楽しみにしとってなぁ」

名前を付けたのは、遠山の父親だと言う


「あの、遠山家と服部家は、そんなに付き合

いが深かったんですか?」

「ええ、それはもう」


元々は、遠山の母親と、服部邸殺人事件で犠

牲になった服部静華が中学生の時に知り合い

親友になったところからスタートしているら

しい


「おやっさんは、中学生の時、京都から引越

して来て、奥さんに一目惚れやったって」


中学、高校、大学と、当時、静華が交際して

いた相手も含め、4人で仲が良かったらしい


静華の服部家は、名家で、代々華麗な経歴を

築いた一族だったらしいが、静華の両親が相

次いで亡くなり、静華自身に奇禍が降りかか

る頃には、もう誰も居ない状況になったとか


「遠山家は、おやっさんが実家と縁を切り、

結婚するにあたり、手切れ金として受けた資

本を元に、服部邸の隣を買い取ったんや」


遠山家は、京都では名の知られた商家で、現

在もかなり手広く商売をしていて、老舗の店

舗から、時代にあわせた流行の店まで、どこ

かで耳にしたような店名ばかりだった


「おやっさん、実家の勧める縁談を、蹴って

しもうたんや」


オマケに、家業も継がないと言うので、説得

を諦めた両親が、生前贈与として金で縁を切

り捨てたのだと言う


「おやっさんが亡くなった後、一人娘の和葉

ちゃんを巡って、何度か騒ぎもあったんや」


誘拐紛いの手口で連れ去られた事もあるらし

いが、ずっと子供が出来なかった長男夫婦に

子供が誕生すると、パタリと止んだらしい 

酷い話だと思った


「あの、ところで平次くんは?」

「わからんのです」


遠山氏は、知っていたらしいが、最後まで口

を閉ざしたし、静華さんも、誰にも公表せず

ひとりで産んだらしい

どちらも現在は鬼籍の人だ


「和美さん、あ、和葉ちゃんの母で、現在の

科捜研所長なんですけど、彼女は、ホンマに

知らんらしいんですわ」


ただ、親友が恋愛に悩み苦しんでいたのは、

知っていたが、最後まで、教えてはもらえん

かった、と言うてて、と


「そうですか」


その後も、時間いっぱい、大滝本部長は色々

な話を惜しみなくしてくれた


風見くんと礼を述べて退出しようとした私に

言った


府警にとって、ワシにとって、和葉ちゃんは

宝物であり、絶対に、幸せにせなアカン娘や

くれぐれも、大切に育ててください、と


もし、東京でもうええ、言う時は、必ず帰し

て下さい、と


「わかりました

遠山刑事の上司にも、必ず伝えます」


風見くんは、思いがけず知り得た情報を整理

して、先に遠山家の本家周辺を探りに京都に

向かうと言うので、私は単独でアポを取って

いた方の元へ向かう事となった


「初めまして、遠山です」


穏やかな笑みを湛えた、凛とした佇まいに、

娘の姿が自然と重なる


「初めまして、榎本と申します

降谷の代理で伺わせていただきました」


非公式での面会を叶えられたのは、私がある

事件で知り合いになった毛利蘭の実母である

法曹界のクイーンのコネを使ったからだ


ダメ元での依頼を、快く引き受けてくれた


それも、本来の出張の目的であるプロファイ

ルの講習会の方にも、スタッフと共に参加し

てくれると言うのだ


手土産をとても喜んでくれて、それを選んだ

のは零さんだと言うと、あら、と笑顔を見せ

てくれた


「昔からそうなんです」

私は、零さんほど上手に選べない


「実は私もそうなの」

娘に最後に贈ったの、何だと思います?と

ハンカチとかですか?と尋ねた私に、返って

来た返事は


簡易鑑定キット一式、だった


「15歳の女の子に贈るものじゃ無いですよ

ねぇ」


しかもそれ、お誕生日とクリスマスと込みだ

ったんですよ?と


「もしかして、それって、この位の小さな銀

色のジュラルミンケースじゃ?」

「ええ、そうそう!」


「大事に今でも使ってるみたいですよ?私、

部屋に置いてあるの、見ましたから

中身はわからないですけど」


あら、と言うと、柔らかな笑みを浮かべた


「娘には、散々、怒られたんですよ?

もうちょっと、何か無いのって」


私はダメな母親やなあ、と思います

26歳の娘に、たった15回しか贈り物、あ

げられなかったんやもん


「そんな事言われたら、私なんて片手にも

満たないですよ?」


ごめんなさいね、と言う彼女は、どうやら私

と零さんのかなりの事を知っている様子


一人娘と離れて暮らし続けるその本当の理由

については、語られることは無かったが、

生前の服部静華元科捜研所長との思い出は、

たくさん語って貰う事が出来た


それは、私の想像を遥かに超える、遠山家

と服部家の強い絆に繋がって行く話になっ

たのだ


第3章へ、

to be continued