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超人ザオタル(48)在るということ

2021.12.29 00:33

私はここにいる。

あの瞑想のときと同じ感覚だ。

つまり、私は見ている者になっていたのだ。

だが、そこには身体もあれば心もある。


身体と心は自分というよりは世界の一部になっていた。

それらは世界なのだ。

それらは私が見ているものに過ぎない。

明らかに自分自身ではない。


心の奥から強い力で引っ張られる感覚があった。

目を閉じれば、そこに落ちていく気がした。

それに抵抗する理由もなかった。

私は目を閉じた。


瞑想のときと同じように心の深いところで止まった。

完全に静止している世界。

私が目覚めた場所。

そして身体や心、世界もが目覚めた場所。


何の境界もなく、特定の何かがあるわけでもない。

誰かがそこにいるというわけでもない。

だが、誰もいないわけでもないのだ。

それは認識できる知性といえるものだろうか。


無理やり言葉をひねり出すなら、それは存在としかいいようがないもの。

すべてはこの存在なのだ。

その存在を土台として世界は現れている。

存在は誰でもないため、誰にでもなれるのだ。


何かがつかめそうな気がしてきた。

それは、そういうことなのかという気づき自身。

私は誰なのか。

それはこの存在なのだ。


この宇宙のたったひとつの母胎である存在。

すべてがここを発祥としている。

それは心の奥底でいまも息づいている。

存在でつくられた世界。


存在でつくられた身体と心。

私は誰かという疑問はここに帰結する。

私はその存在であることに同化した。

そしてそのままそれであることに浸った。


それ以上の自分など考えられなかった。

それは身体や心よりも明白で現実だったのだ。

姿形がないことにとらわれるべきではなかった。

私の自分という重心が存在へと傾いていった。


そして私のすべてがそこに転移した。

そこではいままでの自分が失われるどころか、より明確になった。

自分に目覚めるとはこういうことなのかと思った。

空っぽだった壺の中に透明な水が一気に流れ込んできた気がした。


私は存在で満たされて、それ以外になることなどできなかった。

そのとき、この領域が切り替わる感覚がやってきた。

気づくと私はあの岩山に座っていた。

そして隣にアムシャの存在を感じた。


「ここまで来られるとは正直思わなかったよ、ザオタル。

ここからは私がいなくても大丈夫だろう。

自分自身で道を切り開いていくのだ。

ここから先はさらに細く険しい道になるが。


確かな拠り所を足場にしているおまえなら進んでいける。

ほんとうに、よくここまで来た」

アムシャは感慨深そうにそう言った。

私は草原を眺めながらその声だけを聞いていた。