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富士の高嶺から見渡せば

「佐渡金山」で働いた韓国人が強制労働だという証拠はあるのか①

2021.12.30 14:37

<資源略奪と強制徴用の現場だというソウル近郊の鉱山>

韓国ソウルの西隣り、京畿道光明市に「光明洞窟」という、かつて金や銀、亜鉛などを採掘した鉱山跡があり、いま「世界初の洞窟芸術の殿堂」と銘打って観光地として売り出している。かつての坑道をLED照明のイルミネーションで飾り立てて遊歩道として整備し、坑内には水族館、レーザーショーやコンサートの会場、ワインの販売所などがある。

もともとは「始興(シフン)鉱山」(かつての地名は「始興郡」)として1912年に小林藤右衛門という日本人の手で開発が始まり、1918年から1945年までは「飯田始興鉱山」の名前で飯田延太郎・久一郎の一族が経営したという。

坑道の全長は7.8キロでそのうち2キロが公開されているが、その坑道をたどって一通り見学した最後のところで、鉱山の歴史を紹介するコーナーがあり、「日帝強占期」(=日本統治時代)には、現地の人が強制労働に従事させられたという説明とともに、棍棒を振り上げた警官らしき人物が上半身裸の労働者を追い立てるような蝋人形のパノラマが展示されていた。「洞窟芸術の殿堂」というからアートの世界でも堪能できるのかと思って坑道を辿ってきた最後に、いきなり鬼気迫る暗い場面を見せつけられ、騙された思いに突き落とされた。何のことはない、結局は、日本の「植民地支配」とやらを糾弾し、反日を煽るためのプロパガンダ施設だったのである。

入るときは気がつかなかったが、洞窟の入り口にあった中国語の看板の説明文にも「光明洞窟は日帝強占期の資源略奪と“強征”(強制徴用)の現場」と書かれていた。実は、「佐渡の金山」をユネスコの世界文化遺産へ登録する候補に選んだという日本の文化審議会の決定に、韓国外交部の報道官が「佐渡金山は韓国人強制労働者の被害現場だ」として「決定を直ちに撤回せよ」と傲慢にも言い放つのを聞いて、かつて「光明洞窟」を見学して抱いた違和感を思い出した。

光明洞窟のもとを作った「始興鉱山」は個人が経営する私企業であり、私企業として最大利益を追求するために、自らの専門知識や技術を活用し、時局が求める需要に応じて、必要とする鉱物資源を必要なところに供給していたのである。そのなかで、自らの意思で働くのでもなく、専門技能も持たない無能な労働者を無理やり働かせ、棍棒で追い立て、それを監視・監督する人間を別途雇うことに、経済的合理性がないことは経営者なら十分に分かっていたはずだ。なにより鉱山の採掘・採鉱のためには、熟練した採掘・採鉱技能や安全のための知識・技術が必要であり、何も知らない人間をいきなり無理やり働かせても効率的な採鉱などできない。それは日本で働いた朝鮮半島出身の炭鉱労働者を写した集団写真からも分かる。まず身だしなみの制服、それにヘルメットやランプなど装備からして訓練を受けた人でなければ務まらない仕事だったことが分かる。

当ブログ「うそをウソと認めない嘘まみれの韓国」の写真参照

鉱山で働く人たちも、生活に必要な金を得るために、きつくて危険の多い労働かもしれないが賃金が高い鉱山に自らの意思で来たのであって、無理やり働かされて嫌だと思ったのなら、最初から拒否したり、途中で職場を放棄することだって可能なはずだった。

因みに戦時徴用が朝鮮半島で行われたのは1944年9月から半年程度に過ぎない。それでも「始興鉱山」で強制労働や徴用があったというのなら、戦後、当事者たちの証言を集めたり、被害者団体を組織するなどして、声を上げればよかったものを、そんな話は聞いたこともない。「始興鉱山」は戦後、米軍の管理に移ったあと、1950~52年の朝鮮戦争中には住民の避難所(シェルター)として使われたあと、韓国側に引き渡され、1972年8月に「大洪水」(出水事故か?この地域で一番標高の高い山の坑道で洪水被害があるとは考えられない)で鉱石かすが流出して環境汚染を引き起こしたことで廃坑となるまで、採掘が行われた。

そして、ここで面白い?のは、1961年から1962年にかけて始興鉱山で起きた労働争議は、光明地域初の労働運動と言われ、始興鉱山は「労働運動発祥の地」とされていることである。

2021~22韓国観光100選・光明洞窟「洞窟開発ストーリー」より

日本統治時代にはなかった労働争議が、戦後1960年代初めになって発生したと言うことは、日本統治時代より、韓国人の経営になった戦後のほうが、労働環境は劣悪だったということにはならないか?

<佐渡の金山に強制労働の証拠はあるのか>

韓国外交部の報道官が「韓国人強制労働の被害現場」だと称した『佐渡の金山』の場合、その韓国人労働者の実際の状況はどうだったのか、見てみよう。

大正時代から佐渡鉱山の経営に従事した三菱鉱業株式会社(現在の三菱マテリアル)の佐渡鉱山所では、1940年2月から1942年3月までに、1005人の朝鮮人労働者を募集によって集めたという記録が残っているという。この期間は、戦時徴用は始まっておらず「募集工」だった。自らの意思で応募した人に「強制」があったはずがない。

そして、彼らのうち10人が病気や事故で亡くなり、逃走した者が148人いたという。韓国のメディアはこれをもって「過酷な労働を強制された証拠」だと書くが、15%もの労働者が逃亡できたということは、監視や脱走を防ぐ措置などはとっておらず、まして佐渡は絶海の孤島で、港の船着き場さえ見張っていれば脱走者はすぐに確保できたがはずだが、それさえしなかったということは、最初から去る者は追わず、という姿勢だったのではないか。さらに問題を起して「不良送還」になった者が25人いたという。無理やり「強制連行」してきた者を、不良行為ごときで「強制送還」することなどあり得るのか?

Korea World Times12/25 青山誠「韓国 江戸幕府も佐渡金山「戦犯企業」? 15%脱走200円の高給」

日本の団体「強制動員真相究明ネットワーク」によると、新潟労働基準局が1950年10月に作成した文書に、1949年2月25日に1140人に対する未払い賃金として23万1059円59銭が供託されたことが記録されているという。

中央日報12/28「軍艦島に続きまた…日本「朝鮮人強制労働」の佐渡鉱山の世界文化遺産登録を推進」

しかし、この記録は、日本企業側が朝鮮半島出身労働者に対して、未払い賃金を支払う姿勢を最後まで持ち続けていたことを示す証拠でもある。強制連行で苦労して連れてきたのに途中で勝手に逃げた労働者の面倒など見る必要がないと考えるのが普通だが、日本の企業は法律が定める補償と手続きに従っていた。このどこに戦争犯罪を行ったと糾弾し、「戦犯企業」だと称すべき理由があるというのか?韓国政府と韓国メディア、そして「強制動員真相究明ネットワーク」は、佐渡で働いた朝鮮半島出身者が「強制労働」であったという証拠をまず示すべきだ。

<日本が関わった台湾の金鉱山には「徴用」問題はなかった>

ところで、日本が関わった鉱山が今、観光地と活用され、世界遺産に登録しようという動きは、実は台湾にもある。台湾北部・新竹市にある金爪石(きんかせき)鉱山だ。

1895年下関条約で台湾併合が決まった翌年から、金鉱山としての開発が始まり、かつては東北アジア第一の金山として栄えたという。当時の精錬施設、地下坑道、鉱山事務所、日本人宿舎など建造物がそのままの形で残っている。重要な近代化遺産としての金爪石鉱山は、2000年代から地域全体がエコ・ミュージアムとして保護・再利用され、鉱山施設や黄金博物館などの施設と日本統治時代の建物からなる「金瓜石黄金博物園区」として整備され、現在、台湾で最も多くの来訪者を集める博物館施設となっているという。また近くの瑞芳鉱山は、一般的に「九份」と呼ばれ、1990年代以降、映画「非情城市」(1989年)の舞台として注目され、外国人を含む多くの観光客で賑わう観光地となっている。

金爪石鉱山や瑞芳鉱山(九份)では、1942年にシンガポールで捕虜になった英国兵や台北刑務所の服役囚が労働に従事させられることはあったが、一般の台湾人労働者の強制労働があったという話は聞いたことがなく、補償問題が残っているという話も聞いたことがない。

因みに、佐渡金山は1962年に観光坑道(宗太夫坑)を公開し、1970年に「史跡佐渡金山」を開園した。その間、1967年に「佐渡金山遺跡」として国の史跡に指定され、2007年には経産省近代化産業遺産に認定され、2015年に国の重要文化的景観(『佐渡相川の鉱山及び鉱山町の文化的景観』)に選定されている。佐渡の鉱産物が江戸時代から世界的に流通し、日本の近代化に果たした役割は正当に評価されるべきだ。

科研費助成事業研究成果報告書「東アジアにおける文化遺産としての鉱山景観のマネジメント」研究代表者、波多野想・琉球大学国際地域創造学部教授、2018年6月

韓国は日本の古墳時代にあたる「三国時代」、鉄器を大量生産した加耶や精巧・緻密な金細工の王冠や首飾り・耳飾りを製作した新羅・百済など、金や鉄の豊かな鉱物資源や加工技術で知られた。しかし、朝鮮王朝末期、皇帝高宗の時代には自国民の鉱山開発は禁止する一方で、諸外国の企業に鉱山の採掘権を切り売りし、その金を王室の予算に使っていた。朝鮮半島の鉱物資源の分布を全土で調査し、自らの資金と技術を投入して鉱山開発を進め、のちの重工業の発展につながる基礎を築いたのは日本である。韓国も、自国の産業近代化の過程を客観的に見つめ、日本が果たした役割を正当に評価してみてはいかがか。佐渡金山や台湾の金爪石鉱山の世界遺産登録は、それを考える良い機会になるはずだ。