言葉。
言葉はすごく、大きな力をもっている。
文を読むことが好きだから、
なんとなくそれを実感してきた。
小説を読むときは、
内容よりも文を読んだときの、
音の感じや流れ、リズムとやわらかさ、
そういう肌触りみたいなものが、
しっくりくる文が好きで。
自分も文を書くときは、
読みながら書き、
そのとき、
なるべくそのままの手触りを再現できてるか、
嘘がないか、
かっこつけすぎてないか、
むやみに人を害することはないか、
言いたいことを伝えるには多過ぎないか、
なんかかんかを、
問うている。
(よっしゃ!と思うときは、あんまりない)
無意識のうちにそうやって書いているので、
文の書き方も、
きっと人それぞれ違うんだろうなー、
なんて思う。
最近そこに、
「音」への注目がさらに加わって。
言葉は音をもっていて、
発音が違うと意味が変わってしまうように、
音自体も、言葉そのもので、
そこに、言葉のパワーがあるんだろうな、と。
マントラを練習すると、
体がすごく反応するので、
そんな風に感じたりする。
耳障りな言葉、というのも、
その言葉や内容以上に、
その音にある気がする。
もともと、
人にダメージを与えようとして言葉を使うのが、
すごく怖かったけど、
今はさらに、気持ち悪くて、できなくなってきた。
もちろんわたしの心や頭にも、
悪のカタマリはポコポコとよく浮かんでくる。
だから、言いたいことは言うし、怒ったりもするけど、
重いエネルギーを音にのせたくないなって思ってる。
もしのせてしまっても、
その気持ちの悪さを、自覚していたい。
みえこ、それ、ゲロゲロだよ!ってね。
反転して…
もし自分の話す声が、言葉が、
気持ちいいものだったら。
四六時中、頭に響かせて聞いている音だから、
やっぱりいいものだったらいいな、と思う。
できれば自然の音みたいに。
呼吸と言葉がひとつになったら、
そんな風になれるかな。
baobabの曲は、
わたしにとって、それに近いかも。
人の声だけど、自然の音みたい。