華麗なる女性のプロフェッショナル
私たちは銀座の超高級クラブの重厚な扉を開いた。空気がさっと変わり、光景も変わった。彼の人気はここでもすさまじく妖艶な上昇気流にのってホステスさんたちがパーッと駆け参じた。あっぱれである。
このクラスになると、ホステスさんは皆、品のある美形でスタイルもいい。纏っているものも贅沢な生地を使った和服やドレスでセンスよくきまっている。右を向いても左を向いても美女ばかりである。
人を診ることを生業としている私はさらに美女を観察する。
お化粧がロースキンでなまめかしく、艶っぽさがかえってよくわかる。小物づかいも引きで見たときにバランスがよくみえるようにと計算し尽くされている。見せるエロさではなく受け手が感じる色気、エロさとエレガンスの微妙な差異を漂わせる超上級テクニックを使っている。
彼女たちは自分がどう見えるかではなく、自分がどう見えたら人が喜んでくれるかを体得している。かくして似合うものを選ぶのではなく、美人に見えるで決めているのである。これぞ女性のプロフェッショナルではなかろうか。
相手のいない美容なんて存在しないし、キレイとか美しいという評価は人にゆだねるものである。このルールを破って身だしなみをしている人に世間の風は冷たい。
案内されたテーブルにはすでに見知らぬ男性が二人いた。彼は私とのスキャンダルを恐れてか(そう思いたい)、知り合いにも声をかけていたようだ。
「初めまして、″美人過ぎる講師″の森岡恵美子です」と名乗ったが、あまりウケなかった。
いけない、慣れない異空間の雰囲気にのまれて調子がイマイチだわ。
「いらしゃいませ」私の前に一人のホステスさんが現れた。
う、う、美しい、、、もう吸い込まれそう。
普通の女性はとうてい望むべくもない真っ白な肌、黒目たっぷりな切れ長の瞳、砂時計のように細いウエスト。この世のものとは思えない美しさ。まるでスミレの妖精さんのようだ。そして話は楽しいし、何より性格がとてもいいのがすぐ分かった。私は素直に感動し、お気に入りと決めこんだのである。
女性のプロフェッショナルというのはこういうことを言うんだなあと思った。美意識、心構えが普通の女性とまるで違うからだ。
醒めた鋭い信頼できる眼配りに、自分の吐く息がわずかでもかぐわしいようにという心遣い。
そもそもホステスさんというのは、どんな特上クラスの男性でも10年来の親友のように息を合わせられる針のように鋭い感性と、人の心に深く潜んでいる願いや望みの芽に水をあたえ花を咲かせる知性を修行の積み重ねで身につけている。しかもここは超高級クラブである。ものすごいホンモノのお手並みをまのあたりにした私は、プロとはこんなにも違うものかと驚嘆したものだ。
視覚でも瞬く間に人を恍惚とさせる。女性のプロは自然に振舞っていても、後ろ姿や斜め方向からのラインに全力を尽くす。
人の視線を正面から受け止めることしか考えていない普通の女性は前髪やリップの色を努力する。つまり鏡の前だけでキレイをつくろうとする。けれども人の視線というのは、絶対に正攻法ではないのだ。これを心得ている女性と、そうでない人では自分に関してやがて大きな差が出てくるはずだ。
「どうしたらそんなにキレイでいられるんですか」と100点満点のことを言ってくれるスミレさん。
オホッホホと笑ったりする私。
「そう、ほんとにそう思う?」もう一度言ってもらいたくて私は再び話をそっちの方へ持っていく。
「もちろんです、フォルムがお美しいです」スミレさんは事もなげに100点越えしてきた。
そうよ、私がいちばん欲しかったのは、この言葉だったんだわ。
私はディテールを誉められても反応しない。なぜなら髪がキレイだとか、脚がキレイだというのはそのディテールが生まれつき丈夫なだけだという答えを私は知っているからである。美しい女性とは総合芸術で完成されるものである。たったひとつのディテールが元気なさまに″美"という表現を用いるのはあまりにも大雑把ではなかろうか。
私は喜びのあまり顔がほころんだ。
この喜びを見逃さない女性のプロたち。スミレさんと一緒に目が潤むぐらい熱心に私をみつめて称賛の嵐を起こした。
もう、私の中の点数は上がるばかりだ。
のせられ上手な私は美女たちからの称賛をしみじみと感じながら、パウダールームへと足を運んだ。
超高級クラブだから他のテーブルのお客さんもお酒の飲み方がスマートである。その中をひらひらと美女たちが立ったり座ったりしている。
パウダールームの鏡の向こうを見つめて私は思う。
なんだろう、、、。女としての実力を着々とつけている、っていう感じがする。
このまますっとぼけて、他のテーブルの輪に美女のふりをしてまぎれ込んでも(割り込んでも)分からないのではないかしら。
図々しいを通り越して厚かましいことを考えながら私はパウダールームの扉を開けた。
ここで決定的なことが起きる。私は息が止まりそうなぐらい驚いた。
地球上にこれほど私好みの男性がいただろうか!と私は心の中で叫んだ。
おしぼりを渡してくれたボーイさんの顔をみて私は動けなくなる。
人生の岐路に立たされた私は自分に問うた。
「運命を信じるほうだ」・・・「イエス」
「もののはずみがある人生は素敵だと思う」・・・「イエス」
「男と女は何があってもおかしくないと思う」・・・「イエス」
私決めたわ。今年の目標、彼と恋に落ちるわ!再び私は心の中で叫んだ。
が、ハイライトはなおも続く。そしたらなんということであろうか。さきほどの彼が再び私の目の前に立っているではないか!
「お客様、お席までご案内いたします」と彼は私を席まで事務的に誘導したらさっさと居なくなった。
なんでも薄暗い店内のことで白々とした間接照明の灯りの下、ブツブツと独りごとを言っている私の様子がモノに憑りつかれたとしか思えないほど不気味だったので、一刻も早く席に連れ戻すようにと連れがお店の人に頼んだとのことだった。
このことは私たちのテーブルで爆笑につぐ爆笑だった。今日いちの盛り上がりをみせた。
しかし私の気は晴れない。が、ひとついいことがあった。なんとスミレ様と連絡先を交換したのである。
出会いが次の約束をつくる夜遊びってなんて楽しいのだろう。
ともあれ、華やかな夜はすぎていく。