その店の70%は運営に失敗して廃業する。創業費用はそのまま負債となる。「どこを見てもチキン屋だけ」という自営業の現実は、韓国経済、中産層の崩壊の雷管(発火装置)である。(3)
『韓国、ウソの代償』
沈みゆく隣人と日本の選択 すべての俗論を斬る!
高橋洋一 扶桑社 2019/9/1
<国交を断絶せずヒト・モノ・カネで対応せよ>
・韓国に対しては断交などせず、ヒト・モノ・カネによる対応で交渉をしていくのが手っ取り早い。
その中でも「韓国に投資したら危ない」という韓国のカントリーリスクを喧伝するのが早いし、それが日本の経済界の感覚にも合うしいちばん簡単だ。
制裁処置の乱発は、やはり誤爆が最も怖い。何も関係ない人を巻き込んではいけないから、スムーズにはできない。
対象国から資本を引き揚げるというのは、外交交渉ではよくあるパターンだ。
韓国への投資は届け出制になっているはずだが、一般には金融機関が韓国の債権を持つ。その債権にはリスクウェイトというものがあり、危険な国ほど金融機関は引当金を積んで投資するという制度がある。
リスクウェイトが高まれば、引当金をたくさん積まないといけない。だから当然、それが金融機関にとってコスト要因になる。
要するに、金融庁が金融機関に対して韓国への投資の際は引当金をたくさん積めと指示するのが、制裁としては最も簡単なのだ。これは法律改正なしですぐにもできる。
・日本が韓国への投資リスクウェイトを高めたという話が各国に知れ渡れば、海外の金融機関も同じような目にあうまいとして、海外資本がどんどん韓国から出ていくだろう。韓国は外資が入らないと経済的に厳しい国だから、IMF通貨危機のときのようになる。1997年も、外資が韓国から引き揚げたから経済危機に陥ったのだ。
ウォン安もその兆候として出てくる。今の韓国のウォン安は、文政権の負の側面がある。
・逆に米国から中国に対する輸出品は、あまり代用性がないから価格が上がっている。そこだけを見れば、米中貿易戦争は米国の勝ちだ。文政権は中国へシフトしたのが裏目に出てしまっている。
日本と米国は輸入依存度が昔から例外的に低い。中国は今でこそ貿易依存度は低いが、昔は高かった。
日本は貿易立国ではなく、国内経済が中心だから内需型だ。人口が多い国はそうなりやすい。
しかし日本の教育では、なぜか貿易立国だから世界を重視しましょう。国際協調しましょう、他国と仲良くしましょうと教えられ、国連主義のパターンになる。こういうのは社会科の先生が好きだ。
筆者は昔から先生の話を聞かなかったから、こういう論調にはだまされない。
貿易依存度が高ければ、GDP構成比率も高い。韓国は約70%あるから、貿易収支がGDPに連動する。
<国際機関には一国を縛りつける権限はない>
・カネの話でいけば、日本国内の関税法で韓国に制裁を加えることも可能だ。WTOの許可などは必要ない。
実は、国際機関には一国を縛りつける権限はない。
・国際機関なんてものは親睦会に近い。なぜみんなそこに期待するのかわからない。
日本でも業界団体に入っていたほうが、いざというとき便利だと思っている人もいるようだが、一社で物申すよりはましというレベルにすぎない。
<米韓FTAで問われる自動車輸入>
・FTAには「投資家対国家間の紛争解決条項」(ISDS条項)というものがある。これは二国間・多国間における企業と政府との紛争解決の方法を定めた条項だ。米国が他国と結ぶFTAでは、この条項を使って米企業が相手国に巨額の賠償を求める事例が多発したともいわれている。しかし実際には、米国企業の勝率は約26%となっており、無敗というわけではないようだ。
<「為替条項」を拒否するのは韓国にやましいことがあるから?>
・米韓FTAを見直すにあたっては「為替条項」の導入が焦点となった。為替条項とは、各国が輸出競争力を高めるために、為替介入などで通貨安誘導を図るのを防ぐ取り決めのことだ。
もともと、トランプ政権の狙いとしては、米韓FTA交渉で強制力のある為替条項を導入し、アジア諸国などとの通商交渉のひな型にする狙いがあったのかもしれない。
結局、米国が目指す強制力のある「為替条項」を協定に盛り込むことは見送られたが、トランプ大統領は、この為替条項を強制力のない「付帯協定」として押し込んでいる。
<韓国経済は日本と中国の「サンドイッチ」>
・財閥に依存する韓国経済だが、以前から韓国経済は「サンドイッチ現象」だと言われてきた。「価格では中国に勝てず、技術では日本に勝てない」という意味で、サンドイッチになっているというわけだ。
日本では小泉純一郎政権時代に不十分ながら金融緩和をした結果、円は他の通貨に対して相対的に円安になった。これが福田康夫政権以降、日銀のいいなりで金融引き締めに転じて円高傾向になった。それをさらに加速させたのが、民主党政権だ。
そのため、韓国ウォンは日本円に対してウォン安になった。これによって韓国は、日本製品と比べて技術はいまいちでも価格競争力で優位に立ったのだ。
・韓国ウォン安は中国人民元に対しても同様だったため、中国製品に対しても価格競争力の差が以前ほどではなくなった。こうして韓国のサンドイッチ現象は、日本の金融引き締めという無策のために、逆に韓国経済の後押しになったのだ。
そこにアベノミクスが登場した。韓国もアベノミクスの本質が金融緩和にあり、それがもたらす円安効果を見抜いていたと思われる。
そのためか、筆者のところに韓国の在日大使館、在日マスコミなどから多くの取材がきた。その際、アベノミクスになれば韓国経済はそれまでの優位性を失うという趣旨の話をしてきた。
・韓国経済と日本経済はかなり似た産業構造で、ともに原材料に技術などで付加価値を高めている。そのため、日本の経済政策の巧拙が韓国経済にもろに反映しがちだ。日本がうまくいけば、韓国は劣勢になるという意味で、アベノミクスがまともに機能する限り韓国経済はかなり苦しいはずだ。
・経済がうまくいかないと悪循環が生じるが、韓国経済にとってはむしろ韓国企業の「ゾンビ企業化」が気がかりだ。破綻した韓進海運がその典型で、韓国企業は多くの負債を抱え、利益が出ても借金の利息が払えない企業が続出した。
日本でもバブル崩壊などで経済が落ち込むと、すぐに不良債権が問題になったのと似ている。
韓国経済の足かせは、日本のアベノミクスだけではない。中国経済が低成長期に入り、もはや立ちゆかなくなっているのだ。中国経済の低迷は、サンドイッチのもう片方である価格の安さをさらに引き下げる。これが韓国経済の足かせになっている。
韓国の対中輸出依存は大きいから、中国経済が低迷すれば韓国の対中輸出は大きく減らさざるを得ない。これは輸出依存度が高い韓国経済にとって大打撃だ。
いずれにせよ韓国経済の状況は、日本のアベノミクス、中国経済の低迷というマクロ経済から比較的単純に説明できる。マクロ経済に疎い人でも、韓国経済の中核をなしている財閥企業の活動を見ていれば、その内情はそれなりに見えるだろう。
ちなみに韓国経済の日本への影響はなくはないが、日本はそもそも対外依存度が低い国なので影響は限定的だ。むしろ影響を受けないためにも、しっかりと自国のマクロ経済政策を行う必要があるということに尽きる。
<財閥には関係会社の保険的な役割がある>
・財閥の経済効果を考えてみれば、関係企業にとって保険になるというメリットもある。なぜなら、同じグループ内でサービスや製品をさばけるからだ。日本でいえば、三菱グループなどはある程度グループ内でさばけるから経営としては比較的楽だろう。
ただ、韓国の財閥はグループ内でさばくというより、みんな海外に出ていってしまう。
・財閥企業は海外進出を強化しており、中小企業も生産拠点をベトナムなどに移し始めているようだ。そうなれば国内の雇用機会が減っていく。
人口があまり多くない国では、マクロ経済が大きくならないから企業が海外に出ていくのはよくあるパターンだ。ヨーロッパ諸国を見れば、どこも貿易依存度がすごく高い。地続きという地政学的な理由もあるが、人口が少ないと国内経済を大きくできないからだ。
<消費増税すればかなりの確度で景気後退する>
・韓国にも、日本と同じように、付加価値税(消費税)があり、仮にこれを引き上げるとさらにその国の経済を減速させる。筆者は基本的に消費増税には反対の立場だ。
・消費増税を行えば、景気後退はかなりの確度で起こるだろう。消費税収は伸びても、所得税収や法人税収は減少し、税収全体としては伸びない可能性がある。逆にいえば、今の好調な税収を維持したほうが得策だし、その意味で消費増税は不要なのだ。
<雇用政策の失敗は日本の民主党政権と韓国で酷似>
・韓国は中国に片寄せしすぎたから、中国の影響をもろに受けてしまっている。
実は韓国の経済成長率がマイナスになったことは、過去にあまり例がない。アジア通貨危機とリーマン・ショックくらいで、落ちてもすぐに上がっている。リーマン・ショック以降はプラス傾向で、移動平均をとるとほとんどマイナスはないが、文大統領になってからマイナス傾向が出てしまっている。だから、経済政策があまりうまくいっていないのがわかる。中国が悪いから、それに引きずられているのだろう。
・そういう意味では、韓国は雇用政策でも失敗している。これは日本の民主党政権当時と驚くほど似ている。民主党は単純に無知だったというレベルだが、傍目で見ていたはずの韓国はその轍を見事に踏んでしまっている。
・それによれば、文政権では最低賃金引き上げと労働時間短縮を実施したが、結果として失業率が上がってしまったという。
この話を聞いて、筆者は「金融緩和で雇用を創出する前に賃金を上げてしまうと、結果として雇用が失われる典型的な失敗政策だな」と思いながら、同時に民主党政権当時の政策を思い出してみた。
・その後、韓国で左派の文政権が誕生し、民主党政権と同じような失敗をしたのはきわめて興味深い。
左派政党の建前は「労働者のための党」というもので「雇用重視」をスローガンにする。しかし、雇用を創出する根本原理がわかっていないから、目に見えやすい賃金に話が向きがちだ。
最低賃金の上げ方は簡単で、失業率からわかる。それをとんでもない数字にすれば、逆に失業率は上がる一方だ。
これは何度も説明しているし、韓国なら理解してくれるだろうと思ったが、ふたを開けると同じ間違いを犯している。左派の文大統領は、権利意識が先にきてしまい労働者のためにという理想が先走っている。
雇用政策というものは、経営者も含めて無難なところに落ち着かせるのが最も労働者のためになるのだが、それが全くわかっていない。
<安倍政権の最低賃金「3%」引き上げは非常に経済合理的>
・韓国の失業率の上昇に見られるように、最低賃金を上げさえすれば国内経済が回るというのは全くの間違いだ。
むしろ賃金は景気の最後にくる。そういうと「労働者は後回しか」という批判が起こるのはわかっているが、その通りとしか言いようがない。労働者は後回しにしなければならないのだ。少なくとも最低賃金においては労働者を優先しては絶対にダメ。左派の人間にはそういう当たり前のことがわかっていないらしい。
景気が良くなるから賃金を上げる、というのが当たり前の流れだ。人権派の人たちは、どうしても労働者が先だと言いたいのだろう。それで失敗するのは、世界でもよく見られるパターンだ。
<メカニズムがわかっていないのが左派の特徴>
・韓国では、文政権が最低賃金を引き上げすぎて雇用の創出に失敗した。最低賃金を野放図に上げる失敗は、マクロ経済学がわからないまま政治的な成果を求める左派政権によくある話だ。
韓国の最低賃金の上げ方はわからないが、日本の場合は「5.5」から前の年の失業率を引いた範囲が最低賃金の上げ幅となる。それより低い数字なら大丈夫ということだ。仮に日本で失業率が5%とすれば最低賃金は0.5%しか上げられない。現在は失業率が2.5%だから3%までは大丈夫という計算になる。
<同盟関係を強化すれば戦争の確率は低くなる>
・筆者はこれまで何度も指摘しているが、過去の戦争のデータから実証分析すると、同盟関係の強化は戦争の確率をむしろ減少させている。特に世界最強である米国との同盟関係は、日本への攻撃を思いとどまらせる抑止力としての効果のほうがはるかに大きい。
<「理想主義的なお花畑論」と「リアルな外交論」>
・こうした「理想主義的なお花畑論」は「リアルな外交論」との対立軸に帰着する。お花畑論の人は「べき論」ばかりで、推薦もゴルフも不要で、ひたすら理想論ばかりを言っていれば事はうまく運ぶと考えている節がある。
しかし、外交は生身の人間が行うことだ。リアルな外交論からいえば、使えるものは何でも使えが鉄則である。
これは一般のビジネス社会に置き換えることもできる。多くの人は、昼間の会社にいる時間帯だけではなく、夜間や休日の接待すらも「仕事」の一環となることもあるはずだ。
<現実的にイージス・アシュアは必要>
・地政学的リスクなどを考えて、国の安全を守るという立場からすると、ミサイル防衛の撤回はありえない。島国の場合、簡単に占領されることも考えられるため、やはり陸地に造らなくてはダメだ。そうすると候補地も少なく、演習場内などに造らざるを得ない。ここはよくよく説明して、地元の方々に理解してもらうことになるのではないだろうか。
<就業者は民主党政権で30万人減り、安倍政権で300万人増えた>
・金融緩和は一見すると、企業側が有利になるため、短絡的に労働者のためにならないと勘違いする人も多い。金利の引き下げは、モノへの設備投資を増やすとともにヒトへの投資である雇用を増やすことになるのを理解していないからだ。
・金利の引き下げは雇用を増やすというメカニズムがわかっていないと「金融引き締めで金利を上げることが経済成長にいい」などと言いがちだ。
<「東アジア共同体」というむなしい幻想>
・鳩山由紀夫元首相は「東アジア共同体」というものを掲げていた。これは、東アジアにおいて構想されている地域共同体で、一般には東アジア地域の経済圏構築により、米国やEUに匹敵する勢力を成立させようとする概念だ。
・だが、外交はリアリスティックに考えなければならない。いくら理想を掲げても、国力や軍事力が全く違う。これは悔しいが、日本は自主独立ですべての国と等距離の外交をやるのは不可能だ。だから強いものとくっつくのが楽なのだ。
でも左派は「それはダメだ、こうあるべきだ」という。しかし、全ての国が1位になれるわけがない。
・すべての国は野蛮国家だというのが、国際政治の前提だ。左派のように、かくあるべしを求めても意味がない。その中でどう生きていくかを考えるしかない。
・米国と二大巨頭になるという前提なら、東アジア共同体という話に行き着く。だが、それを米国が許すはずがない。米国がナンバー2を叩くというのは、もはや国際政治の常識だ。だから中国も許してもらえない。米国は必ずトップでなければならないのだ。
日本は平成の最初に叩かれて、内政も失敗したことで失われた30年に突入してしまった。1980年代はバブルがすごくて、日本は世界最強国になると思っていた。地価が高くなって、日本の土地を担保に米国全土を買えるとまで言われていた時代だ。
・日中韓で仲良くしようというのは、実は日本が覇権を取るという前提に立っている。保守系は対米追随ではなく自主独立を主張するが、左派はみんな一緒にやりましょうという社会主義的思想だからどうにもならない。
<韓国には何があろうとも謝ってはいけない>
・ただ、これは韓国に限らず、一般的に海外ではそうだ。お互いの主張だけにして裁判にまでもっていく。謝罪しようものなら、そのときの条件をベースにもっとよこせと言ってくる。日本は左派政権になると謝ってしまうから、どうしようもない。
<日本からのお墨付きを失い、北朝鮮と心中する韓国>
・日本が韓国をホワイト国から除外したことで、韓国経済は窮地に追い込まれている。アジアで日本からホワイト国と認定されていた国は韓国だけだったため、多くの国から外資系企業を誘致することができていた。
しかし、今後は韓国へ投資していた企業が引き揚げる可能性もあり、アジア内での優位性を失墜しかねない。なぜなら、韓国はEUから優遇措置を受けておらず(日本は受けている)、今回日本からも外されてしまったからだ。
・韓国は外需だけではなく外資依存度も高いため、大きな経済危機が生じると、外資が引き上げて国内経済が大打撃を受けてしまう。1997年のアジア通貨危機のときのように、韓国通貨ウォンが大幅下落して対外債務負担が著しく大きくなってしまう危険性もあるのだ。
さらに、韓国では失業率も高まっているが、まともなマクロ経済政策を打ち出しにくいという実情もある。
変動相場制を採用している先進国の場合、対外的な経済危機の際には、金融緩和によって為替安状態を作り、同時に積極財政によって国内での有効需要を創出する。
・だが一方で、韓国経済でこのオーソドックスな金融緩和と積極財政を行うと、為替安を誘発し、外需に依存する韓国経済にはかえってマイナスになる可能性もある。
<ボイコットジャパンは日本ではなく韓国にダメージ>
・韓国のSNSでは「ボイコットジャパン」というワードがトレンドになっており、ある調査によれば、この運動に半数近くの韓国人が賛同しているという。
・今回の件以外にもこれまで韓国人は、竹島問題などで日本製品をボイコットしてきたが、結局どれも長続きはせず、効果はあまり見られなかったといわれている。
・そのため、不買運動による日本経済への影響は限定的と見ることができる。
また、訪日旅行を控えるというボイコットも出てきている。韓国から日本への訪問者は九州や関西など西日本地域が中心なため、場所によっては多少の影響はあるかもしれない。
<文政権が代わるまで待つしかない>
・安倍首相は日韓首脳会談をこれからもしないのではないかと思う。文大統領もしたくないだろうが、そうなると誰も韓国を相手にしないから、文大統領はさらに孤立するだろう。
国交断絶すれば、韓国内で暮らす5万人ともいわれる日本人が全て引き揚げないといけない。政治的な断交としては首脳会談をやらなければ済むが、経済的な断交まではできない。だから本当の意味での国交断絶はない。
・外資は株価を見ながら投資している。文政権が左派政権で経済のことを全く考えていないから、経済が悪くなり株価が下がる。だから外資が行かなくなるという流れは出てくる。
そんな文政権も、数年もすればいずれなくなって代わりの人が出てくる。大統領が代われば、投資の志向も変わるだろう。
<「非韓三原則」>
・韓国、文政権は一体どこに向かおうとしているのか、筆者には甚だ理解できない。
朝鮮半島の歴史や政治を研究してきた筑波大学大学院教授の吉田博司が、韓国に対しては「助けない、教えない、関わらない」という「非韓三原則」を提唱したが、全くその通りだ。今の韓国は、国交断絶までせずにヒト・モノ・カネで対応しながら、とりあえず放置しておくしかない。
『韓国 行き過ぎた資本主義』
「無限競争社会」の苦悩
金 敬哲 講談社 2019/11/13
<韓国映画「パラサイト 半地下の家族」>
・時に、主人公とその家族が暮らす「半地下」は、現在の韓国社会において、貧困家庭が息をひそめて暮らす典型的な住居であり、と同時に、貧困層を示す象徴的な言葉にもなっている。
「半地下」とは、地上と地下の間に位置する居住空間だ。韓国の宅地法によると、床から地表面までの高さが、部屋の高さの半分以上なら地下、半分未満であれば半地下と区分される。
・IMFの統計によれば、2018年の韓国のGDPは、世界で12位である。米国、中国に次いで3位の日本の、ちょうど3分の1の規模まできた。
だが、韓国人の平均的な暮らしぶりは、世界12位にしては、それほどレベルの高いものではない。国連の関連団体が、毎年3月20日の「国際幸福デー」に合わせて発表している「世界幸福度ランキング」で、2019年に韓国は、世界156ヵ国中、54位だった。ちなみに2018年は57位である。
・「約20年前に韓国を襲ったIMF危機以降、韓国社会における最大のイシューは、二極化による「格差社会」である。二極化の傾向は、実はそれ以前から始まっていたが、経済危機以降、中産層の崩壊と貧富の差の拡大が急ピッチで進み、一気に深刻化した。
現在の韓国社会は、単に不平等なことが問題なのではなく、富と貧困が世代を超えて継承される点が際立った特徴となっている。すなわち、世代間の階層の移動性が低下し、機会の不平等が深まり、いくら努力しても階層の上昇が難しい社会、すなわち「障壁社会」へと移行したのだ。
・また、同報告書によれば、韓国人の80.8%が、「人生で成功するには、裕福な家に生まれることが重要だ」と考えており、さらに「韓国で高い地位に上がっていくためには、腐敗するしかない」(66.2%)と答えている。これは、韓国社会の葛藤が、すでに臨界点に達していることを示している。
・この65年で約470倍もの成長を遂げた韓国経済は、西欧が数百年かかった経済発展の過程を、わずか数十年に圧縮して経験した。だがこの異常な「圧縮成長」は、大きな副作用ももたらした。
・韓国式「圧縮成長」の本質は、効率にあった。限られた資金と資源を、効率最優先で配分した。具体的には、政府と共に歩む財閥への配分を極度に手厚くし、財閥が市場を独占する「韓国型システム」を作り上げた。その結果、経済成長の「骨格」はできたが、日本の中小企業や地方企業のような「細胞」は育たなかった。それゆえ、経済の「血液循環」がうまくいかず、富が一部に集中する問題を抱えてしまった。
同時に、「成長第一主義」という考え方は、「成功するのが一番、そのためには手段や方法は選ばない」という風潮を広め、韓国人を歪んだ競争主義に追い込んだ。
・このように金大中政権は、韓国初の進歩派(左派)政権であるにもかかわらず、IMFからの要求よりもさらに強力な新自由主義的経済改革を推進した。金大中大統領は米国から、「IMFソウル支店長」の異名を頂戴したほどだ。
金大中政権の「劇薬療法」によって、3年8ヵ月後の2001年8月23日、韓国はIMFから借り入れた資金を早期に返済し、経済主権を取り戻した。しかし皮肉なことに、この過程で韓国社会の両極化と所得の不平等は、さらに深刻化したのである。特に、「苦痛の分担」という名のもとに施行された整理解雇制と労働者派遣法などの労働市場の柔軟化政策は、中産層の崩壊を招いた。
・大規模なリストラで失業者は400万人を超え、サムスンや現代、LGのような屈指の財閥企業ですら、「新卒で入社すれば定年まで安泰」という終身雇用の不文律が破られた。また、派遣やパートタイマーなど非正規労働者の採用が法律で許可され、「88世代」(ソウル五輪が行われた88年と月収88万 ウォン=約8万円を掛けている)という自虐的な言葉が流行語になった。
現在、韓国の就業者の20%以上、大手企業の労働者の約4割が非正規職であり、深刻な労働問題となっている。金大中政権の急激な新自由主義的経済改革により、韓国はIMF危機という「急病」は治療できたが、「重い後遺症と慢性疾患」を抱えることになった。それが、社会の二極化と、社会階層の定着化である。
・思えば、韓国の最近の流行語には、過去にも増して自虐的な言葉が多い。「ヘル朝鮮」「スプーン階級論」「N放世代」……。これらの意味が分かれば、相当な韓国通と言える。
「ヘル朝鮮」とは、「地獄(HELL)のような韓国社会」という意味である。なぜ「韓国」と言わずに「朝鮮」と言うかといえば、「朝鮮時代(14~20世紀初め)のような前近代的な国」という皮肉を込めているからだ。
「スプーン階級論」の「スプーン」は、生まれた家の経済力を喩えている。「金のスプーン」をくわえて生まれたら、一生裕福。そうでなければ一生貧乏という意味だ。
「N放世代」は、2011年に誕生した「三放世代」という造語がもとになっている。これは貧しさゆえ、恋愛・結婚・出産という人生で重要な3つのことを放棄せざるを得ない世代という意味だ。ところが最近は、「放棄せざるを得ないもの」が3つでは済まなくなったため、不定数の「N」(ナンバー)にして、「N放世代」と呼ぶのである。
・日本は現在、バブル期並みの高い就職率を記録している。だが韓国は逆に、あの悪夢の「IMF危機」時代を下回る史上最低の就職率に喘いでいる。そのため多くの若者が、非正規職やアルバイトで生き延びるしかない状況だ。いわゆるワーキングプアの問題が、日増しに深刻化しているのである。
たとえば正規雇用者であっても、会社がさらに不景気になれば、いつリストラの対象にされるかもしれない。そのため、リストラの心配がない公務員になることが、韓国の子供たちの最大の夢となっている。
・一方、中年男性は、「構造調整」という言葉に怯えながら生きている。いわゆるリストラだ。子供の異常な額の教育費を捻出しなければならないので、職場では何が起ころうと、必死に耐え忍んでいる。さらに、成人しても経済的に自立できない子供たちと、年老いた自分の親の両方を扶養しなければならないという「ダブルケア問題」も、重くのしかかる。
・韓国の高齢者の貧困率は45.7%に上り、OECD加盟国の中で最も高い。「漢江の奇跡」と呼ばれた成長第一主義の陰で、福祉政策は後回しにされてきた。社会保障制度の整備も遅れ、多くの高齢者たちは退職した後も、日雇い労働をして生活している。韓国で公的年金制度が施行されたのは1988年、会社員だけでなく個人事業者を含めた国民全員が公的年金に加入することになったのは、ようやく1999年になってからのことだ。
一握りの勝ち組とその他に分断された、超格差社会の韓国。
<過酷な受験競争と大峙洞キッズ>
<大峙洞キッズとマネージャーママ>
<韓国の上流階級が集まる街「江南」>
・名門高等学校や中学校が集まる江南は、韓国で最も教育熱の高い地域であり教育特区とも呼ばれる。中でも大峙洞は3.53平方キロの狭い範囲に、実に1000余りの学習塾や予備校がひしめき、「韓国の私教育1番地」と呼ばれている。
<厳しさを増す若者就職事情>
<最悪の就職率と卒業猶予生>
<ビットコイン・ゾンビが続出する韓国の若者事情>
・「仮想通貨元年」と言われた2017年、韓国の仮想通貨ブームは世界のどこよりも熱かった。
・史上最悪の失業率や所得格差の拡大によって経済的弱者に追い込まれた韓国の若者たちは、仮想通貨で人生逆転を夢見ている。専門家たちは、韓国の青年層が仮想通貨に入れ込む背景として、①所得・貧富の格差など社会格差の拡大、②機会の不平等、③相対的剥奪感などを挙げ、若者たちの間に様々な社会的問題を解決するより現実から逃げようとする態度が広がっていると指摘する。つまり、正常な方法でお金を稼ぐよりも、一攫千金を夢見る土壌が出来上がっているということだ。
就職をあきらめて、お金と時間を仮想通貨につぎ込む若者たちを、韓国では「ビットコイン・ゾンビ」と呼び、大きな問題になっている。
<最悪の就職率が生み出す卒業猶予生>
・浪人と休学によって、同期より2歳年上のチェさんだが、就職できるという保証がない限り卒業するつもりはないという。既卒者は新卒より就職市場で不利だという先輩のアドバイスがあったからだ。
「会社側は履歴書に空白がある人を嫌うみたいです。大学を卒業してから何もせずひたすら就職準備をしていたら、活動的でない、実力が足りない、怠けているなどの否定的イメージを持たれてしまいます。だから、最近は卒業を猶予する人がとても多くなっています。うちの大学は、授業料の10%程度を払えば、卒業を1学期先送りすることができるんです」
卒業に必要な単位をすべて修得していながら、卒業論文を出さないなどの方法で卒業を先送りして、就活に邁進する学生たちを「就職準備生」と呼ぶ。就職市場が悪化し、就職準備生は日増しに増加している。
2017年11月、「アルバモン」という韓国の有名就職サイトが卒業予定者らを対象に調べたところ、「就職のために卒業を猶予する」と答えた学生はおよそ55%にものぼった。特に、就職に不利とされる人文系では70.9%が卒業を先送りすると答えた。