英語表記の条例 <追記あり>
『百科事典マイペディア』(株式会社平凡社)によれば、「国語」とは、「一般には日本語の意味で使われているが,それぞれの国家の自国語という意味では,当の国家の公的な言語を指し,国家語あるいは公用語ともいう。
日本語を指す〈国語〉という言葉は明治の初期に生まれ,1894年上田万年が講演の題名〈国語と国家と〉に用い,〈国体の標識〉としての〈国語〉と表現してから定着した。日本(語)特有の表現であったが,中国,韓国,台湾などの漢字使用国でも用いられるようになった。これに近いヨーロッパ語は,フランス革命で生まれた〈langue nationale〉である。」
では、日本国において、公用語を日本語とする旨を定める法令の規定があるのか?
国旗や国歌については、国旗及び国歌に関する法律(平成十一年法律第百二十七号)が制定されているが、公用語について 定める法令の規定はない。
しかし、日本国の公用語が日本語であることを当然の前提として、「国語」又は「日本語」という用語を用いている法令が多くある。通常、対内的には「国語」を、対外的には「日本語」をそれぞれ用いている。
個人的な意見にすぎないが、このように日本国の公用語が日本語であることは、長年の慣習であり、広く国民によって法であると確信されていると考えられるから、慣習法であると解される。
cf.1 文字・活字文化振興法(平成十七年法律第九十一号)
第三条第二項 文字・活字文化の振興に当たっては、国語が日本文化の基盤であることに十分配慮されなければならない。
第九条 国は、できる限り多様な国の文字・活字文化が国民に提供されるようにするとともに我が国の文字・活字文化の海外への発信を促進す るため、我が国においてその文化が広く知られていない外国の出版物の日本語への翻訳の支援、日本語の出版物の外国語への翻訳の支援 その他の文字・活字文化の国際交流を促進するために必要な施策を講ずるものとする。
cf.2 文部科学省設置法(平成十一年法律第九十六号)
第四条第一項 文部科学省は、前条第一項の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。
三十六 外国人に対する日本語教育に関すること(外交政策に係るものを除く。)。
八十一 国語の改善及びその普及に関すること。
cf.3裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)
(裁判所の用語)
第七十四条 裁判所では、日本語を用いる。
cf.4刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)
第百七十五条 国語に通じない者に陳述をさせる場合には、通訳人に通訳をさせなければならない。
cf.5民事訴訟法(平成八年法律第百九号)
(通訳人の立会い等)
第百五十四条 口頭弁論に関与する者が日本語に通じないとき、又は耳が聞こえない者若しくは口がきけない者であるときは、通訳人を立ち会わせる。ただし、耳が聞こえない者又は口がきけない者には、文字で問い、又は陳述をさせることができる。
2 鑑定人に関する規定は、通訳人について準用する。
さて、条例の中に、英語表記のものがあると言ったら、「そんな馬鹿なことがあるか!」とお叱りを受けそうだが、実はあるのだ。
群馬県嬬恋村(つまごいむら)の嬬恋村人権宣言条例 (令和2年12月10日条例第23号)だ。
https://www.vill.tsumagoi.gunma.jp/reiki_int/reiki_honbun/e246RG00000731.html
みなさんは、これをどのようにお考えだろうか?
私は、馬鹿げたことだと思った。
平成21年4月から、法務省が日本法令外国語訳専用のホームページ「日本法令外国語訳データベースシステム」(JLT)の運用を開始しているが、翻訳法令が公開されるに至るまでの過程は、実に慎重だ。
すなわち、①法令の所管省庁が法令の翻訳原案を作成して法務省へ提出し、②法務省が英語を母語・母国語とする者によるネイティブチェック、法律の専門家等による検査、日英の法律に精通しているコーディネーターによる確認を経て、③法令所管省庁が公開用の翻訳を確定させ、④「日本法令外国語訳データベースシステム」に公開される。
このように何重にもチェックを経た翻訳であっても、あくまでも「法的効力を有するのは日本語の法令自体であり、翻訳はあくまでその理解を助けるための参考資料」にすぎないものとされている。
http://www.japaneselawtranslation.go.jp/?re=01
ところが、自治体の場合には、国の法令の翻訳と同レベルのスタッフを集めて翻訳・チェックさせる体制を構築することが困難であり、国に比べ、誤訳又は誤解を与える可能性が高くなる。
しかも、嬬恋村人権宣言条例は、日本語と英語が併記されているので、日本語の条文と英語の条文が対等な法的効力を有するものと解されるが、内容が相矛盾する場合にどのように考えるべきかという難問に直面する(素直に考えれば、無効になるだろう。)。
そもそも日本語の条文と英語の条文が対等な法的効力を有するものとすることは、前述した日本国の公用語は日本語であるという慣習法に違反する。
外国人向けに条例を翻訳するのは構わないが、それは広報活動の一環として行われるべきであって(しかも誤訳の可能性があるので、後日のトラブルを防ぐために「仮訳」と明記するのが望ましい。)、決して条例に日本語と外国語を併記すべきではない。
<追記>
条例の題名に英語を用いたものがあった。愛知県豊田市の「「WE LOVE とよた」条例 (平成29年3月22日 条例第1号)」、北海道湧別町(ゆうべつちょう)の「 湧別町Family 愛 Land You条例 (平成21年10月5日 条例第157号 )」だ。
いずれも日本語を公用語とする慣習法に違反する。軽薄な表現だ。開いた口が塞がらない。