薬師寺初詣と法話
おはようございます。松の内が明けました。
お正月休みは皆様いかがお過ごしでしたか?
私は、休みと言っても大掃除や年賀状作成やお墓参り、
そして夫と私の実家へ行ったりと、普段よりも色々とすることが多い気もしますが、
その分SNSや色々な情報から出来るだけ離れていました。
それによって日頃、情報過多で頭の中が騒がしかったことにも気づき、
今年は情報断捨離することも意識していこうと思います。
元旦には近所の氏神さまと生根神社へ初詣。
そして奈良では薬師寺と唐招提寺へ初詣。
奈良の実家では2年ぶりに広島の甥っ子たちも遊びに来たので
成長の早さに驚きつつ賑やかに過ごしました☺️
数年前に以前のブログにも書きましたが、子供のころから初詣というと
薬師寺へ写経と除夜の鐘つきをしに行くのが定番だったので、
私にとって薬師寺はとても馴染み深いお寺です。
薬師寺は(唐招提寺や東大寺もです)檀家をもたず、お葬式もしないお寺。
お釈迦様の教えは本来生きている人が幸せになるためのものということで
国の平和や人々の健康と幸せを祈ってくださるお寺です。
また、写経を通して心を無にしたり、説法を聞かせて頂きながら
お釈迦様の教えを学ぶお寺なんですよね。
薬師寺では長い間、東塔の解体修理が行われてましたが昨年完了し、
復活した白鳳伽藍は見応えありました。
(1/16までは東塔の中心部や、1300年間、塔の頂で塔を護っていた水煙が観れますよ☺️)
毎度ながら薬師三尊像の美しさにほれぼれとし、三ヶ日だけ御開帳の
吉祥天女さまにもお祈りし、唐招提寺も金堂の平成の大修理以降は初のお詣りで、
寒かったですがお天気にも恵まれて、とてもすがすがしい気持ちになりました✨
また、タイミング良く大谷徹奘さんの法話を聴けて、心に染みました。
一部、ホワイトボードに書いてあることを紹介します。
観自在 あらゆるできごとものごとを、どのように観ているか?
5つのアンテナ(眼耳鼻舌身)を使って外側を見てあれこれ言うのではなく、自分を観ることが大切。
特にこのコロナ禍でそれを人々が忘れつつあるけれど、自分を観るのはとても大切。
自分が外側をどのように観ているか?は自分が選択しているのですよね。
例えば心地よくないと感じるのであれば、それもそう感じる自分の見方によるもの、
自分がどのような見方、感じ方を選択しているか?を見つめることが大切ということです。
(直感からくるものなのか?そうでないものか?の見極めも大切です)
修行 とは、なお(修)しながらすす(行)むこと。
誰でも最初から完璧な人はいないし、日々至らない部分に気付いては修し、
気付いては修し、の繰り返しですよね。
(完璧をという言葉だと伝わりにくいので補足ですが、自分がこうありたい
と思う姿に対して、日々自分を整えていくことかなと思っています)
レイキでお伝えしていることにも通じますが、お正月から法話を聞いて、
私にとってこういうことを忘れずに日々を過ごすことがとても大切なんだな
と感じていました。
また、自分にとって何が大切でどのように日々過ごしたいか?
を再確認していた年末年始でもありますが、特別なことよりも
健康で、心と体と頭がスッキリしていることや、
日常生活が整っていて自分らしくいられることが大切だなと
そんなことを思って日々の時間の使い方などを見直していました。
Harmonyでお伝えしていることも結局はそのために役立つことが中心ですね☺
皆様にお伝えしながら自分で聞いて、自分も実践して、常に忘れないようにしているのだと思います。
あなたにとっては、何が大切で、どんな風に日々を過ごしたいですか?
それでは、今日も素敵な一日を✨