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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 4

2022.01.08 22:00

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第一章 朝焼け 4


 嵯峨朝彦は、そのままゆっくりとウイスキーを飲んだでいた。平時はあまり吸わないのであるが、酒を飲むときだけたしなむ、といっても毎日酒を飲んでいるので、毎日持ち歩いている煙草に火をつけた。ここは尚公会のような、高貴な人々が多いわけではない。はっきり言って自分が最も年齢も上であるし、わがままを言ってよい状態である。それに、いつの間にか目の前からマスターの平木正夫はいなくなっている。そんなに広くない店の中には、他には客がいないのである。

 単純に、東御堂から説明を受けたとおりに会話を進めていたにもかかわらず「何も聞いていないのですね」といってウィスキーを入れてくれたまでは良かったが、そのあといつの間にか消えてしまったのである。平木という男は何か特別な訓練でも受けているのか、あるいは、先祖が岩倉や貴船の出、つまり古く天皇に仕える忍びの物であるのか、いずれにせよ、気配を消すのが得意なようである。

「お客様、御煙草はこちらで」

 急に後ろから来た平木が、そのように言うと、朝彦を入り口とは反対方向に案内した。そこは、よく、バーなどにあるVIP室のように少し広くソファーのある場所で、防音設備があるのか、しっかりとカラオケの画面とマイクが置いてある。そこに大理石でできた灰皿と煙草、そしてライターが備え付けられていた。

「気が利く店じゃないか」

「ありがとうございます。葉巻がよろしければご用意があります。もちろん有料ですが」

「そんなに高くないだろう、マスター、頼むよ」

「お持ちします」

 しばらくすると、キューバ産の葉巻「ロミオとジュリエット」や「コヒバ」そしてドミニカ産の「マカヌード」などをそろえて平木が前に現れた。朝彦は、少し迷ったがマカヌードを手に取ると、平木は何も言わずにスッと火を差し出した。

「少しゆっくりされていてください。」

 平木は、もう一杯ウイスキーを注ぐと、そのままVIP室から出ていった。

「おい、信仁の・・・・・・」

 背中に向かって朝彦は声をかけたが、全く聞く耳を持たずに、少し重たい扉が、閉まる音だけが部屋の中に響いた。

「どうなってんだ。一人くらいここに人を付けてもよかろうに」

 朝彦はそういうと、またウイスキーに口を付けた。ほんの少しの時間であったと思ったが、しかし、かなり長い時間に感じた。まださっき注いでいったウイスキーも、少ししか減っていない。葉巻も、先の方の灰がやっと灰皿の中に落ちたくらいである。その時に、いきなりカラオケを歌うための画面が動いた。いや、大きな50型のテレビ画面がそのまま横にずれ、そこに通路が現れたといった方が正しいかもしれない。忍者屋敷のからくり扉のように、今までつなぎ目も全くわからない、壁とテレビであると思っていた場所が、いきなり動いて、そのまま通路になったのである。

「嵯峨様、お待たせいたしました。お手数ですがもう一度御移動願えますでしょうか。何しろ秘密が多いものですから」

 平木である。

「こんなところに通路があったのか」

「いや、普段は物置になっていますので」

 平木は、冗談とも何とも言えない軽口で言った。この男は軽口を言う時も、バーの中にいた不愛想なままである。

「わかった、移動しよう」

 嵯峨朝彦は、そういうと葉巻とウイスキーのグラスを手に取った。

「嵯峨様、ウイスキーは新しいものが用意されていますので、葉巻だけお持ちください。」

「うむ」

 嵯峨は、少しアルコールが入っているので、気が大きくなりそのまま中に入っていった。

 ちょうど、元々のバーの入り口から見て、奥がVIPルームになっており、その横の通路から入って奥に回る感じで、部屋があった。先ほどのVIPルームよりも広い。大きめな部屋になっている。室内には、よくドラマなどにあるアメリカの情報機関や警察機関のサイバールームのようないでたちの部屋で、真ん中に、大きな会議テーブルがあり、10人ほどが座れるようになっている。そして、その一角の大きめなロッカーのような場所の扉を開くと、仲がエレベーターになっていて、地下二階におりた。少し酔っている嵯峨朝彦もさすがにその構造には驚いた。

「さっきのは映画のセットか」

「嵯峨様。一応全て使えるようになっています。東御堂殿下はたまにここにいらっしゃって、世の中のことをお調べになっているようでございます。」

「信仁が、そんなことをしていたのか」

「はい、それは熱心で」

 ロッカーと思われるエレベーターを降りると、そこは会議室になっていた。会議室の奥には大きな画面が設置されている。

「朝彦、やっと着いたか」

 画面には、東御堂信仁が映っていた。

「信仁」

「驚いたかな、京都にはそんな施設があるんだよ。まあ、私のものではなく、冷泉さんが作ったものを私が使わせていただいているのだがね」

 東御堂信仁は、ニコニコしながら向こうでもウイスキーを飲んでいた。

「平木君、ご苦労」

「はい」

 平木は、画面に向かって頭を下げると、会議室の電気をつけて席についた。会議テーブルには、すでに6人の面々がそこに座っていた。

「さて、まずは朝彦。なぜ西なのか聴きたいのであろう」

「ああ、しかし、ここにいる人たちはいったいなんだ」

 朝彦はそういうと、周りを見回した。

「まずは気にしなくてよい。それよりも西だ。京都で何かが動いているようだ。その者たちの目的は天皇の暗殺」

「暗殺」

 東御堂は、特にたいしたことではないかのように口を開いたが、しかし、その言葉はとても普通では信じられないような話でしかなかった。そこにいる6人も皆驚いた表情をしている。誰も事前には聞いていなかったのではないか。いや、平木だけは、すでに分かっていたかのように、表情を変えずに、朝彦の前のグラスに、スコッチウィスキーのロイヤルサルートを注いでいた。

「ああ、どうも中国人がその仕掛人らしい。いつどこでそのことを行うのかは全く見えていない。しかし、天皇と皇后の暗殺を謀っているということはどうも確からしいのだよ。そして、その計画立案を京都の大学で行っているようなんだ」

「京都の大学といっても広いぞ」

 嵯峨朝彦は、あまりにもわけのわからない話だけに、少し頭が混乱していた。葉巻を深く吸い込み、むせてしまった。しかし、そんな慌てている朝彦を見ても、8人は人形のように何も言わないし、動きもしない。より焦ってしまう朝彦は、近くにあるロイヤルサルートに口を付けた。

「朝彦、まあ、それを調べるのはそこにいる人たちだよ。順番に紹介しよう。まず、君の横にいる平木はもういいかな」

 会議室の横に座っている平木が、改めて立ち上がって、朝彦の方に頭を下げた。

「平木君は、岩倉の烏の家柄でな、古くから皇室に仕えている。その分家の家で、皇族である我々の面倒を見てくれているのだ。その隣に座っているのが荒川義弘君。」

 平木のもう一つ向こう側に、少々小太りで手足が短い眼鏡をかけた男がいた。年の頃は40代後半であろうか。その男は、徳利を横に置き、ぐい飲みで酒を飲んでいた。

「荒川君は、元々は商社の海外担当であって、外務省などに委託研究などで協力していたのであるが、少し前から我々の仲間になっていただいている。情報分析担当だ。その次が青田博俊君。」

 青田といわれた男は、目の前にパソコンを置いたまま、座ったままで軽く会釈をした。ひげを生やした男である。

「総務省の情報分析やサイバーセキュリティ、場合によってはハッキングなんかもすることができる外郭団体情報総合研究所の第二部長だ。まあ、第二とついいているから暇なんだろう。その隣が今田陽子君」

 実にキャリアっぽい女性が立ち上がった。この場に全くふさわしくない赤いスーツである。いかにもという真直ぐに伸びた黒髪が印象的だ。

「内閣官房参与、政治情報をほとんど持ってきてくれる貴重な人物だ。今回の情報も彼女からはいったものだ。」

「はい、野党立憲新生党の大沢三郎が、頻繁に六本木の奉天苑の陳文敏都会っていましたので、少し怪しいと思っていましたところ、大沢に親しい岩田智也が話していることをキャッチしました」

 立ち上がった今田は、事務的にそういうと、にっこりと朝彦に微笑みかけた。先ほどまで厳しい官僚的な表情しか見せていなかったので、朝彦はちょっと気が緩んだ。

「反対側にいるのが、菊池綾子。まあ、その名前よりも祇園の千代菊という芸者だ。情報入手の担当」

「道理で色っぽいと思った」

 朝彦はやはりいつの間にか色っぽい女性の方に目が向いていた。

「そしてもう一人が元自衛官の樋口義明だ。もちろん情報の入手担当をしてくれている」

 朝彦は、松下の顔を見た。鍛え上げられた体には驚く。隣の千代菊と対照的である。

「さて、このメンバーでやってもらいたいのだが」

 東御堂は、そのまま画面の中で話をつづけた。