航空機の進化にまつわる事故
現代の旅客機の安全性は一昔前に比べて格段に向上した。一昔とはジェット旅客機黎明期である。世界で最初の旅客機は英国のビッカースコメットと言われているが、これは当時の西側諸国の言い分で実際はロシアのツボレフTU-104の方が早かったという説もある。
コメットは世界初のジェット旅客機として華々しくデビューしたものの、原因不明の墜落事故が多発して運行停止を余技なくされた。英国政府は海中に墜落した残骸の調査のみならず、コメットの機体をプールにつけて加圧実験を繰り返し、遂に事故原因が与圧による機体の金属疲労であることをつきとめた。
ジェット旅客機は高高度を飛行するため、客室の内部を与圧して乗客が生理的に問題のないレベルの気圧を維持する。そうする高高度に達した際には機外の気圧と客室の気圧に大きな差が生じる。これを上昇下降の際に繰り返すことで機体にストレスが生じ、金属疲労を呼び起こすことになるのだ。
プロペラ機においても与圧装置を装備した機体はあったものの、ジェット機の加圧と減圧のサイクルと大きさはプロペラ機とは比較にならないほど大きい。そこでこの金属疲労による機体の破損を、コメットを通して航空界は初めて経験したのである。
コメットの事故にによる教訓は後の旅客機の設計に大いに生かされた。しかしコメットはその後改良されたものの、ボーイング707とダグラスDC-8の登場ですでに第一線の座を降りることになった。そこで第一世代のジェット旅客機と言うと、アメリカ製のボーイング707とダグラスDC-8が代表格として後世に名を残すことになる。
第一世代旅客機の誕生は、金属疲労による墜落という大きな犠牲の元に1950年代後半に始まったのである。
続く1960年代は、中短距離用のジェット旅客機の需要が生まれた。第一世代の旅客機が主として太平洋や大西洋横断、アメリカ大陸横断といった長距離のルートを主眼として開発されたのに対して、この後生まれた第2世代と呼ばれるジェット機の市場は例えばサンフランシスコからロサンジェルス、ロンドンからパリというような中短距離のルートに適した設計が求められた。その代表格がボーイング727である。ところがこの期待の新星が立て続けに事故を起こしたのである。
ボーイング727がアメリカのエアラインを中心に就航が始まったこともあり、当初は主にアメリカの国内線で着陸時の事故が相次いだ。着陸進入時に空港のはるか手前で墜落するケースなど、これまでの航空機事故とは様相が異なった。事故原因を調査しているうちに、ボーイング727の高い降下率が着陸時のパイロットミスと少なからぬ関係があることがわかった。
ボーイング727は当時のジェット練習機と比較できるほどの俊敏な運動性能を誇っていた。中短距離を速くしかも経済的に飛行するには早く巡航高度に達し、空港のぎりぎり手前で降下を開始して高い降下率を維持して着陸する必要があった。ボーイング727のパイロットの多くが、プロペラ機から機種を移行したため、その俊敏な動きに慣れるのが難しい点が指摘されたのだ。上昇と巡航はともかく、着陸時の降下率の高さは、それまでのプロペラ機の感覚で操縦しているとあっという間に地上が近づき墜落に至る事故が発生したのだ。私の知人のプロパイロットは、スピードが速くなることで判断するまでの時間が短縮されるのでそれだけ操縦が難しくなると話していた。ボーイング727についても、こうした性能上の宿命以外のもさまざまな問題点が指摘されたが、このことについては項を改めたいと思う。
そして第3世代の旅客機と呼ばれるボーイング747、ロッキードL1011(通称トライスター)、マクダネルダグラスDC-10が60年代末から70年代初頭にかけて就航した。第3世代になってからは、トラブルが起きてもその拡大被害を防止するフェイルセイフ(failsafe)の思想がより拡大し、重大事故の発生は著しく減少した。それでも各機種共にそれぞれ異なる原因で墜落事故が発生し、後の設計に生かされることになった。これら3機種の事故についても項を改めたいと思う。
80年代後半から90年代にかけて、第4世代と呼ばれる旅客機が誕生した。特にヨーロッパのエアバスインダストリー社のエアバスシリーズが代表格だが、第3世代の旅客機にはなかった新しいタイプの重大事故が発生した。第4世代の旅客機の特徴は操縦と航法の高度なコンピューター化である。それが故に降下率と降下角を同じ入力表示装置で処理する仕組みが両者の混乱を招き、墜落に至ったエアバスA320機の事故などが発生した。ヨーロッパのエアバス社の思想は人間は過ちを起こすものだから、クリティカルな状況では機体のコントロールから操縦士の介入を排除する設計がなされていた。それに比べてアメリカのボーイングはNASA(米航空宇宙局)の研究成果を受け継ぎ、常に操縦士をコントロールの中心に置いた。操縦室の造りを見ても、エアバス社はサイドスティックを操縦輪の代わりに装備したのに比べて、ボーイング社は航空会社からサイドスティックの要望があったにもかかわらずボーイング777にはあえて従来型の操縦輪を採用した。操縦の自動化は旅客機の安全性に寄与する一方で、例えばプログラムのバグなどが出れば致命的な事故を誘発しかねない。多重化された操舵システムにおいては、主系統と副系統でプログラム言語を変えてあるという話を聴いたことがあるが、まさにこうしたコンピューター化ならではのフェイルセイフ思想が求められるのだ。
旅客機の進化と安全性確保は、あたかも生物の進化と適応のアナロジーのごとく数十年に渡って繰り返されてきた。安全性の確保は単に旅客機のハードウエアのみならず、運行する航空会社の経営方針や乗員の力量によるとことも大である。いずれそうした観点からも旅客機の安全性の進歩についてお話してゆきたいと思う。