TENNOZ TWILIGHT #01
天王洲トワイライト
今年も、十月八日がやってくる。うろこ雲が空いっぱいに広がるこの時期、私たちは出会い、毎年記念日にしてきた。
「今年はどこにしようか……」
台風が過ぎるのを待つ間、ユキヒコの家にこもって料理をしながらこのセリフをいうのは、毎年彼のほうだった。
「鮨に、燻製、そば打ちも習ってみたけれどさ、ジビエだけは家でできないよね。そうだ、ジビエとか、どう?」
これが、十回目の記念日だ。ユキヒコは、私のほうをちらりとも見ずに、フォッカッチャの生地をこねている。私たちのことを「長く付き合えるって羨ましい」と言った友人たちは、二十代後半になるとみんな結婚し、秋の行楽日和は家族と過ごしている。私にはユキヒコがいるけれど、最近は、なんだか心許ない。
「ジビエ、いいんじゃない」
そう、言ってみたけれど、ユキヒコはまだ生地ばかりを相手にしている。「それに、別にどこでもいいよ」と口に出してしまってから言わなきゃ良かったと思っても、もう、遅かった。
「じゃあ、高輪口、六時半ね」と笑顔で言われる。少し前までは彼が私を離さないと信じていたけれど、今となっては結婚のためにと自分がしがみついているように思えてくる。記念日なのに品川のオフィス近くで済ませようとしているのだ、と腹を立てている自分が嫌になった。
「今年は八日が水曜で良かったよ。『ノー残業デー』だから」
午後六時の品川駅では、家路を急ぐ人はまだ少ない。私の会社は、年度末以外はたいてい時間通りに終わるから、いつも待つのは私のほうだった。
私たちは高輪口を出て、天王洲運河添いを歩く。会話は、少なかった。楽水橋を超え、真っ黒なモニュメントをくぐり、天王洲ふれあい橋を渡る。予約していたSOHOLMはボンドストリートの一角にオープンして間もない、ライフスタイルショップSLOW HOUSEに併設されている。
「先に家具を見てみようよ」
セレクトされている家具は、どれもシンプルで素敵だけれど、一人暮らしには大きすぎる。ユキヒコは、展示されているダイニングテーブルの椅子に座り、
「座り心地、どう」
と、私に聞くけれど、
「高さもいいし、こんなダイニングテーブルには憧れちゃうね」
と、言ってみたけれど、そこへ座ってみても私には縁のない、家具の作品に見えた。
「この前来てさ、予約してみたんだ」
「隣のレストラン?」
「いや、このテーブル。来年からは、家で過ごすのもいいかなと思って」
私は、ただ、黙ってしまった。
「来年からは、このテーブルで記念日を過ごそうって思っているんだ」
「それはいいけど、ユキヒコ一人には大きすぎないかな」
「もちろん、引っ越すよ。つまり、その、一緒に住まない?」
台風の日、フォッカッチャを焼いていた時、ユキヒコはもうこのテーブルを予約していたのかもしれない。
レストランは大きなコミュナルテーブルを囲むようにカウンター席やテーブル席があり、平日でもにぎわっていた。目的だったジビエを最初に注文し、ユキヒコはビールを、私は赤ワインを頼んだ。
「こういうのは、家じゃ作れないね」
と言いながら、料理を私に取り分ける。これは、十年変わらずにユキヒコの役割だ。私たちは、お腹いっぱい食べた。
「この近くに住むのもいいね」
「私のオフィスからも、恵比寿からりんかい線で一本だから近かったな」
来週末。彼の家の、決して広くはないリビングに、大きなダイニングテーブルが届くだろう。ボードウォークに風が抜け、秋の空に星がまたたく。帰り道、ふたりで眺める品川方面の夜景は、くっきりと見えた。
KAZESORA 〜風空〜 No.3
2014.09.27.の記事です。
Editorial by BTTB inc.
Scenario & Text:Eri Sakuma
Illust:camiyama emi
Photo Credit : SLOW HOUSE / SOHOLM
【小説の舞台】
SLOW HOUSE /スローハウス
いつまでも飽きがこない優れたデザインと高品質な家具・インテリアを扱い、衣食住をトータル提案するライフスタイルショップ「SLOWHOUSE」が天王洲アイルにオープン。
03-5495-9471
品川区東品川2-1-3
東京モノレール「天王洲アイル」駅中央口、
りんかい線「天王洲アイル」駅 B出口から徒歩約5分
SOHOLM /スーホルム
ジビエなど季節の食材を大切にした、アクタスプロデュースの本格レストラン。素材の力を引き出し、食べる感動を与えてくれ、大切なひとときが過ごせる。