令和3年4月6日(火) 『歌舞伎3部、桜姫東文章を見る』
6時から、歌舞伎座の3部、桜姫東文章を見る。玉三郎と、仁左衛門のゴールデンコンビでの再演で、36年ぶりに奇跡の舞台を見ることが出来た。まずはこれが見納めになる事を知って、客席は、コロナ禍で、座席数は半減ではあるが、その全ての席が埋まって、満員の状態だった。大和屋、松嶋屋と、声をかけたいところだが、大向こうは禁止されていて、小さな声で呟くにとどめた。
玉三郎と当時の孝夫、現仁左衛門のコンビの桜文章は、実に36年ぶりで、私は、NHKの放送で見ただけだったので、何時かは再演される事を祈りながら、今日まで来た。それだけに、見たくて、見たくて仕方がなかった舞台を見ることが出来て、嬉しかった。コロナ禍で、長い芝居を二つに分けて、4月に前半の江ノ島稚児ヶ淵から三囲まで、6月に後半が上演される事になっている。
桜姫東文章は、四谷怪談で知られる鶴屋南北の作品で、江戸化政期の、退廃と円熟のないまぜになった世界が、現代の私達には、実に濃密でエロく、きわどく、男と女の世界には、普通ではなくても、間違いなくあり得るだろうという、どろどろとした世界が展開されて、驚きの展開にはなるが、今の時代にも、あるあると思え、逆に親近感を持った。
発端 江ノ島稚児ケ淵の場は、同性愛心中の話。玉三郎が17歳の稚児白菊丸を演じ、仁左衛門が若い僧の青玄を演じた。月明かりの中、心中を決めた二人の、互いに思いやり、抱き合う姿が、美しく、かつ若く、エロイ。歌舞伎に年齢は関係ない、これが芸の力だ。玉三郎のような美しい稚児なら、男であっても恋愛感情を持ち、同性愛心中しようと思うかもしれない。先に稚児の玉三郎が海に身を投げ、続いて青玄が飛び込もうとするが、飛び込めない、怖くて飛び込めないのだ。一緒に手を取り、身体を縄で絞めて、飛び込めばいいのに、と思うが、そうはならない、ここが南北である。青玄は、このあと白菊丸を心に思いながらも順調に、僧として出世していき、阿闍梨となって、17年後に、新清水の場で、桜姫と会う事になる。ここに南北らしい因縁が絡んでくる。桜姫が、阿闍梨となった清玄に、尼になりたいと頼みに来たことに寄り、二人の接点が出来る。幼少から左手を開けない桜姫の指を念力で開けたところ、何と左手からは、白菊丸と心中する時にお互いが持った香箱の、片割れの蓋が出て来て、そこには青玄と書かれていたのだ。青玄は、桜姫こそ、稚児白菊丸の生まれ変わりと確信し、因果におののくだけでなく、桜姫を愛してしまうのだ。そして破戒僧に堕落する羽目になるのだった。
新清水の舞台に登場する桜姫が、若く美しく、腰元達の頭上に君臨する絶対的な存在、美のオーラを投げかけて来て、私は、ぞくっとした。玉三郎の美しさは、今や最後の火を燃やして、輝いているという強い感動を持った。70歳を超えてなお、女形のトップを走る玉三郎。芸だけではなく、その美しさにおいても、他者を寄せ付けない、絶対的な美に、時間を忘れて、見入ってしまった。
桜姫のこの美しさの頂点が高ければ高いほど、その後の遊女への転落劇を大きく見せるのだから、この落差を玉三郎がどう演じるか、今から6月が楽しみになってきた。玉三郎の美に感動しながらも、私の頭の中は、桜姫を、玉三郎以外誰が演じられるのかと思うと、頭に誰も思い浮かばず、女形の後進が育っていないと、悲しく思えてしまった。まあ、そんなことはどうでもよく、ただただ玉三郎の、今の美しさだけを見て時間が過ぎてしまった。
桜谷草庵の場の、エロさは、何と言って表現していいのか分からない位、エロいのだ。赤姫姿の美貌の玉三郎、最初は、恥じらっていた桜姫が、権助が自分を犯した男と知った後、権助のリードもあって、段々大胆になって、最後は権助を誘ってセックスしたいと体がうづいていく、その心の変化と肢体の変化が、淫蕩で、エロいのだ。玉三郎のつんと澄ました表情に美しさの翳りはない。後何年玉三郎の美しさを見られるだろうと、これは神様に祈るしかない。仁左衛門は、清玄と権助の二役。阿闍梨らしく、世の中を達観している美僧清玄と、目つきが鋭く、左右に細かく眼を動かし、剣呑に見えるまなざしが、悪党権助にぴたりとはまっている。
桜姫と権助の濡れ場は、大変エロかった。かつて家に忍び込み、自分を犯して、子供を産む羽目になった権助と、再開を果たす。多分この時桜姫は処女を失ったのだが、でも、その時のセックスが忘れられないほどの快感を持ったのだろう、桜姫は、権助がしていた釣り鐘を自分の腕に入れ墨をするくらい逆上せ上っていたのだ。その権助と再会し、権助と分かってからの、桜姫の態度が、余りに積極的で、自分から仕掛けに行き、セックスを迫る。権助が脚を伸ばし、丁度着物の前を押す下りは、ドキドキする位で、お互いが目を合わせ、美しい態勢を取るところは、流石孝玉時代からの名コンビであるので、美しく見せるポイントをお互いが掴んでいて、抜け目がない。お姫様とはいえ、セックスに溺れていく、一人の女性を、美しい赤姫の姿から演じて、実に濃厚なセックスシーンを見せてもらった感じがした。
結局、桜姫と権助のセックスは、覘かれて露見、本当は青玄が桜姫と交わった訳ではないが、証拠の香箱の蓋に、青玄と書かれているのが、不義の証拠とされ、寺を追放の憂き目にあう。青玄は、桜姫を白菊丸の生まれ変わりと思い、愛し始めてしまい、否定をせず、寺を追放され、桜姫も一緒に、非人に落とされ、さらし者にされてしまう。二人は、その後別れ別れになり、鎌倉から、場面を隅田川に移し、向島の三囲神社ですれ違うが、声を掛け合う事もなく、雨の降る真の闇の中、離れてしまうというのが前半の展開である。
桜姫東文章の後半は、6月に公演が行われる。いまから楽しみである。