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忌日 いみび

2017.09.17 09:09

今からもう10年以上前の話で、確かではありませんが、5歳ぐらいの頃の事だと思います。

私の住んでいたところは、山奥の村(?)でした。

電気も電話も無く、道さえ舗装されてないような、時代錯誤も甚だしいような場所です。

その村に住んでいたのは、私と私のおじいちゃん、

そして双子のヒサシとトモユキと、そのおじいちゃんおばあちゃんの6人だけでした。

双子は障害を持っていて、

ヒサは口が聞けず、トモは生まれ付いての虚弱体質で、一人ではろくに歩けもしないほどでした。

それでも私たちは仲が良く、いつも一緒に遊んでいました。


ヒサとトモは二人で一つのような存在で、

何処かへ行く時はヒサがトモを背負い、話をする時はいつもトモが喋っていました。

学校は近くになかったし、街へも出た事がありませんでしたが、

勉強は二人のおばあちゃんが教えてくれるので、何不自由なく暮らしていました。

そんなある日、私たちが村の大鳥居のところで遊んでいると、ヒサたちのおじいちゃんが大慌てで走ってきます。

その顔があんまりに嬉しそうなので、「何か良い事があったのかな?」「今日はご馳走かな?」なんて3人で話していました。

案の定おじいちゃんは、「今日はめでたいことがあったけんご馳走じゃ」と、私たちを家に連れていきました。

ヒサたちの家に着くと、私のおじいちゃんも待っていてくれましたが、何故か暗い顔をしていたのを覚えています。

その時は、「なんで悲しい顔をしてるんだろう?何処か具合でも悪いのかな?」と考えていました。

今思えば私のおじいちゃんは、これから起こる事を知っていたんだと思います。


食間に通された私たちに出されたのは、黄金色に透き通ったお酢みたいなものでした。

私たちがそれぞれに、「何だろう?」と怪訝そうな表情を浮かべていると、

「神様から頂いたありがたいお酒だから、飲みなさい」と、ヒサたちのおじいちゃんが急かします。

ヒサが意を決して飲み干し、そしてトモにも飲ませていましたが、私はどうしてもその気になれませんでした。

すると後ろに居た私のおじいちゃんが、

「サトコ、お前の分は薄くしてあるけん、面倒な事にはならん。飲め」と言いました。

私はおじいちゃんが大好きだったので、「おじいちゃんが言うなら大丈夫だ」と、一気にそれを飲み干しました。

しかし、そんな私の信頼を裏切るかのように、途端に目が回り始めました。

定まらない視界をヒサたちの方へ向けると、二人とも既に倒れこんでいるように見えました。

その直後、私も体を支えられなくなり、その場に倒れこんでしまいました。

しばらくして意識を取り戻すと、地面がガタガタと揺れています。

車の中・・・?

私たちは一体どうしたんだろう?と考えますが、どうにも朦朧として考えが回りませんでした。

でも、誰かの話し声はうっすらと聞き取れました。

「お前みたいな奴死んだが良かったんじゃ」と声を荒げるのは、私のおじいちゃん。

「しょうもない事いつまでも」と切り捨てるような声は、ヒサたちのおばあちゃん。

「7年ぶりのいんび(いみび?)だけん諦め!」と怒鳴るのは、ヒサたちのおじいちゃん。

私たちはこれから何をされるのだろう?怖くて怖くてたまりませんでした。


 それからどれくらい走ったのか、おじいちゃんたちは車を止めました。

私たち三人を車から降ろして、どこかに連れて行こうとしていましたが、私は怖くて狸寝入りをしていました。

途中までずっと怒鳴っていたおじいちゃんは、私を抱えながら、

「すまなかった」と泣いています。


暗い納屋のような場所に私たちを寝かせると、ヒサたちのおじいちゃんは、お経のようなものを読み始めました。

私は、きっと殺されるんだと思い、恐怖で体が震え、体中から冷や汗がどっと噴出しました。

心の中で何度も何度も、おじいちゃん助けて!と叫びましたが、おじいちゃんは顔を伏せたまま気付いてくれません。


お経のようなものが終わり、ヒサたちのおじいちゃんは、懐から錆びた小刀のようなものを取り出して私に向けました。

もう駄目だ!

そう思ったとき私のおじいちゃんが、ヒサたちのおじいちゃんに飛びかかりました。

「おじいちゃん!」

私は力の入らない体を、それでも必死に起こしました。

「逃げえ!ヒサもトモももうあかん!お前だけでも逃げえ!」

と取っ組み合いになりながらも、おじいちゃんは叫びました。

私は必死に立ち上がり、出口の方に駆け出しました。

後ろからヒサたちのおばあちゃんが、

「あかん!お前は逃げたらあかんのんじゃ!」

と叫びながら追って来るのがわかりましたが、それでも必死に走り続けました。


おじいちゃんの事もヒサたちの事も心配でしたが、必死に必死にその建物から飛び出し、海沿いの道を走り続けました。

 どれくらい走り続けたのかは、もう覚えていません。

裸足たった私の足は、皮が破れて血まみれになっていました。

痛みに耐えかねて、よたよたとよろめきながら歩く姿に、何かあったのだと感じたのでしょう。

通りかかったパトカーが止まり、降りてきた警察官が声をかけてきました。

助かった!

私はさっきの出来事を上手く説明出来ないながらも、必死に事情を説明しました。

自分でも、うそ臭い作り話に聞こえるような話し方になってしまいましたが、なんとか事情を理解してもらう事が出来ました。

私はパトカーに乗せられ、元来た道を警察官と一緒に戻っていきました。

しかし私たちが戻ると、みんなの姿は無く、しんと静まり返っていました。

警察官と二人で二階も探してみましたが、何処にもいなくなっていました。


その後、私は警察署に連れて行かれて、色々な事を聞かれました。

何があったのか、私の名前、住所や電話番号、家族の事。

でも答えられたのは、『サトコ』という下の名前と、さっき起こった出来事だけでした。

その時まで気付いていませんでしたが、私は両親のことも、住んでいた村の名前も覚えていなかった。

いえ、知らなかったんです。


行方不明の届けにも該当せず、帰る所も身寄りも無い私は、施設に預けられました。

今では7歳の頃に養子として貰われた家で、色々と問題も有るものの、平和に暮らせています。

でも、今でもこの時の事を夢に見て、思い出すことがあります。

おじいちゃんたち、そしてヒサシとトモユキは何処へ行ったのか。

あの時おじいちゃんたちは、何をしようとしていたのか。