ね ぶ
万葉の花とみどり_ねぶ 合歓 ネムノキ
昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花 君のみ見めや戯奴さへに見よ
紀女郎 巻八 1461
『読み』ひるはさきよるはこいぬるねぶのはな きみのみみめやわけさえにみよ
『歌意』昼は花が咲いて、夜は葉が重なって抱き合うように寝るねぶの花、主人である私だけで見るべきものであろうか、そちも見なさいよ。
毛が逆立ったように咲く
ネムノキは、本州以南の山地に自生するマメ科の高木。その名は、夜になると葉を互いに重ね合わせ眠ったようになることから、「ねむる」→「ねぶる」と転化したと考えられます。漢名では「合歓木」(コウカギ)と書くのですが、これは男女の睦まじいさま表す言葉でもあり、歌の「夜は恋ひ寝る」という表現からも分かるとおり、作者の紀女郎はこの葉に恋人同士が抱擁しあっているイメージを見ていたはずです。歌の「君」は紀女郎自身のことで、「戯奴」とは若輩者をからかう呼びかけのことば。遠方に赴いていた恋人の大伴家持に「さあ、お前さんも…」くらいの意味となります。紀女郎はこの歌と一緒に、合歓木の花と茅花(1460の歌)を家持のところへ贈りつけたといいますから、情愛はもとより機智の富んだ女性でもあったのでしょう。ところが、この濃厚な思いに対する家持の返歌はつれなくて…
吾妹子が形見の合歓木は花のみに 咲きてけだしく実にならじかも
大伴妬家持 巻八 1463
「あなたの身代わりの合歓木は花ばかりで、もしかしたら実をむすばないのでは…」などとやり返してしまっています。家持は、わざとらしく彼女の気持ちを疑ってみせ、冷たくあしらうような態度を示したわけです。地位の点では家持が上であったにもかかわらず、紀女郎の方がご主人様を演じられるほどに親しい間柄だったのです。
芽吹き遅く眠る木のイメージ
眠る木のイメージは、夜になると葉を閉じてしまうことから来ていますが、春の芽吹きもかなり遅めです。他の植物がとっくに葉を伸ばし始めた五月初旬にようやく新芽を覗かせるといった具合で、毎夜の規則的睡眠運動と同時に、季節的には御寝坊さんでもあるわけです。マメ科の植物の多くは、蝶が羽を閉じたような花形をしているのですが、ネムノキはどういうわけか細ひもの束がはじけたような花を咲かせます。オジギソウもやはり同様の花形ですが、よく見ると雄しべの先にオレンジ色の葯がついているのがわかります。夜になると葉が合わさって閉じますが、花の方は夕方から咲き始め、翌朝の午前中に萎んでしまうのです。出典の歌で紀女郎は「昼は咲き…」と詠んでいるので、何かの勘違いか、それとも他意を持たせたものなのかはわからない点ではあります。葉の睡眠運動は、柄の基部の細胞の浸透圧と光などの刺激が関係しているらしく、やはり形状の似るオジギソウの休眠メカニズムと共通する部分があるようです。なお、葉はすりつぶして肌にぬると防虫効果があるといわれています。
管理者『妬持』の声
昔、子供の遊びで、葉っぱを取ってポケットの中にいれて葉を眠らせるというのがありました。試しに枝を切って暗いところに置いてみたら、確かに数分で葉を閉じました。葉形が美しいということでネムノキのミニ株を庭に植えたのですが、2年目にして、すでに1mを超えようかという勢い。調べてみると山地では10mくらいにも育つというではありませんか。庭に高木などとんでもない。少しかわいそうですが、大ナタ振って、すごく小さく仕立てることにしました。