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俳句と占い

No.47_絵杉戸を転び止まりの手毬かな_山崎楽堂

2022.01.09 15:00

ソードの9、カップの5、月


山崎楽堂という方は建築家なんだそうです。

能楽堂とか能舞台などの設計をされたんですって。

無理矢理、建築繋がりの話題を出すと、

うちの今年のカレンダーは清水建設さんから頂いたものです。

一月はの写真は重力式コンクリートの梁川ダム。

自動打設システムを使って作ったとカレンダーに説明がありました。


カードを見ていきます。

一枚目、ソードの9。

説明するまでもない絵柄ですが、苦しみとか不安。

二枚目、カップの5。

こちらも絵柄の通りの意味で、がっかり、失う悲しみ。

三枚目、月。

このカードだけ大アルカナで夢、曖昧、不安定などの意味です。


手毬が転がったことで何かが起こったのかなと思いました。

この句のシチュエーションから想像するなら

手鞠が盆栽を割ってしまったとか、

手毬に躓いた人が怪我をしたとか。

出ているカードにカップと月があるので、

具体的なことではなく気持ち的なことかもしれません。

ただどちらにしてもネガティブなことだと思います。


転がった手毬は絵杉戸で止まるわけですけど、

ソードの9がありますので

「止まってよかった」というよりは

「出口がない」みたいな感じがします。


俳句とカードを見比べて私が思い描いたのは

「犬神家の一族」的なおどろおどろしさです。

転がった手毬を追いかて絵杉戸に着くと

そこには三女の死体があった。

ぎゃー(悲鳴)。


ただ、今回出てきたカードに実体のあるものは一枚もありません。

ソードは思考とか知性ですし、カップは気持ちや感情。

月は曖昧なものや不安定なものを象徴するシンボルです。


実際にはたまたま転がった手毬がたまたま絵杉戸で止まった。

ただそれだけのことなのだろうなと思います。

そして、そこに意味を見出すのも見出さないのも

読む人の自由ってことなのかなと思いました。


今回、一番面白かったのは手毬の句に月のカードが出たところです。

どっちも丸い形ですね。