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アトリエ霽月

水瓶を持った龍に乗る観音様

2017.09.25 04:18

こんにちは。

瞑想と仏画のサロン アトリエ霽月 野津寿子です。


写真は、最近注文して頂いた水瓶を持った龍に乗る観音様 の絵です。


このところホームページのブログ強化月間で

アメーバがお留守になっておりました。


(^_^;)💦 

言い訳しております。(苦笑)


同時進行がままならなくなってきた今日この頃。。

無理をしない生き方をするようになっております。


以前は、意識的に無理をしないようにしていたと思いますが、最近は したくても出来ないようです。(笑)

抱えすぎても最終的には投げることになるので、多すぎる責任は引き受けないように気を付けなければなりません。


そんなこんな50代です(笑)


今、まだ果たしていない責任とか約束など、

そういうものがとても心残りなので、本当にそういう心残りが残らないようにやり残したことはやり、それをやり終えたら、ほどほどに生きる ということをしたいと思うのです。


ふと、母のことを思い出しましたので

書かせてください。


私の母は生前、子供や弟妹の世話をとてもよくする人で、

それはもう甲斐甲斐しく働いて働いて働いて というような人でした。

真面目で一途で 世間とずれた人でした。

自分を強く持っていました。

自分がした苦労を子供にさせたくない といつも言っていました。

ほんとうにそう強く思っていたと思います。

とても倹約家で贅沢なことを嫌い、私たち子供の教育にだけはお金を惜しみませんでした。

でも、母は自分のために何かすることに積極的ではありませんでした。

それで幸福なら何も言うことはないのですが、母は幸福なようには見えませんでした。

いつも何か思い詰めたように働いていました。


落ち着いたら自由にする と思っていたのかもしれませんが、

年老いてのち、抱えていた責任から解放された頃、

彼女は行ってみたかったいろんなところへの旅行に行くこともなく、

20年以上もNHKラジオの英語講座を聞きながら一人で勉強していた英語を、出入国管理のゲートで活用することもなく、

最後まで働き詰めて 気が付いたときには体が動かなくなっていました。

そして2年以上ベッドの上で過ごし、2年ほど前に亡くなりました。

お葬式をしないでほしい という遺言どおり、亡くなってから誰も呼びませんでした。

病院から自宅に連れて帰り、さほど広くない部屋に子供と孫、8人くらいが3日3晩 おばあちゃんを囲んで過ごしていました。そして直葬という形をとりました。


母は形は何もしてほしくなかったと思いますが

その3日間はどんなお葬式よりも愛情に満ちていたかわかりません。

母は子供や孫に ほんとうに愛されていました。死んでからそれに気づいてくれたでしょうか。


生きているうちにも幸せだと笑ってほしかったです。

でも、きっと、今は笑ってると思います。

死んだら全部わかると聞きました。


私は生きているうちに幸せに気付こうと思います。


おかあさん、来世は幸せを経験してね。

きっと今度は裕福な家に生まれるから。