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生島尚美さんエッセイ / バリ一代ドタバタ記 (生々流転vol.27より転載)

2017.09.30 07:42

最終回「チャレンジ、いや、お楽しみはまだまだ続く 〜❗」

sisi奈良店。実はこれ、最初に開けてから100m程引越した後のもの。


 2004年に日本に本拠地を移した私。4年半のバリ島・ウブド暮らしの怒濤のような時間。走り続けた私よ、ご苦労様、ありがとう、さようなら! 

 と、言う訳もなく、ウブドのお店は2軒現役で営業中、そして日本に帰って来たのも「”sisi”の新たなビジネス展開」のため。桜を見て、のんびり「日本ってええな〜」なんて思ってる暇もなく、すぐに始動! 「新たな展開」のためには「新たな場所が必要」ということで早速事務所&店舗を探しました。


  場所は奈良。


 今も「どうして日本のショップが奈良だったのですか?」と聞かれることがあります。 私は大阪・堺出身なのですが、父が奈良出身で、両親は「老後は奈良でゆっくりと暮らそう」などと決めていたらしく、実家がそもそもその時点で奈良に移動していた、というのが大きかったです。


 娘が海外に骨を埋めてしまうのか? と心配しながらも応援してくれていた両親。せっかく期間限定、とは言え日本で暮らすのだから近くに住もう、と思っていました(とは言え、私は「長くて日本は4-5年だな。落ち着いたらもちろんバリへ戻る」とも帰国前から決めていました)。


 実は一人暮らししていた大学時代も実は奈良。奈良にはそれなりに思い入れ、そして友人知人も多くいるのです。神社やお寺が多く、観光地である田舎、というのもちょっと「バリ島」に似ているのではないでしょうか。 

 奈良には「ならまち」と呼ばれる町家が並ぶ(いわゆる古民家?)観光エリアがあります。そこのギリギリ…外れにsisi奈良店は2004年OPENしました。やはり外れ好き! 自称奈良町、地元の人には「あそこは「ならまち」とは言わない」とか、「sisiまで行って、人はUターンして帰る、もう外れも外れ」などと褒めて(?)下さっていました。 


 バリ島・ウブドで3回お店を開け、sisiの卸販売も調子が良く、ショールームとして開け事務仕事をしながら小売りのお客さまがいらっしゃったら対応するスタンス。日本だし、戦う相手もいないし(海外だといろいろありますよね)、ビザも要らないし日本語だし、のんびりと…

 なんてことは私の辞書にはやはりないのでしょうか。 帰国後すぐにフルスロットル! 同時に心配性の私、どんどん自分にプレッシャーをかけ、追い込み、なんと、顔の輪郭の所ににきびがびっしり、と出来頬杖をつけない、横を向いて眠れないほどになってしまいました。

 ホステス時代のお客さまでもある奈良の「美容外科」の人気の先生に連絡し、診て頂いたら「はい、ストレス! またなんかやってんの?」と。あぁ、私はなんて気の小さい人間なんだろう…と落ち込んで…る暇もなかったので、顔のことは先生に任せお店のOPENへ。 


 ありがたい事にOPENの時に関西の夕方のテレビ番組で「バリ島から戻って新たな挑戦!」なんて感じで取り上げても頂き、カンヌのグランプリをとった映画監督の河瀬直美さんも毎日新聞のコラムに取り上げて下さったり、となかなかありがたい幕開けでした。 


 日本では本当に精力的に動き回ったように思います。日本でしか出来ないことを「期間限定」だと思っていたからこそやってやってやりまくりました。

 日本最大の見本市『ギフトショー』や、それ以外のファッション系のイベント、妊婦さんや赤ちゃん向けのグッズのイベントにも出展、東京や横浜にも出張で何度も行き、「あぁ、働く女性だわ〜〜!」と妙にバリより実感していました。パリのイベントも見に行ったり、生地を仕入れしたり、卸のお客様ともどんどん積極的に会い、通販雑誌にも大きく取り上げて頂き、つくってもつくっても間に合わないほどのこともありました。

 そして同時に結婚、2回の出産….これ、ひとりで全部したのだろうか?と振り返って思うほどです。 

 これらの日本での約5年間はやはり「そしてバリへ帰る」という私の気持ちが、いえ、計画があったからこそ出来たのだと思います。 ひとりでバリへ渡った1999年、そしてひとりで帰国した2004年。そしてまたバリに戻った2009年、その時は4人で。  

  そこからも気付けば8年が経ちました。 日本での笑える笑えないお話や2009年にバリに戻ってからの話、そしてsisiがジャカルタやチカランに行ってみよう!と決めた2012年からのお話などは、またどこかで「お話し会」や、こんな連載の形でする機会を頂けましたら是非皆様お付き合い下さい。


 ・・・突然ではありますが、今回機会を頂き書かせて頂いていた『バリ島一代ドタバタ記』、今回が最終回となります! 私の勢いだけの文章、失言暴言にお付き合い頂き本当にありがとうございました。そしてお声をかけて下さった宮島さん、ひどい原文を整えて下さった上野太郎さん、お世話になりました。


 また、皆さんチカランで、ジャカルタで?もしかしてバリ島・ウブドでお会いできるのを楽しみにしています!  


<今回で第一部は終了となります。また次の機会をお楽しみに。長い間ご愛読ありがとうございました❗>   


連載を終えて・・・


 <あとがき>

最後はもう駆け抜け過ぎて姿が見えなくなってしまったのでは?という勢いで書かせて頂いた全14回の私のコラムいかがだったでしょうか? 私の乱暴な勢いだけの文章を皆さんは色んな意味でハラハラドキドキ読んで下さった事と思います。


 バリ島に来たきっかけ、sisiを始めた頃の話など何度も何度も話す機会はありますが、こうしていざ最初から書く事はほとんど無いので 私にとっても本当に貴重な機会となりました。気づけばsisiは18年目に突入ですが、まだまだ新人気分で色々新しい事にチャレンジしています。


 チカランには実はこうして2015年に初めて来まして、まだ2年目の私です。 

その私がこうして皆さんに読んで頂けるコラムを書けるきっかけを頂いた事本当にラッキーだと思っています。 動かないと死んでしまうんちゃうか、と言われる私。

やはり同じ”sisi”の仕事をしていても、少しずつ新しい事をしていきたい。 経営者として、心配性がゆえ新しい所を開拓する!のですが、それだけでは無いワクワクが「新しい事」には待っています。

 

これからも皆さんをハラハラさせ、そして笑って頂けるようにsisiと共に走って行きたいと思っています。どうぞ宜しくお願い致します!


 sisi 生島 尚美

2017年の私、家族と日本にて撮影。