ただそんだけ(岡田靖幸)
午前に入ったファミレスのテーブル席には、汗をかいたコップが2つ。寝転ぶようにソファ側でうなだれる加奈ちゃんは、赤毛色の髪がもう型なんてねーようなクシャクシャさで、黒のワンピースもシワが目立つ。
「サイドストーリーを考えよ?」
僕らはそうやって時間を潰す。潰すって表現だと楽しくなさそうだけれど、朝が来ないからこんなことしているんだし、夜を潰すって感覚で正解だ。
「じゃあー、メキシコ人を雇ってるんだけど、そのメキシコ人、あーサムにしよう。彼が怪しい人達に実は追われててさ。メキシコ人だから銃の扱いにも長けてて、銃密輸しちゃって、より危ない立場になってく」
彼女は黒ごまのペーストと白玉、そして白いソフトクリームを乗せたシンプルなパフェを頼んだ。僕はグレーの長袖シャツの袖ボタンを付けては外し、をいつの間にか繰り返してしまっている。
「ステーキ屋の恋物語にそんな物騒いるかな?」
「いるよ! みんな見たいのはハラハラなんだから、銃だってそりゃここ日本だけど出るの!」
口の端に開けたピアス、いつも思うけどなんか見ていると僕も加奈ちゃんもちっぽけな存在だ。ドリンクバーのお代わりに行く。
僕はタバコも酒もやらないし、ピアスもあける気もない。ピアスをあける、が開けるなのか空けるなのかもわからない。今から勉強し直してサラリーマンになる訳でもない。お茶をちょーだい、って漠然としてる。ファミレスのお茶は種類が豊富で、面倒だ。でも、お茶はお茶だしカモミールティーにして、僕はメロンソーダだ。
席について、
「じゃあ分かった。そのサムを雇ってると、何故か売上が上り調子で、厄介ごとは嫌いだけど、クビに出来ないマスター。そんなトコに見知らぬ女の子が来店して一目惚れ。連絡先を聞いて、明日も来ると言ったが来ないんだよ。おかしいと思って、サムを問いただすと、ニヤニヤして食べたじゃないか? って。今日賄いで食べたじゃないか、って。で、そっからアクション超大作」
「リアリティがないよ」
サムに言われたくない。
「なんでサムをそもそも疑ったの?」
「だってメキシコ人だし」
「それに気付くでしょ、ステーキ屋の店長なんだから賄いの肉がどんな具合かって」
「サムはずっと人肉を仕入れてたんだよ、追っ手の」
「なにそれー!信用出来ないメキシコ人に仕入れ任せてんの? マスターも大丈夫?」
「じゃあ、マスター消して、サムをマスターにしよう」
「日本がいーの!サムも一目惚れの女の子賄いにすんなよー」
加奈ちゃんの中でサムはもうマスターになってる。黒ごまのパフェが来て、内緒で頼んでおいたピザもテーブルに置かれた。
「サム何やってんの! そこはステーキでしょ!」
サム? あぁ、メキシコの。いじっていたスマホから電気が伝わる。少しずつ感電しているのが判る。ピリピリと徐々に。トイレに立つと、鏡があって、僕の顔は浅黒くなったアンソニーウォンという香港俳優みたいな顔になってて、疲れが酷い。惨い殺し方をしてきた。今迄はそれで、良かった、が心が躍るような事もなくなった。実際殺してみると慣れる。見るに耐える。もはや最初ほどの感動もなくなったのだ。ってな事もない。サムはメキシコ人で僕は日本人だ。
朝になりつつある。僕らは迫り来る太陽の光で、目が痛くなってるのをウワー!フゲェー! っていいながら、線路沿いを歩く。世田谷線はまだ走っていない。短い間隔で踏切があって、コンビニには客がいない。白い電気が今の僕らにはキツい。どこかの家からお風呂の匂いがする。でも、その次の瞬間には焦げ臭い匂いになったり、何か、卵か肉か、そのどっちもかを炒めている音が聞こえたりしてきた。生活が始まっている。とっくに白んでいる空を見ることもなく、ブロック塀に小銭で傷をつけながら、三茶を目指す。
「行ってどうするの?」
加奈ちゃんは、その目的をまだ知らない。僕は答えない。それから、かせきさいだぁの新譜の話をしながらチャイナ式のダンスをお互いに披露する。サラリーマンが横切る。彼らの付けるワックスの匂いに僕は気分が悪くなる。加奈ちゃんは元気だ。僕はそんな元気そうな彼女の顔を見て、また歩き出す。そんで絶望してる。僕はずっと絶望してる。加奈ちゃん、やっぱりボブが似合うと思う。今度美容院に連れて行ってあげよう。そしたら僕はレストランの厨房で働きたい。似合わないコック帽を被って、金のない彼女にステーキを食べさせられるなんて、岡崎京子みたいでその日限りになってもいいじゃん。それでその日は帰りにレディボーデンのバニラアイスを買って2人で抱えて食べる。彼女の赤い髪にバニラが付く。それを僕が舐める。表情はお互いに一緒、なとこまで僕には想像できる。
斜め右に神社が見えてきて思い出す。此処には確か土俵があった。見物用なのか分からないが、しっかりとすり鉢状になっていて、真ん中に土俵がドンとある。確かそんなだった。横をむけばそれが確認できるがしなかった。だから本当はそんなものなかったのかもしれない。でも、そんなのはどっちでも良いことだ。僕らにとって大切なのは日の出前に帰らないといけないってこと。部屋に着いたら深緑色の遮光カーテンをぴったりと伸ばして、泥のように眠るのがいい。彼女が今度はタトゥーにハマりそう、て話をしてて、それは良いね!って僕も賛同する。「背中一面に天国を作ってよ」と言うと、彼女はテンションがドンドン上がっていって、ケミカルな言葉を列挙し始めたり、沖縄に行った事がなくてだからソーキそばも食べた事なくて、そんなのっておかしくない? 今度行こ? って旅行が決まったりした。
「帰ったらハンガーゲーム観ようよ」
「いいね」
守れない約束をするのが僕らの流儀。そんでやっぱり歩きます。