浦島太郎が子供のころから納得がいかなかった話
浦島太郎という人(あるいは漁師)は、子供達が亀をいじめているところに遭遇。その亀を買いとって保護し、海に放流してやる。2、3日後、亀が現れ、礼として太郎を背に乗せ、海中の竜宮に連れて行く。竜宮では乙姫が太郎を歓待。しばらくして太郎が帰る意思を伝えると、乙姫は「決して蓋を開けてはならない」としつつ玉手箱を渡す。太郎が亀に乗って元の浜に帰ると、太郎が知っている人は誰もいない。太郎が忠告を忘れて玉手箱を開けると、中から白い煙が発生し、太郎は白髪で皺老人の姿に変化する。(尋常小学国語読本、巻3)
出典:Wikipedia
これが浦島太郎という話であって、いいことをするといいことが返ってくるという童話の中では特に異端な話だと思っていた。というか幼心ながらに「なんで人助けしてんのにじいさんになっとんねん」という疑問を抱いていたもので、この話があんまり好きになれなかった。
友人曰く「時を詰めた玉手箱は必ず浦島に返さなくてはならない決まりでもあったんじゃないの」とのことだったものの、本当に感謝しているのなら渡さなくてよくないか?「これ返す決まりなんだけど中身ちょっとアレなもんで、いる?本当にいる?いらないなら当社で破棄しておきますが」とでも言っておけばいいじゃない。
そもそも時の流れが浦島の世界とは違うとわかっている時点で、連れてくるべきでは云々かんぬん…と、人の感謝という感情を否定するような下種いことばかり考えてしまう。でもだってねえ。感謝されて戻ったら友人も家族も死んでる世界にくるって地獄だぜ。
とは言えこれは諸説あるようで、特に幼いころに伝えられるようなものでは「竜宮城では時の流れが違う」なんていう宇宙みたいな設定はなかったから、単純に爺さんにされてファッキン乙姫って話だった。どうだろうか。時の流れが違っていたなんて解釈、大人にならないと知りもしらないと思う。
同時に乙姫に対する解釈もいくつもあるようで、例えば浦島に惚れて浮気防止に玉手箱(むかしでいう化粧箱らしい)を渡して浮気すんなよダーリンなんていうメンヘラっぽい解釈もあれば、玉手箱は実は吸っちゃいけない系の白いお薬で、これ最高にハッピーになれるから君にもあげるよなんていう最高にロックな解釈もある。どの解釈にせよ女って怖い。この一言である。
そんで最後に、実はこのじいちゃんになる玉手箱は鶴になるもので、鶴になり仙人となるので最終的にはたくさんの財宝と永遠の命を手に入れハッピー、なんていう解釈もあるらしい。まあこの解釈は、「仙人となり私の元に戻ってくるはず」なんていう乙姫計算通り説もあり、やはり女は怖いという結論に至ることもできるのだけれど。
一つの話でこれだけの解釈が出てくるのだから人間っておもしろい。たしかに仙人になって人類の憧れ永遠の命を手に入れることもできるので、人によってはハッピーなのかもしれないし、誰も知らない世界で生き続けるということを地獄ととらえるのであれば、「お互いの価値観の違い」についての教訓なのかもしれない。
ひとつだけ言えるのは、乙姫てめぇその感謝やる気あんのかオラァととらえた自分の心が非常に汚いっていうことだけである。