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Botanical Muse

高めの女修行

2017.10.20 13:09

「今週の土曜日自宅にいます」たったひと言のみのメッセージが私の元に届いた。

このひと言は私の心を惑わせた。いかんせん私はこんな経験がないからだ。どういうことだろう、どう解釈したらいいのだろうか。そう、送り主は″銀座の美女″スミレさんである。この手の見事な手法ぶりはスミレさんと親しくなってからいたるところに見かけられた。ごく当然のこととして、ごく自然に多くの男性の心を掴んでいることが分かる。

今回のいたし方に私はひき込まれ、かき乱され、そしていつの間にかスミレさんのことばかり考えるようになっていた。どんどんスミレさんにいざなわれる自分がいた。私が男性だったらタダでは済まなかったであろう。

スミレさん宅は以前お邪魔したことがあるのでわかる。とりあえず土曜日自宅を訪ねてみることにしよう。


「こんにちはでございます」緊張のあまり私は変な日本語になる。

「どうぞ、入って」平常運転のスミレさん。

スミレさん宅はスタイリッシュモダンでまとめられていてとっても素敵なのだ。インテリアは心のおしゃれとセンスアップである。自分がキレイだとはずむ心は今度はおしゃれの方向に向けられるのだ。

部屋のいたるところにオブジェのようにフラワーベースが並び、始まりを感じさせる白一色の花が角度をつけて設えてある。以前「この世で一番好きなものはお花なの」と私が言っていたのを覚えてくれてたのね。スミレさんの気遣いは心憎い。そして卓上にはそれはそれは立派なカサブランカが設えてあった。

「わー、いい香り」鼻の穴を膨らませて芳香吸引する私。

「カサブランカは恵美子さんをイメージして選んだのよ」私は飛びあがるほど喜んだ。

そうか、私って花に例えられる女だったのね。本人は長いこと気づかなかったけど、いい女の代名詞の条件を兼ね備えていたのね。スミレさんが″スミレの妖精さん″で、私が″ユリの女王様″、私とスミレさんの共通点は性別のみだと思っていたけど、こんな共通点があったのね。

スミレさんの甘美な言葉は背骨の方から染みてきて、体全体を小さく震わせた。もうこうなったら歯止めがきかない。私は鼻歌とともに体を揺らした。

誰も信じてくれないことであるが、私はダンスが好きでひと頃はクラブに足繁く通った。プロのダンスイベントもよく見ていたので、こういうふうに踊り出すと結構ムキになる。スミレさん宅のリビングでかなり本気になって踊っていると、それを見ていたスミレさんからひと言「なんですか、それ」気味悪そうに聞かれた。

気分はプロのダンサーのはずだったのだが、そこにはコミカルな動きをするひょうきん女がいたのである。が、私はスミレさんとの温度差を無視して踊りながら考える。

花のようないい女二人であるが明らかな違いがある。私がもっている花は果実をとるための生活の花で、観賞のためだけの花ではないため何といおうかあまりに健康過ぎるのである。その点、スミレさんがもっている花は観賞用の花であり、あえかである。生きていくために絶対に必要ではないが欲しい、どうしても自分のものにしたい、そんな気持ちになる。なぜこのような違いが生じるのであろうか、、、。私は考え散らかす。

「恵美子さん、″体操″したからお腹減ったでしょう。こちらにいらして」ノリよりも正確性を重視するスミレさん。


ダイニングルームには見事なテーブルセッティングがされていた。

グリーンのクロスにオーガンジーのクロスをふわっと重ねて、これまたオーガンジーのナプキン、そして燦然と輝くナイフとフォークの美しさといったらどうだろう。よく見ると小皿に花を設えたりとスミレさん独特のアレンジがある。

自分がいる環境をセンスよくおしゃれにする人って決まって美女なのだ。

ものを選ぶとき安いか高いか、使いやすいかを一番の基準に置いていない。美しいものとか、ピュアで優しいものに基準を置いて選んでいる。ということは非常にある意味で健康であり、心が清いということであろう。美しいものを生活の中に視覚からも、心理面からも取り入れておけば心に潤いと豊かさが生まれる。美しいものに親しむ生活を心がけておけば、心が解き放されて楽になる。日々のちょっとしたひとコマが大きな意味を持つこともある。だからこそ大切にしたい。

美しい環境の中に身を置いておくとその波動で内的なものの目盛りがあがり、外側のいらないものがそぎ落とされる。そしてこのような環境をつくり上げていくこともインナービューティーケアであり、デトックスではなかろうか。


テーブルにはハーブやスパイスを使った素晴らしい料理が並べられた。

自宅に一人でいるもキレイにしているスミレさんは食事をする姿も上品で素敵である。美人って骨格がキレイなだけでなく顔の動かし方や指使いもキレイなんだとつくづく思った。

そんなスミレさんをうっとりと眺めていると視界が揺れる、確かに揺れる。これは人が指摘するとおり年齢的なことなのか、、、。さらに考え散らかす私。

「スミレさん、お店ですっごい人気みたいね」グイグイ質問する私。

「だいぶ脚色されてるみたいね」なんて謙虚な人なのだろうか。スミレさんのお店での人気ぶりは聞き取り調査済みだ。世の中で美男美女といわれる人ほどみんな謙虚なのだ。自分の手柄を自己申告しない。

「仕事で一番大切にしていることはなに」グイグイが止まらない私。

「色気よ」なんともプロらしいシンプルな答えだ。

このままだとゴミ屋敷となりそうだった私の頭はこの答えによって整理整頓された。私は不思議な運命を持っている。それはどういうことかというと、色気がまったくないということだ。

花が皆が欲しくなる華になるのも、視界を揺らすのもすべてこの″色気″の仕業なのだ。私はモテる女の原点を見たのである。色気があるということは女性として魔法を与えられたようなものではないか。何でも叶うような気がするから不思議だ。

色気をつけるにはどうしたらいいのだろうか。恋愛の経験が多いだけでは色気は出ない。

まずはフォームから取りかかろう。色気があるボディってぽっちゃり柔らかいイメージがある。そういえば先日美容室で読破した女性誌に″モテるマシュマロボディのつくり方″という記事が掲載されていた。

そうでしょう、そうでしょうと、自分の都合のいい説はすぐに取り入れる私。

そんなわけで、色気をつけるという名目で料理をほうばる。そしてテーブルに並べられた料理ではおさまりがつかず、冷蔵庫にあるありったけのものを口に詰め込んだ。

傍にいたスミレさんがたまりかねたようにコーヒーを出してくれた。そのカップの美しいことといったらない。ボタニカルの心温まるしぐさが豊富な色づかいで忠実に描き写され、縁には金彩が繊細に施されている。この世に二つとないものだとすぐ分かった。

お店のお客さんがスミレさんをイメージしてプレゼントしてくれたものだそうだ。私は深くうなずいた。まるで工芸品のようで手荒に扱ったりしたらすぐに壊れそう。贅を尽くし暖かな加護を受けて作られたこの陶器はまさにスミレの雰囲気そのものである。

私は大層緊張した。今までスプーンを意地になって乱暴にまわしていたが(あ、いけない、こういう不行儀を自らバラすことはない)、寝かせて左右に静かに動かした。

見ているとよーくわかるが色気がある女性というのは二面性があり掴みどころがない。

これは自分の中で真逆の性質のものがぶつかり合っているような形のためバランスを維持するのに神経を消耗し、心が弱りやすい。本人が意識するしないに関わらず、心のよりどころと落ち着いたプライベートな時間を必要とする。この儚げなアンバランスさこそが色気の根源であり魅力となる。それは肩の辺りから流れ落ちる磁力のようなもので、男性は放っておけなくなり思わず手を差し伸べてしまう。思慮深い男性をも抵抗不能となり堕ちていく。色気がある女性と関わりを持ちたくないと思う男性はひとりもいないに違いない。

何度も言うようだが、哀しいことに私は色気弱者である。

けれども見よ、神さまはひとりの妖美な女性を私におつかわしくださったのだ。

スミレさんみたいに十二単のような重なった色気を纏えなくても、スミレさんを手本にして努力すれば私もベールぐらいかけることができるのではないだろうか。

私は入門を決心した。私は向上心豊かな門下生なの。よーし頑張ろう、と握りこぶしを震わせエンジンをふかせた。スミレさんが注いでくれたコーヒーを″色気をつけるための秘薬″として一滴も残さず大切に飲んだ私である。

スミレさんのもとで修行を積み重ね、スミレさんそっくりの双子の姉となり(なれるのか)、多くの男性たちを惑わす(できるのか)。デビューの日も(何のだ)そう遠くなさそうだ。