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日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄 第一章 朝焼け 5

2022.01.15 22:00

日曜小説 No Exist Man 闇の啓蟄

第一章 朝焼け 5


 画面の中の東御堂信仁は、かなり落ち着いていた。

「信仁、そんなに落ち着いて話していられるほど余裕があるのか」

 嵯峨朝彦は、さっきから飲んでいるウィスキーなどでは全く酔っていないかのような、正気な顔をしている。嵯峨朝彦は、確かに酒はかなり強いし、少し酔ったところで、言葉が荒くなる程度で、それ以上に酔ってしまうと倒れて寝てしまうので、このように話すことはできない。このように正気で話をすることができるのは、よほど緊張して酒が回っていない証拠である。

「朝彦、中国共産党と大沢一味が、天皇を暗殺するという話は、多分、六本木の奉天苑で話されたことであろうから、必ず実行に移すであろう。」

「殿下、それならば急いで、その芽を摘まなければならないのではないでしょうか」

 口を挟んだのは、荒川であった。元商社マンで、外務省の委託研究などを行っているという。朝彦は、ここでその荒川が口を挟むとは思っていなかった。

「『殿下』はやめろと言っただろう。同じに仕事をしているのだから、東御堂と呼べ。まあ、信さんでもいいが。まあよい。荒川君からも言われたから、あえて言っておく。中国共産党と大沢一派がやっているということは必ず実行に移すであろう。しかし、この面子であれば、実行役がいない。つまり、実行役を作りそして指示を出すまでに時間がかかる。そして計画を実行するということになる。吹上御所の中は我々が固めるが、外に行った時にどのようにするのかということが大きな問題になる。つまり、奴らが誰を実行犯にし、そして、いつ、どこで狙うのか。そしてそれが失敗した時に次の手がどこにあるのか。その辺を全て明らかにしなければならない」

 東御堂は、すこし興奮しているのか、早口になっていた。

「東御堂様、少しお飲み物を召し上がってはいかがでしょうか」

 平木が、横から口を挟んだ。さすがに平木は先祖代々皇室そして皇族に仕えている家柄だけはある。興奮した東御堂をなだめ、そして一息つかせた。東御堂信仁も嵯峨朝彦も元気ではあるがいずれも高齢である。興奮したり、急いだりして万が一のことがあれば、あまり良いことはない。平木はそう思って、東御堂に声をかけたのである。

「おお、平木君、そうさせてもらうよ。」

 東御堂は、画面の向こうで背もたれに深く腰掛けると、サイドテーブルにあったグラスを取った。

「では、まずは私の方で何か裏で動きがないか見てみましょう」

 そのように言ったのは青田である。ネットの情報分析をしているだけに、様々な情報を持っている。青田は目の前にあるパソコンを叩き始め、早速様々ことを調べ始めた。その横で、今田陽子はすぐにスマホを使って連絡を始めた。

「信仁、で、ゆっくりでいいが正体をつかんだらよいということかな」

「ああ、中国共産党と大沢一味だ。つまり、実行犯となりうるものは、在日中国人や中国から入国した人物だけでは無い。奴らが支援している団体や、大沢の支援者も全てが敵になる可能性がある。もちろん、それらが実行犯になるはずはない。しかし、一般の人で、彼らを支援する動きはできるし、実行犯の準備を手伝うこともできる。そのことを考えれば、その実行組織をいち早くつかまなければならないのではないか。そのように考えているのだ。」

 今度は東御堂信仁が落ち着いてゆっくりと話をした。先ほどの話とあまり変わりはないのであるが、その調べる範囲が一般人にまで広がった。

「東御堂さん、これを見てください」

 青田が、パソコンを操作して画面に動画を映し出した。

「これは」

 朝彦がウイスキーグラスを傾けながら言った。いつの間にか、祇園のママである菊池綾子が椅子を動かして嵯峨朝彦の隣に座って、慣れた手つきで水割りを作っている。

「奉天苑の前の監視カメラの映像です。」

「あそこは外務省の建物もロシア大使館もあるからカメラは多いですからね」

 今田陽子である。さすがに政治のことは詳しい。

「はい、10日ほど前のものです」

 青田は、そういうとその画像を流した。

「これは大沢三郎。青山祐子に岩田智也もいるじゃないの。」

 さすがに有名政治家の顔くらいは、今田に解説されなくてもだれでもわかる。連日新聞や雑誌に出ている顔である。特に、大沢と青山は、男女の中にあるのではないかと噂されているほどであるから、写真週刊誌にも追いかけられているのである。ただ、ここで今田が声に出していうのは、普段の政局におけるて来た関係によるものであろう。「剛腕」といわれる大沢三郎は、政局を作ることと、ただむやみに反対するばかりで、政治を前に進める努力は全くない。政治的な立場で対立をするばかりではなく、人格的な攻撃までしてくる大沢の手法は、今田のような直接国会議員の活動をしていない者でも、嫌気がさすような内容であった。そのやり方はあまりにも日本人としての常識的な範囲を越えていたので、大沢が天皇暗殺を企んでいるといっても、誰も疑わなかった。

 動画が少し進むと、そこにもう一人の男が店の中に入っていった。

「これは・・・・・・松原隆志」

 それまで黙っていた樋口が声を出した。その声を聴いて、その会議室全体が凍った。

「樋口君、松原とはあの、日本紅旗革命団かな」

 画面の向こう側にいる東御堂が、その凍った空気を破るように声を掛けた。その声が、普段の東御堂の声のトーンと変わらなかったので、氷が解けてゆくのを、その場の誰もが感じた。

「先ほどから話題の実行役は、松原ということでしょうか」

 樋口は、海外大使館の駐在武官の経験がある。その為に、このような指名手配犯、特にテロリストなどの顔写真については詳しかったのである。

「いや、それはないでしょう」

 荒川である。やはりこの男だけは何を考えているのかよくわからない。

「なぜ」

「中国共産党のやり方です。彼らは、最終的に自分たちが最も怪しいと分かられながら、しっぽをつかませないやり方をします。この奉天苑の会議に松原が入っているとすれば、松原が実行犯になれば、奉天苑の会議の存在がわかり、中国共産党の足がつきます。彼らはそのようなやり方はしないでしょう。ここに松原が入ったということは、彼らが直接手を下すのではなく、何か他の組織に下請けに出すでしょう。つまり、革命団のほかに、極左の団体があるということになるのではないでしょうか。」

 なるほど、その通りである。中国が絡む内容はいつもそのように、捜査をしても実行犯との線が結びつかない状況になってしまうのである。そのような経験からすれば、当然に会議に出て、直接奉天苑に出入りしている人間が実行犯になるということはない。

「要するに、その実行犯やその計画の内容を探れということですね」

「その通りだ。それと、その動きを敵に察知されないようにしてもらいたい」

 平木は、そのように言う東御堂の言葉のあとをつないだ。

「この右府にも、たまに変な輩は入ってきます。もちろん、全く関係ないふりをしますが。東御堂様は、そのことを警戒して、今回は京都にお越しにならなかったのです。そのご名代として嵯峨朝彦様がいらっしゃっています。当然に、今回の指揮命令は、嵯峨様が行うことでよろしいでしょうか。」

「なに、そんなことは何も聞いていないぞ」

 朝彦は慌てた。途中から、東御堂と荒川の話になったので、もう自分には関係ないと思って、菊池綾子の太ももを触りながら、ご機嫌にウイスキーを飲んでいたのである。それが突然、この情報機関の司令官になるということである。慌てるのも無理はない。

「朝彦、初めからそのつもりでお前にはそこに行ってもらったんだ。まあ、お前なら大丈夫だろう」

「いい加減にしろ。信仁」

「それくらいは察知すると思っていたよ。まあ、あとはそこにいる者たちとうまくやってくれ」

 そういうと信仁は手を伸ばしてスイッチを切った。

「おい、信仁」

 会議室の中で、朝彦の声が空しく響いた。そんな朝彦の横で、菊池綾子は、いつも通り水割りを作っていた。