マイナス金利と流行りの金融抑圧
歴史を広く、そして徹底的に調べないと答えが出せない問いがある。マイナス金利が「ニューノーマル(リーマン・ショック後の新しい常態)」になるのか――。この問いも、そうしたものの一つであるだろう。
過去150年間で「世界」の実質金利が持続的にマイナス、すなわち名目金利がインフレ率を下回った状態であったのは、2008年のグローバル金融危機後の現在のサイクルを含め、4回だけである(図参照、英米の政策金利を接続して作成)。こうしたマイナス金利は、国債保有者に「税」を課し、預金者から債務者への移転を促す。
過去3回の持続的なマイナス実質金利の局面のうち2回までが、2度の世界大戦および戦時公債の大量発行によってもたらされている。第1次大戦当時のマイナス金利は、高インフレが重要な要因となった。第2次大戦終了後にも深刻なインフレ危機があり、とくに目立ったのは日本、イタリア、フランスであった。
しかし、より安定した1950年代に入り、インフレ圧力が沈静化してからも、マイナス金利は持続した。46~80年のうち先進国では約半分の期間で実質金利がマイナスだった。70年代の原油高騰前の時期に実質金利が極めて低かったかマイナスになっていた主因は、インフレが頻発したからではなく、政策当局が強力な名目金利の低位安定政策を続けたことにある。
国際通貨基金(IMF)のベレン・スブランシア氏との共同研究(2015年1月のIMFワーキングペーパー)で指摘したように、マイナス金利は政府に隠れた「税収」を与え、第2次大戦が残した巨額の政府債務の解消に寄与するとともに、利払いの負担を大幅に軽減したのである。
こうした手法は「金融抑圧(financial repression)」と呼ばれ、一般に政府、中央銀行、金融機関による強い連携によって成り立つ。
ブレトンウッズ体制(1944~71年)の形成期において金融抑圧を容易にしたのは、国内規制や金融規制がはびこる戦後事情だった。実際には29~31年の大恐慌を受け、金融市場は第2次大戦前にすでに自由放任から規制強化の方向へと転じていたのではあるが、やはりブレトンウッズ体制は、巨額の債務負担を減らす意図があって設計されたと考えざるを得ない。
金融危機の後であれば、この種の政策を健全性規制として監督当局が実施し、国債発行者に利益をもたらすことは可能だ。当局が資本規制やマクロ健全性規制を通じ、国債への投資を余儀なくされるような「とらわれの投資家(captive audience)」を形成しておけば、借り換えリスクは減るし、とらわれの投資家からの国債需要があるため、金利を低く維持できるのである。
こうした過去の事例をもとに、厳密にいえば債務削減を促すという視点から、金融抑圧を「成功」させる条件を読み取ることができる。第一には、国債のとらわれの投資家を多数創出・維持すること、第二には、マイナス実質金利を継続して、これらの投資家に事実上の「税」を一貫して課すことである。
現在の過剰債務に対処するため、2008年から同様の政策が再登場した。ただし今回は、金融抑圧という政治的に不都合な名称ではなく、健全性規制の名を借りている。
さらに、欧州のいくつかの国では、年金ファンドをはじめとする、とらわれの金融機関に対し、国債を市場金利以下で「募集」する方式が進行中だ。米国では、連邦レベルでの未引き当て年金債務が巨額にのぼっていることに加え、州レベルで破綻寸前の年金制度が多くあり、精査の対象となっている。
国債市場では、日米欧および主要新興国の中央銀行など、市場外の参加者が目立って増えており、リスクプロファイル(リスクの状況)に関して、どんな情報が価格に織り込まれているのか、疑わしくなっている。リスクと乖離(かいり)した国債金利の設定は、金融抑圧が行われた場合に共通する現象である。
官民の対外債務が記録的な水準に達した現在、危機で疲弊した欧州各国では、国債の募集が次第に内向きになっている。日本も、やはり長年にわたって内向きだ。金融危機がくすぶり始めた1990年代初め以降、対外債務がほかの先進国より少ないままであったほか、多額の国内預金が、膨張を続ける政府債務に対し、とらわれの投資家を提供してきたからだ。
しかし日本は最近まで、金融抑圧を成功させる2つの条件のうち第二の条件を満たせず、マイナスの実質金利をつくりだせなかった。長引くデフレが、金融抑圧による債務削減を阻んだのである。
ブレトンウッズ体制が発足した直後の46年と現在では、グローバルな金融統合の規模は大きく異なるものの、規制変更の方向性には多くの共通点がある。しかも過剰債務を削減する動機は、今日の方が強い。というのも、第2次大戦直後は、過剰債務の問題は公的部門に限られていた。民間部門は、戦争と大恐慌中に債務の清算を余儀なくされていたのである。
これに対し、現在の状況はより複雑である。多くの先進国が抱える債務は、程度の差こそあれ、政府だけではなく、家計、企業、金融機関と広範囲にわたるうえ、官民の線引きも曖昧である。危機の前は民間債務だったものが、その後の処理で公的債務に変わっていることも多い。今日の過剰債務は、経済全体に広がっている。
先進国の間では、金利を過去の実績に照らして低水準に保ち、マイナス実質金利に誘導すべきだとする認識が、大なり小なり共有されている。これがニューノーマルの一環というわけだ。その根拠は次のとおりである。
第一に、危機からの回復が遅い、または回復の兆しがないということである。ハーバード大学のケネス・ロゴフ教授との最近の共同研究では、危機に陥った欧州の大半の国では、1人当たり所得が危機前の水準を大幅に下回ったままであることが判明した。
第二に、その当然の結果として、危機から7年後の現在も、失業率が非常に高い。第三に、先進国の中銀が現在、懸念すべきは、インフレよりもデフレである。第四に、債務比率の高い民間部門が利上げにどう対処するのかという点を巡り、金融の安定性が揺らぐ懸念がある。第五に、人口の高齢化が、上記の要因を一段と深刻化させる。
これでは実質金利が再び継続的にマイナスになっても驚くには当たるまい。むしろ驚くべきは、少なくとも米国の金融政策は近い将来に「正常化」し、利上げを行うとの見方が広まっていることだ。もっとも、46~80年の金融抑圧時代の「常態」では、マイナス金利がプラス金利と同じ程度に出現していた。
ここで忘れてはならないのは、金融抑圧による債務縮小のペースは、債務再編や元本削減(ヘアカット)に比べれば、ゆるやかだということだ(もちろん、急激なインフレを伴えば話は別である)。
官民の債務の水準を考えれば、金融抑圧は必要かもしれない。だが、債務を処理可能な水準に戻すには、金融抑圧だけでは足りないだろう。その場合、金融抑圧を債務再編の代替ではなく、補完と位置づけるのが最善と考えられる。いずれにせよ、債務再編や恒久的緊縮が容認しがたいのであれば、低金利政策による金利負担の軽減(あるいはマイナス金利によるゆるやかな債務削減)にも、一考の価値がある。
http://www.nikkei.com/article/DGKKZO83605360U5A220C1KE8000/
日経新聞より抜粋
現在サマーズを中心に、米国の知識層ではこの金融抑圧が流行っているよね。
リーマンショック、ギリシャショックから見ての通りで金利はダダ下がり。
この間、債務者→債権者に支払うべきコストは低下し、債権者が債務者から受け取るべき利子は大きく低下している。
つまり、政府が得をして国民が損をしている。
もしくは、銀行が得をし、預金者(=国民)が損をしているという図が出来上がる。
また、これらがマイナス金利となれば政府が支払うべきコストはいつのまにか、国民から受け取る税金へと変わる。
日本はなんとか、日銀の付利が効いているためマイナス金利の導入とはならなかったものの、時間の問題だろう。
そして、国民の保有する預金、タンス預金などなどが市場に炙り出され、それはリスク資産へ流れるもしくは、政府の税金へと消える
サマーズの主張の根幹は、上記日経記事先にある学者カーメン・ラインハート ハーバード大学教授の過去に遡って収集したデータがあるのではないかと思います。
FRB創設時もそうですが、まず大学で研究データを広く普及させ、浸透させてから実際に行動に移るのは今も昔も変わりません。